548 トゥモロー・ワールド




 虎丸は、今度は可愛らしく首を傾げるのではなく、神妙な顔で頷いた。


『さっきご主人が魔力操作した時に、一緒に知識が流れ込んできたから解るッス。けど、じゃあご主人が前の生での臨終間際に聞いたっていう、あの声は何だったんッスか?』


『ああ、あれはウルスラだ』


『は!? ウ、ウルスラッスか!?』


 虎丸が驚くのも無理はない。帝国で保護し、モーデル王国のワレンシュタイン領に連れていってもらえるようフーゲイン達に託した女児が、何故1万4~5百年前のハークの前世のきわに関わってくるのか。


『我も説明に参加しよう。ウルスラ殿は、彼女の長い長い生の内で、貴殿らに出会ったこの地での日々を心の拠り所として、この先をずっと生きることとなる』


『長い長い……? ……ああ、そういえばご主人に懐いていたあの子、遺伝子上は父親である皇帝の所為でずっと不老不死の研究に利用されていたんッスよね……。その研究結果が作用したってことッスか? 確かに長命種の兆候出てたっすよね。成長が明らかに遅かったッス』


 研究に利用されていた、の辺りで虎丸の表情が一瞬歪むのをハークは見逃してはいなかった。微笑ましさと同時に虎丸に対する頼もしさが増したハークが応える。


『そうだな。だが、作用した、どころではない。彼女に対する不老不死の実験は、実はほぼ成功していたのだよ』


『へ!?』


『うむ、ハーク殿の言う通りだ。彼女はもはや老いることはなく、成長はエルフよりも緩やかで、高い肉体的耐久値と回復能力を備えている。ヒト族とは別種の存在と言っても良いだろう。ただ、不死ではない。眠くもなるし、食事は定期的に必要だ』


『それって……、精霊種だったオイラ達に、近いくらいだったんッスね』


『ああ、言うなれば準精霊種、といった感じだ。……そろそろ高度維持のために、下に向かって噴出し続けるのも疲れるだろう。水平飛行に移行しよう』


『あ、了解ッス』


 ある程度の高さにまで達し、空気抵抗が少なくなると、上に向かって縦に飛び続けるよりも横に向かって飛行した方が、高度維持のためのエネルギー消費量は少なくて済む。

 要するに星の周りをグルグルと回り、遠心力で星の外に出ていこうとする力と重力によって下に引っ張られる力とをつり合わせるのである。

 今日の現代世界でも、人工衛星はこの方法で高度を維持しているものがほとんどだ。


 ちなみにだが、月はこの外に出ていこうとする力と、互いに引っ張り合う力の均衡が取れておらず、毎年4センチメートルほど地球から離れていっているのは周知の事実だ。ハークがこの世界で初めて月を見上げた際に、少し小さく感じたのはこれが原因であった。


 ハークと虎丸は、互いに縦の飛行ではなく横の飛行に切り換える。

 ハークは今までの背面の後方噴出孔にもう一つの器官を生み出し、その内部にピエゾ結晶を生成させる。

 ピエゾ結晶は電気を定期的に流すことで膨張と収縮を繰り返し、その過程で前方に進む推進力を生み出してくれる物質だ。出力こそ少ないが、電力さえあれば空気抵抗の無い宇宙空間においてずっと加速し続けることが可能である。尤も、僅かながら空気の存在する現在高度では、他の噴出孔も補助として使用しなければ高度を維持できない。


 一方で虎丸には手首や足の裏4箇所に、まるでハークの前世の浮世絵に書かれていたかのような、中心に渦を巻いて後ろに伸びる形によく似た雲の如きものがひっついていて、そこから背後にジェット機よろしく推進剤を噴出していた。

 つまり、ハークよりも出力は高いが、エネルギー効率は倍くらい悪い。

 ハークが飛行方式を縦から横への変換を提案したのは彼女のためであった。


 ただし、ハークは勿論のこと、虎丸も今の姿となって推進程度で使用する魔法力ならば即座に空間から補充可能ではある。

 その補充量がバカ高くて問題だった。如何に無限に近いと表現できるほどに膨大でも有限は有限である。消費を軽減できるのならば行うべきだろう。


『……それで、だ。ウルスラはこの後、大分数奇な運命を辿るようでな。1年間レトと共にオルレオンの幼年学校に通った後、バアル帝国を受け継ぐこととなる。ただ、名を変える。変えた名は、アースラ=ウル=バール。国の名もだ。帝国はアースラ王国となる』


『アースラ? 聞き覚えがあるッスね』


『ああ。儂が1年前・・・、彼女につけた仮の名前とそっくりだ。数奇な偶然だよ。だからか、あの時の彼女はかなり気に入ったような素振りを見せたのさ。彼女の名、ウルスラは別の読み方をするとアースラとなるんだ。言わば、彼女であって彼女でない、そんな名前を語り、国の名ともした訳だな。アルティナの案でもある』


『アルティナは、かなり博識な子ッスからね』


 思い起こしてみれば、今やハークの宝とも言える『天青の太刀』の元ネタとなった青い宝石タンザナイトを導き出したのもアルティナである。そして、虎丸最大の技『ランペイジ・タイガー』を赤髭卿のスキル『ドラゴン・レイド』になぞらえて命名したのも彼女だ。更に初めて虎丸と会った際に念話で話しかけられたとはいえ、精霊種ではないかともすぐさま勘づいている。


