542 第30話:最終話41 STILL my heart is BLAZING!!!④




「もう効かぬのがバレてしまったか。まぁ、良いわ。『ダブルッ―――!」


 メキメキメキと追加で音が伝わる。身体が伸び切ってしまい、イローウエルの意志が通じる肉体の部位など1つも無いことが一目瞭然であった。


「昇ぉぉお星ぇええい拳んん』ッ!! チェェエエエエエストオオオオオオオオ!!」


 第2撃が再生したばかりの腹部へと打ち込まれた。


「おぐごはぁあっ!?」


 またの大量の血が行き場を失くした末にイローウエルの口から外へと放出される。再生産された傍から放出する様はまるで翼の生えた人型のポンプ、さながら噴水装置の如くであった。

 当然、浴びたくもない血をハークが受けるがままなど有り得ない。最初の一撃で浮いたイローウエルの更に内側に踏み込みながら躱す。


 そのまま、先の『零距離打ワン・インチ』では貫通させた衝撃を、今度は対象全体に伝えるべく捻じり込む。

 ハークの拳はレベル75の悪魔をいとも簡単に天井にまで吹き飛ばした。


 イローウエルの背面が天井に激突した衝撃でまたも粉砕しかける。

 しかし、重傷だったのは先に天井に衝突した彼の翼の方であった。元々脆い骨は原形を一切留めることなく、内部で粉と化した。当然、イローウエルの飛行能力、その大半が失われる。

 だが、こんなもので終わりではなかった。


「『疾風ッ・星空脚』ーッ!」


 勢いによって天井の内部へと埋め込まれつつあったイローウエルに、更なる過負荷が加えられる。

 異常な回転を重ねられた超回し蹴りが決まり、遂に対象の身体ごと背後の天井を貫いていた。


 叩き出されたとはいえ外に出たワケだが、イローウエルには一瞬の安堵も解放感も訪れない。

 訪れようも無い。叩き出した張本人が未だ手の届く距離にいるのだから。


(どうして、どうやって空を飛んでいる!?)


 イローウエルから見た邪神、つまりは龍人と化したハークには、一見したところどう考えても上空へと叩き出された彼に追い縋るような器官、彼自身の両翼に匹敵するようなものは備えられてなどいなかった。それが何故、現在も移動中の、正確に言えば吹き飛ばされている際中である自身の眼前に、ずっとついて回れるのかの意味が解らない。


「『龍連撃ドラゴンラッシュ』! ア~タタタタタタタタタッタァ!」


 次の瞬間、凄まじい連打攻撃にイローウエルは見舞われ、身体の各所を砕かれる。

 両肩、両肘、両手首、両腰部、両膝。これで両翼を含め、全ての稼働部位の支えである骨を粉砕されて自らの意志で動くことすらも適わなくなった。

 視覚と聴覚が全くの無事であることが、逆に恐怖を産む。インパクトの瞬間、ほとんど見えない速度である筈の邪神の拳が、一瞬巨大化したような印象さえ受けるほどであった。


 そんな彼の視界の中で、敵は突然に身をグッと屈めた。

 まるでしゃがみ込むかのように。空中でありながら。


「『旋空サマーソルトッ――――!」


 解き放たれた恐らくは蹴り技であろうそれが、自分の胸辺りに打ち込まれたのは解った。

 最も強化されている自身の胸骨にヒビが奔ったのを感じる。胸骨は今のイローウエルにとって、最後のガードのようなものであった。破られれば、この身体の生命本体同然である魔晶石を護るものが全く無くなってしまうのだから。


 これも恐怖であったが、イローウエルの視界も負けず劣らずであった。

 高速でグルグルと回っているのである。受けた蹴り技の勢いによってイローウエルの身体全体が高速回転していたのであった。


双蓮華ツインストライク』!! ッチャア~~~!」


 そこに更なる容赦の無い追撃が加えられた。

 まるでボールのように蹴り上げられた彼の身体は上空に打ち上げられていく。

 イローウエルの瞳に映る、遠ざかる地上の光景は、とっくに自身の翼による最高高度を超過しているように思われた。




 これは、ワレンシュタイン領の領都オルレオンにて、ハークとフーゲインと初めて出会い、そして行った模擬戦にてフーゲインが使用してみせた連携である。

 尤も、あの頃は『旋空脚サマーソルトストライク』のみで、『旋空双蓮華サマーソルトツインストライク』はまだ開眼すらされていなかったのだが。


 龍言語魔法『完全再現リプレイ』は、矢張り非常に便利な魔法だった。

 過去であろうとも、ハークが己の眼で一度でも見たことのある技であれば、全て再現可能となることができてしまえるのだから。


 破格の性能と言えるだろう。

 ただし、無条件と言えるほどでもない。前提となる技術を習得し、再現し得るに足る体型と身体能力が伴わなくては、さすがに効果が及ばないのだ。


 前提となる技術の習得に、ハークは特にいそしんだ記憶はない。だが、共にフーゲインやモログと何度も手合せや修練を行った結果、その独特な足の運び方や身体の捌き方などを知らず知らずのうちにいつの間にやら修めてしまっていたのである。言わば、門前の小僧習わぬ経を読む状態である。



 更に現在のハークが何故飛んでいるかというと、無論『風の断層盾エア・シールド』を形成し、足場にしているというのもあった。

 先程の、空中にしゃがみこんで攻撃のタメを作ったのもそれである。ただし、自在に飛行し、ハーク自らが吹き飛ばして、今まさに花火よろしく上空へと打ち上げられている際中のイローウエルを正確に捕捉し、肉薄する能力は別のものだった。


 イローウエルの見立て通り、地上で戦っていた時のハークには飛行に活用できる器官など備わってはいなかった。

 飛び立ってから、自力で形成したのだ。

 鱗と甲殻の配置を転換し、自身の背面側にバックパックのような空間を作成。更に足裏にも連結し、両箇所から圧縮し高熱を持った空気を噴出させることで推力とする。

 ヒュージクラスドラゴンである『空龍』ガナハ=フサキの飛行方法を参考としたのである。


 翼としなかったのは、どこにどのように形成しようとも、剣技の際に邪魔になってしまうことがあるから、であった。

 人どころか生物としての力の上限を、軽く超越してしまった身体能力を得ようとも、彼の最強攻撃が刀であることに変わりはない。


 ただし、どこまでできるのか、やれるのかは試してみたい。

 そして、個人的な怒りをぶつけることも忘れてはいなかった。



 ところで、先の連携攻撃はこれで終わりなどではない。模擬戦の時のフーゲインもそうだったが、ハークとてこのままで終わらせるつもりなど毛頭無かった。

 三重に敷いた『風の断層盾エア・シールド』を足場に、それらを全て踏み砕きながらハークはより高みへと跳躍する。


「『龍翔咆哮脚レイジングドラゴンシュート』ォオオオオオオオオオ!! おぉワッッッチャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアー!!」


 イローウエルの眼前には、今まさに襲い掛からんとする巨大な龍の咢が出現したかのように見えたに違いない。

 雲さえも眼下に収めた状況で、その悲鳴を耳にする者はただ一人しかいなかった訳だが。




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