540 第30話:最終話39 STILL my heart is BLAZING!!!②
最後まで残った『
(属性魔法とやらは、一通り学んだ筈だが……)
イローウエルにとっては実に奇妙な光景だった。靄が晴れたのは、吸われるかのように一点に凝縮していったのだから。あんな魔法は聞いたことがない。
だが、状況としてはイローウエルに傾いた。
もはやエルフ族の少年の姿を隠すものはわずかに残った煙のみにすぎない。
異常に回復の遅かった左半身もようやくと完治した。斬られた端から身体が崩壊し、脳も半分以上を持っていかれたお陰か短絡的な行動しか取れなかったが、さすがに効果切れという訳だろう。やがて再生速度の方が勝るようになっていった。
「『波動集幻光』」
再びイローウエルは『光の剣』を生成する。恐らく致命傷を与え、先程のが最後のあがきだとしても、もう相手を侮るような気持ちは一片たりとも抱くことはできない。忌々しいあのSKILLを二度と喰らってはいけない。
立ち上がる力すら残っていないように感じられたが、視認もせずに『波動光』を発射して、もし外していまえば後ろの壁を破壊してまたも粉塵の中に隠れられてしまう。そうなれば、万が一を貰いかねないことになる。このまま煙が落ち着くのを待ちつつ、『光の剣』で近接攻撃への迎撃態勢を整えておくことが上策だとイローウエルは判断した。
煙が透けて見え、中の人物の人影も映り始める。
そこへ向けて右の手の平をかざしたイローウエルの両眼が大きく見開かれた。
何故か、その人物が立ち上がっていたからだ。
しかも、蒼い鎧のようなものをいつの間にやら着用している。
実に奇妙な鎧であった。妙に生物的であり、通常存在するであろう繋ぎ目や隙間となるものが全く見えない。まるでスケイルメイル状のボディースーツに身を包んでいるかのようである。
ただし、両肩部、胸、腰部、両腕の肘から拳まで、両足の膝から下、頭部は普通の全身鎧のように肥大化しており、甲殻が重なり合うように盛り上がっていた。中でも頭部と左胸が異様で、左胸にはドラゴンの顔の様な意匠が施されており、角や牙や瞳すら精巧に造られていた。特に瞳からは視線を感じてしまうくらいである。
また、顔面部は仮面のようになっており、仮面だけに無表情かと思いきや、憤怒のような表情をしている。更に頭頂部にほど近いヒト族で言えば額にあたる箇所から生えた複数の角と、後頭部より露出した光り輝く長い銀髪のようなものが風になびき、幼き頃に見た東洋の鬼神を思い出させる。
(……何だ? 邪神でも降臨したのか……?)
イローウエルたちにとって、自分たちが信じる神以外は全て世界を惑わす邪神か悪魔か魔神である。
最初は対峙していたエルフの少年剣士、ハーキュリースとやらが今更ながらに鎧を着用した姿かと思った。
だが違う。眼の前の邪神は恐らく身長170センチメートルを超えている。エルフの少年剣士は150センチメートル前後だった筈だ。ライカンスロープ族でもない限り、突然に体格が大きく変化する事など有り得ない。
また、後頭部から露出している毛髪らしきものの色も違う。眼の前の存在は銀に近く、エルフの少年は金髪であった。
邪神の足下には色の抜けた抜け殻のような物体が無数に転がっていた。と、なればあの少年はその中に潜み、白き従魔と共に機を窺うか回復に専念しているのかも知れない。
厄介なことになった。このまま進み間合いを詰めるのは、敵の罠に自ら飛び込むようなものだった。
それを知っているのか、邪神は自分の両手などを見詰めている。
かかって来いという挑発なのだろうか。その後も彼は自分の身体を眺めまわすようにしてから、ようやくイローウエルへと眼を向けた。
瞬間、ゾクリと背中に強烈な悪寒が奔る。
(い、……今のは……?)
生命への強い警告を受けたかのようだった。圧倒的な生物としての格を一瞬で理解させられた気がした。
馬鹿な、とイローウエルは全力で否定する。人間型の生物、魔生物の中でイローウエルの種族は掛け値なしに最強の筈なのだ。そう、自分たちは最強種なのだと己に言い聞かせる。
「お前は……何だ?」
素直な言葉が口から出た。それに対し、邪神は即座に応える。
「貴様の敵だ」
「くっ!」
イローウエルは思わずと『波動光』を発射する。まるで生存本能を刺激されて、今撃たねばならないと急かされるままにであった。
邪神は軽く躱し、背後の壁にあたって爆発した。
イローウエルはすぐに失策を悟る。『波動光』は無数の粒子をビーム状に放つ魔法だ。従って命中した対象をこそぎ取り、微細に粉砕した後、圧力の高まりによって爆発、拡散する。殺傷能力こそ非常に高いが、視界を妨げるには丁度良い粉塵もできあがってしまうのである。
だが邪神は、そんな事情など露ほども知らぬとばかりに一歩二歩と歩を進め、近づいてくる。
この行動に屈辱を感じたイローウエルは、再度『波動光』を発射。不用意に間合いを詰めたせいか、今度は命中した。
(やった!! ……は!?)
達成感も束の間、イローウエルは想像もしなかった光景に愕然とする。命中した筈の『波動光』のビームが邪神の鎧に触れたところから表面を滑るように拡散し、数え切れぬほど無数の細い細いスジとなって邪神の背後へと流れ行く。
ダメージは、どう考えても与えていない。圧力の高まりも無いから爆発もしないし、後ろに流れた『波動光』の残滓は細かすぎて空中で減退、霧散してしまう。
その間も邪神は、まるでそよ風に向かうかのように、一歩一歩を踏みしめてイローウエルに近寄ってきていた。
イローウエルは狙いを顔面に変えるも結果は同じ。むしろ眩しいのか顔を背けられた際に髪の毛らしきものに当たったが、余計無数に広がって霧散して消えた。
ここでイローウエルは『波動光』の照射を止めた。
もはや何をしていいのか分からなくなってしまったからである。左手に『光の剣』も携えてはいるが、振るうことも忘れて立ち尽くしてしまっていた。
一方で、邪神の方も背中にエルフの少年剣士とよく似た長大な剣を装備しているが、間合いに入ろうとも振ってくる気配が無かった。
長さが同じくらいに見えたので少年剣士の武器をそのまま使っているのかと思いきや、別物であった。近くで見ると柄や鍔が鎧と同じ蒼い鱗に包まれて非常にゴテゴテしている。
近接戦闘が行える距離にまで入るも、邪神は更に踏み込んできた。手を伸ばせばお互いに触れあえる距離にある。
邪神はそこで足を止め、拳を握った左腕をイローウエルの腹目掛け伸ばしてくる。殴ってきたのではない。伸ばしただけだった。左拳もポンと一度腹部に触れただけである。
しかしそれは、この後に続く激烈な攻撃の呼び水でしかなかった。
「『
ごぼぉん!!
やけに大きな音が自らの身体より発生したが、イローウエルに衝撃はほとんど感じられなかった。しかし、下を見ると自身の腹が無くなっていた。
(な……何が……!?)
肋骨の下から腰骨までの全てのものが消えて無くなっていた。皮、肉、臓器、背骨が全て丸ごとである。何が起きたのかまるで分からなかった。
「うっ! おっ、ごぼぁ!」
喉の奥から登ってきた大量の血を、イローウエルは我慢できずに吐いた。その飛沫でさえも、邪神は一歩だけ下がり、わずかに身体を捻ることで全て躱していた。
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