536 第30話:最終話35 My Heart Is Blazing⑥
『太陽落とし』と名をつけたのは虎丸であった。当初は大げさだと恥ずかしそうにしていた主も今ではその名を認め、使ってくれていた。
それが虎丸には嬉しい。
心が浮き立つ。原動力となる。
「ガァアアウウウアアアアアアアアアーーーーー!!」
大切な主の僅かな体重を背に感じ、虎丸は走り出す。本気の疾走であった。
「『波動集幻光』!」
イローウエルは迎撃のため、新たな魔法の剣を左手に形成し始める。
闇を凝縮したような黒色が塊となって粘土細工のように形を変えていく。が、遅い。
間に合わぬと判断してか、今度は『波動光』を放射しようと伸ばされる右手の内側に入ったハークと虎丸の狙いは、その肘だった。
「秘剣・『火炎車』ぁ!!」
下からぐるりと回転し、描かれた蒼い真円が見事イローウエルの右肘から先を斬り落とした。
次いで、ハークは虎丸の背から跳躍する。
前々回までは飛びの高さを確保するために虎丸の補助を必要としていたが、今回は広大で巨大な空間とはいえ限られた室内である。高さ30メートルほどしかない。ハークだけの力で充分であった。約10秒間という発動時間を埋めるため、ハークは跳躍後即座に技に入る。
一方で虎丸は最大戦速を維持したまま、一旦左に曲がり、10メートルほどの距離を取ると急旋回、イローウエルの左腕めがけて突撃する。そして自身最大のスキルを発動させた。
「
後先を考えない虎丸の四肢が、本来頑丈な床面を蹴り砕き、粉砕した。
前脚の爪を突き出した虎丸全身全霊の旋回攻撃が繰り出される。狙いは左の手首。腕の骨の中で最も脆いであろう部位だ。
形成間近であった魔法の剣でもギリギリ間に合わずに防ぐことは適わない、と判断したイローウエルは間合いを少しでも離すべく自身の翼を使って背後に逃れようとし、両翼をはためかせた。
が、何かが翼に接触して上手くいかない。
玉座の背もたれであった。
(なんだと!?)
ここで初めてイローウエルは、自分の身体が皇帝の玉座に収まっていることを知った。
玉座は非常に頑強に設計されていた。このホールと同じく。焦ったイローウエルであっても破壊は容易にいくものではない。
頑強にと要求したのは皇帝であった。
回避も防御もできないイローウエルの左手首に虎丸の『ランペイジ・タイガー』が完璧に決まる。
火花が上がり、骨が抵抗を見せたのも一瞬、見事に虎丸の最大スキルがイローウエルの左手首から先を分断させていた。
「ぐぉおおああ!?」
冷静沈着であったイローウエルから悲鳴にも似た叫びが上がる。
ハークによって強烈な憤怒を呼び起こされ、結果、状況を把握するのが遅れた。
計算ずくの
ようやく認識したが上で、焦燥がゆえの叫びであった。
「ガァアアアアアアアーーーー!!」
虎丸はスキルの状態を解除せず、更にイローウエルへと襲いかかった。今度の狙いは右足である。立ち上がれなくさせるためだ。
膝を狙う。
火花を上げて攻撃が決まるが、やはり一撃では砕き切れない。
抉るように打ち抜いて、虎丸は再度旋回し、突撃する。
眼下では、玉座に座る形となったイローウエルが、足まで使い物にならなくされては敵わんと、虎丸に完全に意識を集中させていることが視てとれた。といっても、虎丸の最大最高の速度についていける筈がない。
全速全開すぎて、あと1分ほどしか虎丸でも持たないであろうが、充分すぎるくらいだった。
〈いくぞ!!〉
ハークは己の心の内で気合を入れた。
既に前準備は万端。精神は集中し切っている。
己の、今の全てをこの一撃に籠める。
「一意! 専心!」
構えは八相。
イローウエルの真上より天青の太刀を叩き落とし、魔晶石ごと一刀両断にする。
刀身へと練り込む魔力が、ハークの闘志を形と成す。
「一芯! 同体!」
未だハークは知らないが、この場にいる全精霊が彼の背に居た。それらはハークの身体の中を通り、彼が握り締める天青の太刀へと移り始める。
光り輝き始める刀身。
それは天青の太刀とハークの身体の内部で融合しつつあった精霊たちの結果と結実。
反発し合い、反転し拡散する前の、1つの目的のために集結した存在。
完全なる光の精霊。
それは燃え盛る炎の闘志と、澄みきった明鏡止水たる心と、大地のぬくもりと優しさを伴い、風の変幻自在なる刃を纏わせて、確固たる氷の意志の如く、雷光の一撃を昇華させる。
「――――示現流・奥義ッ!!」
輝く灯火を宿した刃の光に、イローウエルもさすがに気づいて上を向く。
だが遅い。
既に計4度もの突撃を喰らい、右足も膝から分断されていた。翼は自身の背中と玉座の背もたれに挟まれて動かすことができない。両腕の再生も間に合いそうになかった。
『今ッス、ご主人!』
「うォあああー!? まっ、まてぇーーーーーーーー!!」
もはやイローウエルにできることは残った左足をばたつかせることか、叫び声を上げることしかなかった。
しかし、ハークの意識にはイローウエルの声も虎丸からの念話も届いていない。今のハークは刀に全てを預け、また刀にも全てを委ねられているのだ。
ハークの肉体も意識も刀の一部、ハークと天青の太刀で一本の刀剣であった。
その巨大なる光の太刀が今、振り下ろされる。
「『断岩』ッ!! チェエエエエエエエストォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
雲鷹の速度さえ超えたハークの刀剣を止められる術はない。普通ならば。
ハークと完全同化した天青の太刀の刃は、イローウエルの脳天から真っ直ぐに心臓や魔晶石諸共、真っ二つに断ち切る。
筈だった。
大太刀が振り下ろされる正にその時であった。半ば無意識的にイローウエルがばたつかせていた左足が、偶然にも玉座の足下近くにある突起物に当たり、押し込んだ。
それは、イローウエルさえ知らなかった、皇帝専用の脱出経路であった。
だからこそこのホールは、まるで現代のセーフルームの如くに、核爆発にさえ耐えられるよう超がつく頑強に造り上げられていたのである。これを知らされていなかったということは、帝国の創立期から仕えていたイローウエルでさえ、皇帝は完全には信用していなかったということになる。
本来の役目を果たせなかった筈の仕掛けは、起動のボタンを押し込まれたことによって、玉座をゆっくりとではあるが座したままのイローウエルを乗せ、向かって右にずれていく。玉座の下に巧妙に隠された地下の脱出路を顕わとするために。
速度自体は非常に遅かろうとも、その動きは完全なハークの予測の外であり、彼の狙いを外すのに充分な動きであった。
玉座ごと斬り裂いたハークの太刀筋は、彼の方向から見て本来の僅か右に入り、人に例えれば正中線の左、頭から左眼の真ん中をそのまま真っ直ぐに、心臓も魔晶石も掠めて足裏まで斬り裂いていた。
〈失敗、した……!〉
技が終わり、自身としての意識が戻ったハークは手応えからそう判断する。
「うォガァアアアアアアアアアああああああああ!!」
『ご主人、危ない!!』
ハークは動けない。
そこに必死の形相のイローウエルが無我夢中に骨だけが再生されたばかりの右腕を伸ばし、虎丸が大きな身体をハークの前に無理矢理捻じ込ませた。
直後、紫紺の光が発せられる。虎丸とハークの身体がその光に呑み込まれ、爆発が起きて両者はホールの入り口横の壁にまで吹き飛ばされた。
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