543 第30話:最終話42了 STILL my heart is BLAZING!!!⑤
「おぉおぐぉがああああああああああああああああああ!?」
ハークの『
無論、今のハークが本気どころかもう少しでも力を籠めれば、それだけで衝撃は魔晶石にまで伝播し、粉微塵に打ち砕くだろう。
だが、ハークの目的はイローウエルの肉体をもっと、更に上空まで打ち上げることにあった。
打ち貫く、や打ち砕くではなく、打ち飛ばすために衝撃を一点ではなく分散させるのだ。
そして蹴り飛ばしたイローウエルを、ハークはそれ以上の速度で追いかける。
中々に仕上がってきていた。
(何だこの映像は……?)
イローウエルは段々と淵が丸く変わっていく自らの視界に違和感を覚える。
だが違った。彼の視界が丸く変わっているのではない。彼の視界に映る大地が丸く変形していくのだ。まるで端から昏い暗黒の淵に呑み込まれたかのように見えるようになっていく。
(これは……何だ? 幻術か? ……邪神は一体私に何を見せている!?)
イローウエルの意識の中で、地球は平らである筈だった。
たまに高度を高く飛ぶと地平線や水平線が丸く見えることがあるが、アレは眼の錯覚であると教えられてきた。
しかし今、イローウエルの眼下で、地球は確実に丸い。丸くなっていく。
抗議したい気持ちにさせられる。何故こんなものを見せるのだ、何の意味があるのだ、と。
が、物理的に口を塞がれた。甲殻に包まれた膝がイローウエルの横っ面に思いっ切りめり込んでいた。
「『ドラゴン・ニー』ッ!」
再び視界が混沌と化す。再生が完了しかかっていた下顎もまた粉砕されたが文句は無かった。見たくもないものを無理矢理見せられるより、遥かにマシである。
背中にも、もう一撃貰ったのが解った。
二連撃だったのだろうか。受けた部位だけでなく背骨の全てに亀裂が走る。これで動ける部位が完全になくなった。
最後の攻撃によって上昇速度が更に高まり、逆にイローウエル自体の旋回速度は落ち着きかけている。
空が見えた。先程の昏い暗黒の淵と同じく、星ひとつ見えない真夜中の色であった。つい先程に一瞬垣間見えたのは青い空だったというのに、一体いつの間に日が沈んでしまったのかイローウエルには解らない。
身体の方向が再び地上の方面へと回転していく。
またもさっきの下らない幻術を見させられるならウンザリだと拒否したいが、身体で自由が利く箇所が一つも無くては抵抗もできない。
イローウエルの視界の中で、より丸く変化した地球は既に大地の色はなく、雲と空の色だけで暗闇の中に存在していた。その中心から、蒼き鎧に身を包んだ異形が突進してくる。右拳に炎を宿らせながら。
「『バァーーニング・ナックル』ーーーーーーーッ!!」
イローウエルの胸元に拳が綺麗に決まった。
胸骨が完全に砕けた感覚がある。
これでイローウエルには自身の魔晶石を護る最後の砦を失った。
しかし、邪神はもうイローウエルを追いかけて来ない。
彼の耳に、小さく「終わりだ」という声が聴こえた気がした。
ハークは背中と足裏の噴射口から、もう高度維持以上の放射を行ってはいなかった。
イローウエルとの距離はどんどんと離れゆく。既に高度は成層圏だ。このまま何もしなければ、イローウエルの身体は再び重力に捉まって地上へと落下するか、或いは重力圏を抜けて外宇宙へと飛び去ってしまうかは五分五分だった。計算はしていないが最後の『バーニング・ナックル』の感触からすると、飛び去って行ってしまう場合は木星の重力にも捉まらずに外宇宙にまで到達する可能性もある。
計算していないのは、このままで終わらせる気が無いからだった。
ここで終わり、ではなく
ハークは一度身体全体を縮こませるようにして全身に魔力を行き渡らせる。
次いで、四肢を開放するように伸ばして、充填した魔力を一気に稼働状態、臨界状態近くにまで持って行く。
ハークは拳を握り、身体全体に力を籠める。今やハークにとって力と魔力の区別はない。魔力を高めるためには力を籠め、力を籠めれば魔力が集まった。
集まった魔力がハークの胸元から喉へと登っていく。
今から行うことが、ハークが本当に試したいことであった。
ただ、威力があり過ぎることは解っていた。
これを地上で放つことはできない。だからこそ、
魔力充填、集束完了。最後にハークは、ただの仮面状態であった己の顔面装甲を操作し、開閉させるための顎を形成する。バクンッと、その口が開かれた。
そしてハークは、咆哮する。
「ぅぉおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
ハークは知った。
『
ハークの喉元に逆鱗装甲が発生し、人間でいう喉仏の位置に巨大な魔力溜まり、疑似『
ゴッバァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
それは光る炎の柱であった。
地上からも見える大きさであり、長さだった。
中心部分は太陽の最高温度にも到達している。さすがにハークも放つ方向を吟味した。この方向であれば、地球に全く関係のない斬道を描く彗星を一つ太陽系外まで弾き飛ばしてしまうくらいである。
ひとしきり怒りの咆哮を発露し終えたハークは、口を閉じて『
次いでハークは背中の天青の太刀を抜く。
柄や峰、鍔など、刀身以外は余りに余った龍麟で補強しまくったので、さしずめ『真・天青の太刀』といったところである。
元々の天青の太刀も、刀身部分にはガナハ=フサキ由来の龍の素材が使われているので問題は無いが、それ以外は普通の鉄や布、革や金具が使用されている。これらを全て龍麟で補強、変換することによって、今のハークでも使用可能としたのだ。少しゴテゴテした鋭角的な印象に仕上がってしまったのだが、仕方が無い。
『真・天青の太刀』を手に、ハークは虚空に眼を凝らす。
イローウエルが先の『
だが、彼の痕跡を指し示すものでさえ、発見することはできない。
イローウエルの肉体は、塵一つさえ残さずにこの世から消滅したのだ。
とはいえ、彼の魂は、かの封印の地にあるであろう本来の肉体へと帰るだろう。厳密に言えば少し違うが、疑似幽体離脱状態のようなものなのだから。
ハークは彼の将来を少し
結果、魔族の影響は、今後半島の外にまで及ぶ可能性は全く無かった。
一安心すると、ハークは視線を眼下へと移す。
そこには美しい青い星が、まるで宝石のように暗い空間に光り輝いているのが見えた。
〈美しいな〉
愛おしくもそう思う。
大いなる母の星、地球。
この時点で、ハークは全てを理解していた。
この世界のことも。
己のことも。
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