546 虎丸復活




『それに、倒したところで全ての強化精霊を受け入れられる筈もなし。吸収効率は各種族によって異なる』


『我ら龍族とて、倒した相手の全てを引き継げる訳ではないからな』


 寧ろごく一部だ。ほとんどの精霊は死した肉体に留まり、朽ちていくごとに外の世界へと解放されていく。

 また、宿主を代えるべく外に出た精霊も、全てが対象者に受け入れてもらえぬ要因が、種族的な効率の他にあと1つある。


『エルザルドの時のように、あまりにレベルが違い過ぎると受け継がれ難いというのもあったな』


 ハークはあの時全く気に留めていなかったが、エルザルドとの戦いを乗り越えてもハークはレベル9から14へと5のレベルアップしかしていなかった。虎丸も35から37と2レベルしか上昇していない。

 このことについて虎丸が、もう少し上がっていてもおかしくはないと当時から若干に疑問を呈していた。


 ヴィラデルがあの戦闘に関わっていたことで、多少の説明がついたとも思えていたが、実は別の事由があった。

 それが、レベル差による肉体の不適合である。


『我も今の姿となるまでは全く気がつかなかったが、よくよく考えてみれば当然の話だな。レベルが10も差がつけば、肉体の強度から出力まで全てがまるで別次元となる。同種族であろうとも、大人と子供以上の肉体能力の差異だ。レベルに更なる開きがつけば、もはやその肉体間に共通事項は無きに等しい』


『例えば蟻に力を貸していた存在がいるとして、それが鯨に乗り移ったところで、全く影響など及ぼすことはない。何万匹分であろうとも、結果は同じことだろう。逆であればどうなる? 受け止め切れる筈もない。つまり、あの時の儂が正にそうだったという訳だ』


 ハークの記憶に残る前世の時代では、子供だって刃物を持てば大の大人を殺し得ることができた。

 しかし、この世界ではハークのように一芸に秀でるか、虎丸や日毬のように極端な特化型でなくてはレベル差を覆す可能性さえ得ることはできない。

 その差は、正に抗い難い種族間のそれに近い。

 蛙は蛇に勝てず、素手で野牛を殺せるどころか対抗し得る者など、生涯を懸けて己を鍛え上げた存在でなければ絶対に不可能だ。


『ハーク殿だけではない、虎丸殿であってもそうだ』


『ああ。それくらい、絶望的な生物としての差があったということだな。……まるで別々の星に生息する生命体同士の如くに。人間種の限界レベルもこれに該当する訳か。周りにレベル10以下のモンスターしかいなくなれば、いくら退治しようとも、何年経とうともレベルなど上昇することはない』


 例えば古都ソーディアン周辺ではレベル20以上のモンスターが出現することすら少なく、『限界レベル』とも言われるレベル25以上は年間で数えるほどしか討伐依頼が出ない。

 その全てを1人が独占できる訳でもないため、古都ソーディアンを活動の拠点とする冒険者の中からレベル30を超える人材は大変珍しく、またそれ以上の上も狙いにくいということになる。


『長期間生き抜くだけでレベルが上がる魔物とは違うから、であるな。……お? ハーク殿、虎丸殿が眼を醒ましたぞ』


『む』


 ハークは元いた場所に眼を凝らす。天井を一部ぶち抜いたものの、大方は無事の筈なので本来ならば見えることはない。

 しかし、今のハークにならば可視化可能である。温度感知によるサーモグラフィのように。


『キョロキョロしているな。儂を探しておる。飛んだぞ。天井を簡単に突き破ったようだな。ぬ? そのまま空を飛行して……、こちらに一直線に向かってきておる……だと? エルザルド、虎丸は……?』


