545 記憶の中で②




 ハークは実際の場所に眼を凝らした。そうすると、高さという距離だけでも50キロメートル以上あるというに、今のハークには当然のように見えてしまうのだからもう視力が良いという次元ではない。


 場所は旧北海道旭川市とその周辺の山中含めた地域と、旧沖縄県石垣市を中心とした八重山諸島群の2箇所に決定された。

 双方とも、汚染の元である爆心地から直線距離で最も離れていた陸地であることが決定の要因である。


 エルフ族に残された資料によると、5年から10年はかからずといった実に短い期間で、旧北海道旭川市周辺地域と山中を摂り込んだ巨大円形ドーム型シェルター、後の『エッグシェルシティ』の雛型は完成したらしい。

 第1号の完成に遅れること3年、薄暗いながらも外部の光を摂り込む光ファイバー網を壁の各所に埋め込み、土壌を総て汚染されていない地中深くのものへと交換、全設備も排気によって空気を汚さぬものとし、外部との完全なる遮断を実現した完成型の第2号も竣工となる。


 第1号は『第一日本都市』、続く2号は『第二日本都市』とそれぞれ命名され、この時点まで生き残り、居場所の判明していた日本国民全員を収容したと記録されている。(実際には収容を辞退、或いは拒否、更には記録されていた場所にいなかった等の理由で収容を断念される人々も多数いたようだが)日本国はこの成功を世界に発表。設計など建造方法も日本語でとはいえ発信する。

 こうして辛うじて国家の質を保っていた、もしくは地域ごとに団結した連合コミュニティによる、世界中でのエッグシェルシティ模倣建造ラッシュが開始された。


 日本国は要請があれば技術者を送るなどしてこの動きを支援。

 この頃には外国語を学ぶ意味やメリットがほぼ消滅しかかっていたため、当然の如く派遣された技術者たちは皆片言である。便宜を図ってもらいたい現地の既得権益者、上級教養者、支配権を持つ者たちは、自然と日本語を習得する必要性に駆られることとなる。

 とはいえ、この時点では単なる下地でしかなかった。


 更に10年ほどが経過した後には『第一EU・シティ』を筆頭として多数のエッグシェルシティが完成していた。


『この後も数多くのエッグシェルシティが建造されることになる訳だが、完成して数カ月しか経過していない『第一EU・シティ』が音頭を取って『都市連合(CU)同盟』を提唱。当然、日本国も加盟するが、提唱都市、並びに同盟盟主都市として『CUシティユニオン第1シティ』の座を奪われてしまうとはな』 


『うむ。第一日本都市は同盟締結後『CU第2シティ』、第二日本都市は『CU第3シティ』に名を改められることになる』


『ふ。お陰で後世の歴史家は大混乱だ』


 CU第3シティ、転じて『ダイサンシティ』はこの世界の古代史にて度々登場する重要な都市国家だ。

 『ダイサン』は第3であると、冒険者ギルド寄宿学校での歴史科の授業で習ったばかりのハークもそう思い、担当教諭であるサルディン先生に質問してみたものだ。

 答えは、その可能性もあるが確証が無い、だった。というのも、『ダイサンシティ』は着工と竣工もエッグシェルシティで史上2番目という口伝が残っていたからであったという。

 まさか前述の外交的事由のせいで本来の順番から切り替わっているなどとは思うまい。


 こうして完成したエッグシェルシティの数が2桁台に達する頃には、人類は再び人口回復傾向に転じていた。

 が、それで別の問題が生じるのも人類というものだ。

 エネルギー枯渇問題である。


 そもそもシティ内では空気を汚すことのないよう自然エネルギー以外は活用することができない。生み出せるエネルギーには限度があるため、人の数が増え過ぎてしまえば全員には行き渡らなくなってしまう。これは日本国が最初から懸念を示していたのだが、対策できた、或いはしたシティは少ない。


 また、自由な経済活動も一因となった。無秩序にそれぞれがそれぞれの経済活動に電力を使用すれば一般庶民にまでは回せなくなるのは自明の理である。しかし、制限は難しく、また既得権益との兼ね合いによって、段々とバランスを欠くシティの数が増えていった。


 『第1アジアシティ』では増え過ぎた人口と多彩な経済活動に対応するため、遂に都市内部の火力発電所建造に踏み切る。

 結果、都市内部は汚染された空気に満たされることとなり暴動が発生。『第1アジアシティ』の都市壁は完成して僅か数年で破壊されることになってしまう。住民は全滅したと伝えられた。


 そしてこの後、5年の内に多くのシティがエネルギー、または食糧不足に端を発した暴動等により都市壁を破壊されることとなり、地図上から消えていく。

 深刻なこれら状況を打破するがために、度々無茶な実験を行っていたとされる『第2USA・シティ』が何の前触れもなく突如消滅。跡地は巨大なクレーターと化した。


 これが、2つ目の重要な『事変』。


『『第2USA・シティ』が行っていたのは、旧世界よりずっと続けられていた人工ブラックホール生成による余剰エネルギー産出の実験であった』


『所謂、縮退炉、というものか』


 ハークが覚えたての言葉を使う。


『そうだ。だが、実験は失敗。遠い宇宙に通ずる巨大な大穴、ポータルを開いてしまう。このポータルは数秒の後に消滅するも、発生に呑み込まれた『第2USA・シティ』は外宇宙へと放り出されてしまい、更に、外からの外来生物も地球に招いてしまうこととなる。とはいっても、この時点での外来生物は単細胞生物や微生物、ウイルスなどに近く、エッグシェルシティの壁内部に隠れ住む人類たちの脅威には成り得なかったが、大いなる進化の可能性は秘めていた。彼らは死にかけていた地球上の絶滅寸前の生物たちと次々に融合を果たし、世界を作り替えていく。これが、後の魔獣、そして魔物の原型だ』


『それで彼らは放射能状況下における強い耐性、もしくは吸収の能力を得る訳か』


『うむ。そういった世界で生まれ出でたのだから、ある意味当然と言える。つまりは旧世界で言う極限環境微生物を体内に住まわせ、共生した訳だ。また、これにはもう一つの要因も重なる』


『イローウエル達も使用していた、過去の量子型ナノマシン群か』


『そうだ。宿主は全員とっくに死亡していたが、体内のナノマシンは生命活動を停止したその内でまだ生きていた。このナノマシンが外宇宙生命体と融合、数多の進化を繰り返し、今の我々、エルフ達が精霊と呼ぶ存在へと生まれ変わった』


『ナノマシンは精霊という高次元の生物へと生まれ変わろうとも、物理的に極小過ぎて意思を持たない。更に他者に寄生するという本質も変わっていない。彼らは他者の強い意志に反応し、現実を改変する存在、もしくは寄生した宿主を生命的に正しく強化、補強する存在へと成り代わっていく』


『そう。それが魔法であり、レベルアップの本質だ』


『言わば、意識に寄生する存在、か。儂を含み、全ての人々や魔物、魔獣、全ての生物たちはこの『宿主を強化する精霊』を意図せず奪い合う形となっていたのだな』


『その通りだ。空気中に滞在する強化精霊を魔物が吸収し、魔獣や人々がこれを倒し、奪う。その人々や魔獣もいつかは寿命か他者によって死亡し、再び体内の精霊は世界に解き放たれ、また魔物たちに吸収され循環する』



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