538 第30話:最終話37 But no one could break me !!!




〈合体……? 摂り込んで、……吸収? そんなことが……?〉


『普通はできん! 我も聞いたこともない! だが、今ならば! 今この瞬間ならば可能かも知れないのだ! 全てに同調する日毬殿の細胞が周囲を包むこの状況であれば!』


 その言葉を聞いて、ハークの中でまたも黒くて熱い何かが燃え広がる。

 この時、ハークもエルザルドも気づく余裕など無かったが、漂う日毬の残骸は浮かぶ周囲の『風の断層盾エア・シールド』に対して未だ魔力と意思を送り続け、イローウエルの『波動光』を阻み続けていた。


 ハークは、ヒト1人でもぶら下がっているのではないかと感じるほどに重い右手を虎丸の背に這わせ、たてがみへと到達させる。

 前へと進めるが為、胴体を傾けた拍子に胸がわずかに圧迫された所為で、またも生暖かいものがこみ上げてきた。

 今度は吐き出す力も残っていない。戻す形となってしまい苦しさが増したが、お陰で意識がよりハッキリとしてくる。


『頑張れハーク殿! もう少しだ!』


 指先が遂に虎丸の首に括りつけられた鞄にまで届く。留め金を外し、中の頭陀袋を手探りで探した。

 すぐに中指に引っかかるものがあった。


〈吸収といっても、朽ちてしまってはいないのか……?〉


 上手く袋の入り口を探り当てたハークの脳裏にそんな思いが浮かぶ。


『大丈夫だ! ハーク殿が我の生前の肉体を封入した魔法袋は、エルフ族の先人たちがその粋を集めて創り上げた最高傑作品だ! 恐らく我の肉体は、死後30分ほどしか経過していないであろう! 魔法袋の中は通常の空間に比べて時間の流れが遅いが、最高級品は別格で、ほとんど停止している状態に近いくらいなのだ!』


 エルザルドの言葉を信じて、腕を限界まで伸ばすと何かぬるりとしたものに触れた。

 どう考えてもエルザルドの肉体の爆裂した頭部の部分であろう。ほんのりと手の平に温かさも伝わってきた。


〈エルザルド……、到達、したぞ……〉


『よし! やるぞ、ハーク殿! 相当に辛いであろうが、負けるなよ!』


〈何……?〉


 次の瞬間、ハークの中身に何か巨大なものが入り込んでくる感覚があった。

 無理矢理こじ開けて、内部に捻じ込んでくるような。


〈うっ……ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!〉


 自分の中に侵食しようとする何かにハークは抗う。


『ぬうっ!? 何かおかしいぞ!? いくら何でも反応が強すぎる! ハーク殿、受け入れてくれ! 抵抗してはならん!』


〈ぐうううううううううううううううううううううううううううう!!〉


『違う!? これは!? ハーク殿の憎悪!? 怒り!? 怨嗟の声が届いてくる!?』


 思い起こすのは虎丸が自分を庇う瞬間、そして爆散する日毬。


『自己の否定!? 無力感……! 駄目だ、ハーク殿! 己を否定するな!』


〈……儂は……! 幼子1人、守れん……!〉


『記憶の混濁!? ハーク殿、気をしっかり保て!』


〈……儂は……弱い……!〉


『そんな事は無い! 意識を……! 意思を失うな……! 自責の念に囚われてはならん、ハーク殿!』


〈殺す……、絶対に……。よくも、日毬を……虎丸を……!〉


『ハーク殿! 負の感情に囚われては……!』










 昏きものが心中で燃え上がる。


〈殺す……。……何としても、何をしても……!〉


 エルザルドが先程からひっきりなしに話しかけてくるのだが、最早何を言っているのかも理解できない。

 頭に声が直接響いてくるのに、まるで意識に入ってこなかった。


〈……殺す……? ……何を? 日毬を死なせた儂が、今更何をしようというのだ……?〉


 成す術が無かった? だから、どうにもできなかった?