『ハーク殿の要望通り、余剰分を合成させておいたよ。意識を失っていた分、貴殿よりもスムーズだった』


 ハークは本当のところ、要望していない。そんな状態ではなかったし、そんな暇も無かった。

 だが、己の相棒が傷つき、ハークが虎丸の容態を常に気にかけていたのは事実である。

 ハークと一体化したエルザルドがその意思を汲むのは、ある意味自明の理とも言えた。


『感謝するよ。ピンピンしておるな。……し過ぎではないか? 何か……速くないか? 儂よりも少し……』


 今のハークの瞳であっても現在位置を見失わないよう追いかけるのがやっとだ。とても詳細まで見通せない。


『ほう、やはり余剰分が多かったか。ハーク殿と同じく、虎丸殿も生命体としての限界を軽く踏み越えたようだの』


『エルザルド、虎丸への余剰分はお主の全体からして何パーセントだ?』


『約40パーセントだ。内、龍麟は30パーセント、龍皮は80パーセントほど……』


 ハークは思わずと苦笑してしまう。


『儂に生命の軛を超えさせて尚それか。矢張りとんでもないな』


 解っていたことだが、とでも言いたげである。


『いや、いくら圧縮して留めようともさすがに面積が足らなくてな。ハーク殿の方が全体的な欠損率が上で、重傷ではあったのだが、総量からすれば虎丸殿の方がはるかに大きかったからの。それに、種族としてはハーク殿より虎丸殿の方が日毬殿に近い。融合も容易であったよ。テストケースがあれば尚の事だな』


『そいつは……、儂も苦労した甲斐もあったというものだ』


 ハークは今世の自分との関係が深い村への方角に眼を向けた。

 そこでは既に彼女の再誕が始まっている。転生、ではない。最早彼女は半不滅の存在なのだ。


『ハーク殿、虎丸殿が到着するぞ』


『何? もう……か? やれやれ、この姿となっても未だスピードは虎丸が上……だ……な!?』


 ハークの顔面装甲は、先の『龍魔咆哮ブレス』を解き放った瞬間から仮面状ではなくなっている。眼を覆う装甲部分が両方とも巨大化した。その奥が見開かれたからだった。


『ご主人! 無事で良かったッス!』


『おっ、お主っ、とっ、虎丸かっ!?』


 ハークの耳に、というか意識に届いてきたのは、いつもの声音とやや素っ頓狂な下っ端台詞である。

 にもかかわらず、ハークは指先を震わせて虎丸を指差す。

 虎丸は可愛く小首を傾げた。


『何言ってるッスか? モチロン、オイラッスよ? ご主人こそ、何ッスか、その殻? それに背丈も、でっかくなっていないッスか?』


『あ、ああ……、今は何もかも全て開放しておる状態であるからな……。って、お主に言われたくないわ!』


 虎丸は増々と首を傾げる角度を深めていく。

 そして虎丸は、ハークの指差す方向が、自分の顔よりも僅かながら下に向いていることに気がついた。そちらへと眼差しを向けると、いよいよ虎丸の顔面も驚愕に彩られる。


『な………………………何ッスかこれはぁ~!? オッ、オイラの身体がっ……、に、人間になっているッスーーー!』


 彼女・・の言う通りであった。

 虎丸の身体は完全なる人間種の姿、所謂ヒト型に変わっていたのである。


 その姿は、一言で言えば白い。

 肌も白粉オシロイを塗ったように白く、特に、腰どころか足の先にまで伸びた頭髪は純白であった。ただし、その頭髪の中に一部分、メッシュのように黒髪が混ざっているのが、僅かながらでも今までの虎丸の名残を維持しているかのようだった。


 毛髪量が多いためか、一見するとそうは視えなかったが、彼女の身体はさほど大きくもなく、背も高いとは言えない。寧ろ低く、小さいとすら言えるだろう。幼女とは決して言えないが、シアやヴィラデルのような大人の女性とも違う。

 背丈としてはその中間、年の頃は外見的に今までのハークに寄せたかのような、美しい少女の姿となっていた。


『おっ……お主っ……めっ……、いや、女子おなごであったのか!?』


『? そうッスよ?』


『ほうほう、これは面白い。恐らくは日毬殿の残された因子を、ハーク殿より色濃く受け継いだ結果であろう。彼女の潜在意識の中に残された、ハーク殿の役に立ちたいという願いを、虎丸殿の意識が別の形で実現させたのだな』


『面白がっておる場合ではないわ! 虎丸! お主、素っ裸ではないか!?』


 ハークの言う通りに、虎丸は一糸纏わぬ姿であった。

 その肉体は、周囲の状況にもかかわらず、少女特有の輝くような瑞々しさを放ちつつも、出るとこは巨大に出、へこみ、また出るという、非常なほど眼に危険なシロモノと化している。




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