『ウルスラに頼み込むことになるのもアルティナだ。何とかモーデル側から旧帝国を安定させようと試みるが、矢張りアルティナやアルゴスでも難しい。民衆の不満は抑えられても過激派が現れて、我らが民族の尊厳を取り戻せ、などと言って扇動を止めない』


『彼らにとっては、西大陸民が東大陸民を支配しているだけでも気に入らないからッスか』


『そう、抵抗する理由なんだ。実際には支配などせず、治安維持だけに努めていてもお構いなしだ。市民のほとんどが、もう厄介事など勘弁と平静を求めていようともな。そこで、ウルスラ、もといアースラの出番になる。皇帝の正統な血筋だ。過激派も全員が全員大人しくなることはない。だが、迷うし分裂もする。扇動も簡単には不可能となる。ウルスラは優しい子だ。この地の多くの人々のためと言われれば協力を拒むことはない』


『代わりに、相当優秀な人材を次から次へと投入してきそうッスね』


『ああ、その通りだ。元々接点のあったフーゲイン、マクガイヤ、レト、職を辞した前王国第一軍団将軍ルーカー、他にも王都勤務の文官武官をわんさかに、ロンとシェイダン。ブレーンとして一時的にロッシュフォード、そしてメグライア。スケリーたちも協力者として取り込む。更に凍土国からはクルセルヴ率いる聖騎士団も参加する』


『……待ってくださいッス、ご主人。色々と疑問が浮かぶ人員がいるッス。まず……』


『ロンとシェイダンだな?』


 虎丸は肯く。


『はいッス。ロンは結局、王国第三軍を継がないんッスか?』


『ああ。彼の父、レイルウォードはまだあと1年近く長男のロウシェンか、三男のロンかで悩み抜くこととなる。ロウシェンも洗脳が解けて、正しい判断を行えるようになったからな。彼は己を鍛えるため、稽古をつけてもらったりと軍団員たちと暇さえあれば交流するようになり、自分の評判を取り戻したんだ。安定性のロウシェンと、将来性のロン。最後はロンが自ら辞退するような形で、レイルウォードを諭して次期将軍が決定することになる。父親が悩み苦しむ様を見ていられなかったのだろう』


『あの寄宿学校での気遣いっぷりを思い出すッスねェ』


 半ば呆れたような虎丸の言葉であった。


『まぁな。ロンは目標を失って宙ぶらりんとなるが、そこでアルティナから旧帝国での任務を持ちかけられ受諾。シェイダンも強引に誘って意気揚々と向かうことになる訳だ』


『クルセルヴの聖騎士団は、何故ッスか?』


『割譲のためだ。モーデル王国は帝都が消滅した今回のことで、帝国との同盟を破棄せずに維持することになる。アースラ王国となってもそのままだ。だからこそ介入できる。同時に凍土国とも同盟を結ばせ、共に分断後の過激派を鎮圧させる。この時協力したことが、後の旧帝国領解体の際に役立つことになるんだ。旧帝国は、皇帝バアルが他の東側周辺国を次々滅ぼして、一代で無理矢理にまとめ上げた国だ。当然、様々な不満をため込んでいる。これを開放し、順々に元に戻してやるんだ。滅び、取り込まれてしまった国々の独立を促してやるのさ。これによって帝国領はバラバラになる。ただし、元の持ち主が存在していない土地もある。旧帝国によって皆殺しにされてしまった地域だ。その内、領土が隣り合っている部分を凍土国へと譲渡する。反乱鎮圧にて役に立ってもらったから、大義名分は成立する訳さ。これを10年以上に渡って実行し続け、最後にはアースラ王国は旧帝都周辺のみを残して解体される。一般的な国家よりも少し領土が小さいくらいの国になるんだ』


 エルザルドがここで捕捉する。


『1つ1つの領土が小さくなれば、国力もそれに応じて小さくなる。モーデル王国の将来的な禍根を断つ意味がある。また、凍土国は建国以来、冬になっても凍らぬ土地が欲しかった。その夢を叶えてやることになるな。そして20年が経ち、女王アースラであったウルスラの役目がいよいよ終わる時が来るのだが、ここで1つの問題が浮上する。彼女の姿が即位当時と全く変わっていなかったことだ』


『あ~~~、さっき以前のご主人よりも、成長が遅いって言ってたッスねぇ』


『そうだ。そこで途中から代役を立てることになる。彼女によく似た人物、言わば影武者だ。ヒト族なのに全く成長しないなどとは思わないし、しかも傀儡政権の長だ。誰もそれ程気にはしない。やがて影武者の方が本物の女王となり、ウルスラの役目は終わる。ちなみに影武者の女王は、ロンと結婚するんだ』


『え!? じゃあロンは後々の一国の主ッスか!? 逆に大出世じゃあないッスか!』


『そういうことになるな。正に『損して徳取れ』を地でいくような男だ』


『ウルスラはその後、西大陸に戻り、そこで冒険者稼業もするようだが、心のどこかにずっとハーク殿やモログ殿と過ごした旧帝国での日々が引っかかってしまうようになる。何とかすれば、あの日々をもう少しでも長く続けることができたのではないか。そういう思いに捉われていくのだ』


『大人になった彼女は、今から凡そ千年の後に過去に干渉する方策を思いつく』




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る