 わざわざ転生までさせてもらってこのザマか。そんな己が、今からまた何をしようというのか。


 苦しい。

 他者が自分の中に入ってくる。境界線が曖昧になり、肉体が抵抗している。己の芯の芯に侵食を受けているかのような感覚。

 またも頭の中に声が届く。もう煩わしいだけだ。黙っていてくれ、そう思う。


〈何をする……。何をしようと、いうのだ……。もう取り戻せる筈もないのに〉


 だからこそ、殺す。せめてものはなむけに。

 膨張する、己が。分裂する、精神こころが。

 合体とは何だ? それで何が変わる? また失うだけではないのか。


〈日毬……。儂は……お前に、何も……!〉


 後悔なのか。憎悪なのか。怒りなのか。

 この痛みは現実のものなのか、それとも非現実のものなのか。それすらも分からない。


『そんなことないよ! ゴシュジンサマ!』


 急にもやが晴れた気がした。はっとして眼を開き、顔を上げる。聞き覚えがあるような声であった。

 今の今まで室内にいたのに、ハークは荒れ果てひび割れた大地の上に立っていた。

 空はどんよりと分厚い雲が覆っていたが、頭上よりその雲を斬り裂いて光が差し込み、光が集まって凝縮し、小さな女の子の姿を現す。


 少しユナに似ていた。サイデ村の人々から巫女と呼ばれていたあの子に。ただ、彼女よりも少し年長である感じがあった。

 にこり、と少女が笑いかけてくる。それだけで、己の中心から引き裂かれて行くような痛みが失せていった。


『日毬……か……?』


 再び念話が使えるようになっていることに、ハークは気づいていない。

 少女は、日毬はコクリと肯いた。


『そうだよ。ゴシュジンサマ』


 優しい笑顔だった。

 だがその笑顔は、ハークにとって慰めにはならない。新たな強い自責の念に押し潰されそうになる。


『済まぬ……日毬、……儂は……!』


『謝らないで。顔を上げて、ゴシュジンサマ』


 いつの間にか再び俯いていた。

 幼子に指摘されて気づくとは何とも情けない。ハークは再び顔を上げる。

 日毬は続ける。


『あたしは、お礼を言いに来たんだよ?』


『お礼?』


『うん! だって、ゴシュジンサマが助けてくれたから、あたし生まれたんだもん!』


 ソーディアンでのことを言っているのが解った。だがそれでも、気持ちは晴れない。


『日毬……、儂は結局、……お主を助けられなかったのだぞ……』


 少女は首を横に振る。


『いいの。あたしがゴシュジンサマを助けたかったから。絶対に、死んでほしくなかったから。あたしだってゴシュジンサマと同じ気持ちだったんだよ? わかってくれたら、嬉しいな』


『……日毬』


『負けないで。死なないで。絶対に、諦めないで。それが大好きな、あたしのゴシュジンサマなんだから!』


 胸の内から暖かい、いや、熱い何かがこみ上げてくるようだった。


『……応。そうだな。……ありがとう、日毬』


 最早痛みは無い。感じない。少なくとも精神こころの痛みは。


『今まで楽しかった……。……また、会いたいな』


 半ば向こうが透けて視えていた日毬の身体が増々薄くなっていく。別れの時は近づいているのが解った。


『会えるさ。また……、会おう……』


『……うん!』


 精一杯に、嬉しそうな笑顔を見せて、日毬の魂が如きものは虚空に消えていく。

 では、絶対にここで死ぬわけにはいかない。

 ハークの心に、新たな決意が炎と灯った。






『ハーク殿!』


『む』


 現実に引き戻されたらしい。

 エルザルドからの言葉がよく聞こえる。周囲も良く見える。


『大丈夫か!?』


『もう大丈夫だ、エルザルド。心配をかけて済まぬ。合体とやらのやり方を教えてくれ』


 痛みの全てが消えた訳ではない。だが、少なくとも心は万端だった。


『よし! いくぞ、ハーク殿!』


『応!!』


 流れ込んでくる、己とは違う存在の痕跡。

 だが最早、ハークに恐れるものは無い。




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