539 第30話:最終話38 STILL my heart is BLAZIG!!!




 異物の受け入れを拒んだ自分に対し、自嘲の笑いがこみ上げてきそうになる。


〈あんな小さな幼子に諭されるとはな。……ふふ、まだまだ儂も未熟者だという証明のようなものだ。いや、己で気づかぬ分、頓馬とんまな愚か者かな。そんな儂が、異物を拒否するだと……? 無知蒙昧、厚顔無礼もここに極まれりだな〉


 心を開いて全てを受け入れる。

 一体何を恐怖していたのか。自分が何かと混ざり、それまでの己とは全く違うものになる。そんなもの、生きていれば誰かの影響を受けて昨日の自分と変わるのは、至極当然の話だ。

 寧ろ昨日の己と今日の己が全く変わらぬ存在であるというのなら、それはもう死んでいるのと余り大差が無いのではないだろうか。


『よし、ハーク殿、器を頭の中に思い浮かべてくれ』


『器?』


『うむ。できるだけ我の元の肉体を凝縮、圧縮した上で貴殿の身体の隅々にまで行き渡らせた。骨、筋肉、表皮、血液、髄液は言うに及ばず、臓器器官の全てにもだ。また、貴殿の失われた部位を埋めるためにも使用した』


『む、そうなのか』


 言われてみれば、先程までの呼吸した傍から抜けていくような息苦しさだけは消えている。


『貴殿は左胸をほぼゴッソリ失くしていた。恐らくあと5つでもレベルが低ければここまで持たなかったであろうし、魔布を着用していなければ同じ結果だったろう。或いは即死していたかも知れないな』


 頓馬どころか己が本物の阿呆に思えてくる。日毬は最初から自分を助けようとしてくれたのだと今更に気づかされる。


『左の肺の損傷がひどく、機能回復のためを直接埋め込んだ。これで記憶と意識のやり取りも可能となった。念話が使えるようになったのもこの影響だ。我の能力の一部が貴殿に伝播し始めておるのだよ。ただ、これは人格面に影響を及ぼすことはない。全て貴殿からの一方通行だ』


『その辺りのことは、エルザルドに任せるよ』


 よく解らないから、というのもあったが、任せる他ないというのが本音であった。


『うむ。だが正直、まだまだ収まりきってはいない。物理的な面積が足りないのだ。なので、受け入れるための器を広げてもらいたい』


『広げる? どうやって?』


『成長してくれ。ハーク殿の思う貴殿の未来図を想像するのだ』


『大人になった姿を、思い描けということか?』


『そうだ。我の細胞と貴殿の細胞を混ぜ合わせながら、ハーク殿が考える通りに再構成させる』


『分かった。やってみよう』


 ハークが特に躊躇なく始められたのは、常日頃というほどではないにしても、多少は普段より考えていたからだ。鍛えるというのは、自分の行く末、修練の結果の集束を想像しながら行う方が効率が良い。言わば、なりたい自分になるために行うべきなのだ。


 ハークはまず自身の前世における全盛期の姿を想起する。身の内から常に力が溢れ続けていた頃だ。技は兎も角、身体は最も動けていた。

 この時の姿を参考に、今のハーク自身の姿を重ねる。

 改めて考えてみるとあまりに違い過ぎてどこから参考にすべきなのか分からないが、とりあえず背丈と手足の長さくらいは良いだろう。


 ただ、足の長さだけはもう少しだけでも欲しかったところだ。間合いを詰めるのが楽となるに違いないと思っていたものである。とはいえ、均衡を欠いては意味が無い。ごく僅かな延長に留めた。

 そこから肉づけしていく。エルフは太れないので、過剰に筋肉を搭載することは適わないであろうが、この際だから本来よりもほんの少し足してみることにする。刀を振るう動作は複雑で広い可動域が必要だから、モログほどの筋肉量では逆に邪魔になってしまう。ランバートでもまだまだ多い。フーゲインくらいが丁度良いだろう。


『できたぞ、エルザルド』


 頭の中に思い描いた映像をエルザルドへと手渡す場面を想像する。

 どうやらうまくいった感覚があった。意識的にエルザルドと一瞬だけ繋がったかのような。コツがわかった気がする。


『よし! では、再度開始する! 耐えてくれよ、ハーク殿!』


『むっ!』


 またも強烈な何かが流れ込んでくる。同時に、背骨や腰、身体中の節々に強い痛みが奔る。まるでギシギシと軋んでいるかのようだ。

 つまりは成長痛の延長だろうと解った。

 今、ハークの身体はエルザルドによって急激な成育を促されているに等しい。当然に、ただの成長痛とは別次元の苦痛が襲う。


〈ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!〉


 しかし、耐えられないほどではない。


『大丈夫か、ハーク殿!?』


『大丈夫だ! まだまだいけるぞ!』


『そうか。では出力を上げるぞ!』


『応! ぬっ、ぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!』


 苦しさが増す。だが、先に比べればささやかなものだった。

 それに段々と身体に力が溢れてくる。エルザルドが自分に力を授けてくれているのが良く理解できた。全能感とも言うべきものさえ湧き登ってくる。


『仕上げだ、ハーク殿! 我が龍麟を纏え!』


『龍麟を、……纏う!?』


『そうだ! 鎧でも外骨格でもなんで良い! それで完成となる! 我と貴殿は、新たな龍人となるのだ!』


『龍……人?』


 ハークの頭の中に咄嗟に思い浮かんだのは、鎧武者。それに、西洋甲冑やこの世界で見たさまざな鎧を掛け合わせた。






 同じ時、ハークとのえにし深き者たちは一斉に東を見た。

 それは、世界の報せの如きもの。誰かが、生命の領域を超克したことへの理解。


「ハーク様?」


 何故か、アルティナは自分の執務室でそう呟いた。


「お師匠様?」


 同じ部屋でアルティナの傍らにいたリィズも全く同じ方角を向く。何故か、あの優しい声で、お主は何度言ってもその呼び方をやめぬな、と囁かれたような気がした。


 別の場所で。


「師匠?」


 ワレンシュタイン領オルレオンで短期間の任務を終えて、古都ソーディアンに着いたばかりのシンも、馬車を降りたところで足を止めて東に顔を向ける。

 詰まってしまい、馬車の出入り口で立ち往生したズィモット兄弟も最初は自分たちのリーダーの不可思議な行動に怪訝な表情を浮かべたが、すぐに身を乗り出すようにして顔だけを外に出して同じ方向を見た。


「む?」


 同市冒険者ギルドの自室にて書類に眼を通していたジョゼフも、同じような状況で領主の執務室にいた先王ゼーラトゥースも東を向く。


「どうなさいました、お祖父様?」


 傍らで彼の執務を手伝っていたアレサンドロ、通称アレスが言う。だが彼と、そして同じ部屋に控えるゼーラトゥースお抱えの魔導師ラウムも一拍遅れて部屋の主の視線を追った。


 更に別の場所、ワレンシュタイン領オルレオン。領主の城2階にある会議室でも奇妙な光景が展開されていた。


「ん? ハーク?」


「何だ、ハーク?」


「ハーク殿?」


 定例会議中に、領主であり議長のランバート、彼に次ぐ実力を持つ上級大将フーゲイン、家老のベルサの3人が一遍に同じ方向へと振り返ったのである。不思議に思う会議参加者たち。しかし、すぐにロッシュフォードとエヴァンジェリンを筆頭として東を向く。その先に壁しかないとしても。


 また、同市の鍛冶武具店の支店にて後進の指導にあたっていたモンドも立ち上がると東を見て呟く。


「旦那?」


 幼年学校でも今年度より通うこととなったウルスラとレトが東の窓を眺めた。


「え?」


「兄ちゃん?」


 授業中であるにもかかわらずレトの方は立ち上がってしまい、教師から注意を受けかけるが、やがて熱が伝播するように教室の全員が窓の方向を見る。


 同じ頃、王国筆頭魔術師ズースも、第三軍に属するデメテイルも、冒険者『松葉簪』の3人も、サイデ村の人々も、古都ソーディアンの人々も、オルレオンの人々も、森都アルトリーリアに住まうエルフ達も、王都レ・ルゾンモーデルの人々も、全員が東を見た。


 また、凍土国オランストレイシアの王都シルヴァーナにいる聖騎士団団長クルセルヴは、従者のドネルと共に東ではあれどやや南東の方角を向き、部下の団員たちもそれに続いた。




 更に、遠い遠い隔絶された地にて反応する者が一人。

 巨躯に僧衣にも似た服装、刈り揃えられた赤い髪と顎鬚。

 かつて赤髭卿と呼ばれた男、ヴォルレウス=ウィンベルであった。

 愛娘を漸く寝かしつけ、海辺でいつもの手ごろな岩に腰掛けて一人で寛いでいた彼は、ふと立ち上がると、遥か先を透かし見るように満天の星空と一体化したような海と空の境目である海平線を睨みつつも独り言ちる。


「……遂に俺以外で生物のくびきを脱する奴が現れたか。あれから約200年……。長いんだか、短いんだか、だな……」


 その表情は今にも溜息を吐き出しそうに悲しげでもあり、これより始まる戦いに備えた心の昂りを抑えようとするかのようであった。




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