535 第30話:最終話34 My Heart Is Blazing⑤




 抵抗する意識どころか意識の全て・・・・・を失い、踏ん張りが利かなくなったイローウエルが吹き飛ぶ。

 飛ばされた彼の身体は10数メートル先の玉座へと向かい、ぶち当たる。本来であれば背もたれに強打し、跳ね返って別の場所へと収まるであろうが、背の翼が衝撃を吸収しイローウエルの身体は玉座に座る形となった。


 ただ、その身体は大きな欠損を負っていた。

 頭部は丸ごと消失し、首、肩も同様、胸部という部位も半分以上が消滅。右腕は肩が無くなって欠落、左腕は辛うじて脇下の肉が繋がっていたためにくっついてはいた。

 惨憺たる有り様と言える。

 肉よりも骨の方はまだ残っていた。鎖骨までは綺麗さっぱり消えていたが、肋骨は一番上以外が全て残っている。

 その骨と骨の隙間から光る物体がハークには見えた。

 魔晶石の光だ。しかし、既に再生が始まり肉が覆い隠した。

 頭部が無く、意思すらも感じ取れるような状況であるにもかかわらず、みるみる元に戻っていく光景は気味が悪いとしか思えない光景である。


『矢張り魔物だ。あれで生きているとはな……。『天魔風震撃』も、魔晶石までは今一歩届かなかったか』


『ご主人! あの魔族は今、自分の意思で動けないッス! 追撃をすれば押し切れるかもッス!』


『無理だ、虎丸。もう魔法力MPが無い』


『了解ッス! 日毬、手筈通りご主人に魔法力を!』


「きゅん」


 虎丸の指示通り、日毬は小さくひと鳴きすると主人に自身の魔法力を移し始めた。

 日毬だけの特殊能力である。彼女は魔法力MPの受け渡しが可能なのだ。

 そう。渡すだけでなく受けることも可能なのである。


 どうやら日毬が生まれた頃より所持している種族スキル『同調シンクロニズム』の副次的な効果であるようで、彼女は基本的にこれのお陰で周囲との円滑な意思疎通が可能となっている。


 彼女の、ただの「きゅん」から何を伝えたいかが大体解ってしまうのだ。ちなみに日毬の方はハークのやや難しい言い回しでも、ヴィラデルの横文字多めな説明でも粗方理解できてしまうことから、受け手側の時も自然と活用しているようである。


 ただし、このスキルの効果はある程度、日毬と付き合いが深い者相手に限定されている。日毬と初対面の者が「きゅん」と聞いても「きゅん」以外には聞こえないし、その者が日毬に話しかけてもごく単純明朗な単語のみしか理解できない。


 魔法力の受け渡しも同様で、しかも更に条件が厳しい。現時点での仲間内ではハークと虎丸のみが受け渡し可能であった。

 これが、強大な魔法攻撃能力を持つ日毬を空中軌道だけでしか戦闘に参加させていなかった理由である。

 尤も、魔法に対する抵抗力値に優れた魔族相手には、物理攻撃力の高いハークで対抗する方が最も効率が良いとの判断に於いて、でもある。更にハークにはもう1つの狙いがあった。


「……う、う、……ううお」


 イローウエルの再生は、既に顔の下半分にまで到達していた。その再生されたばかりの口が、意味不明の言葉を紡いでいる。

 対して、ハークも魔法力の充填が半分を超えたところであった。日毬からの譲渡を受け、再び気力も補填されつつある中、ハークは思う。


〈やれやれ、本当に最後の最後、奥の手の奥の手までをも使わねばならぬ事態にまで追い込まれてしまったか……〉


 半ば予測済みだったとはいえ、ハークとしてもできればここまで追い込まれるのだけは避けたかった、というのが本音であった。

 残る1つの手札は博打に過ぎる。威力こそ無類であろうが、前準備段階から技の後に至るまで、ほぼ全てが悪条件に過ぎるのだ。運を天に任せるような危うさがあった。


『日毬よ』


「きゅん?」


『儂に魔法力の充填が終わったら、この場から離れるのだ』


「きゅ? きゅん!」


 そんなのヤダ、と言っているのが解る。だが、ハークは少しだけ強く伝える。


『駄目だ、日毬。こればかりは聞きなさい』


「きゅ……」


『日毬、聞くッス。こればかりはご主人も頼んでいるのではない。命令だ。お前もご主人の従魔であるならば、ご主人の命令には従わなければならない』


『虎丸の言う通りだぞ、日毬。大丈夫だ、心配はいらん。この戦いが終われば、すぐまた合流しよう』


「きゅん~~……」


 日毬はハークの肩の上で元気なく項垂れた。

 ハークの心の中に罪悪感めいたものが生じるが、仕方のないことであると割り切った。

 大体からして、討伐に成功さえすれば何の問題も無いのである。

 そうハークが自分自身に言い聞かす頃、イローウエルの再生が全て完了し、時をほぼ同じくしてハークの魔法力充填も完了していた。




   ◇ ◇ ◇




 意識が回復したイローウエルは、未だ頭がぼんやりとしていた。

 脳どころか頭部全てを失い、治ったばかりなのである。それだけは早くも把握できたイローウエルは、まずは状況確認を行う。


「貴様に1つ、確認したいことがある」


 たった今の今まで戦ってきた相手であろう人物が語りかけてきた。

 やたらと長い名前も思い出す。そして今の自分の目的にとって、一番の邪魔者であるということも。


 その左肩から何かが飛び立ったような光が見えた。

 が、気にしない。今のは確か空中軌道用の存在であったと思い出す。で、あれば攻撃力も注意を払うほどではないと予測できたからだった。


「な、なん、……ですか?」


 まだ頭に比べると幾分滑らかではない口を無理矢理動かす。


「貴様は先程、我らがキマイラのようだ、と言ったな?」


 言ったような気がする。未だよく思い出せないが。


「言いました、……ね。それが何か?」


「ついさっき気がついたのだが、貴様、いいや、貴様ら魔族の身体は、どうもおかしいな」


「おか、しい? ……どういう意味です?」


 何故だか心中がざわつく。相手が何を言いたいのかも分からないままに。


「貴様の骨を断った際だ。翼を斬り落とした時と感覚が違い過ぎた。他と比べて、手応えが些か柔らか過ぎる。まるで中身がスカスカのようであったよ」


「な、何、が言いたいのです……?」


 どこか嫌な予感がした。予感はすれども肝心なことが解らない。もどかしく、イラつく。存外、頭の方もまだ回っていないのかも知れない。


「あまりに構造が違うのだよ。同じ生物でありながら、身体の部位によって骨の構造そのものが別々なんて、いるのかと思った」


「なん……ですと……?」


 いきなりズキンと頭が痛んだような気がした。この身体は痛覚を遮断するというのに何故。


「それで気づいたよ。貴様らがかつてヒト族を支配していたのは、自らの肉体の交換品を確保し易くするため、であったようだな?」


 更に確信に迫ったような口調で、相手は続ける。


「貴様の、貴様らの身体は様々な別個の生物を繋ぎ合わせただけの物体。なればこそ、その翼も何かから、恐らく魔物か魔獣から奪ったものではないのか?」


 イライラが募る。頂点に達しつつあった。謎の頭痛も増す。


「……黙りなさい」


 制止するが、対象は気にせず先を続ける。


「貴様ら魔族の方こそ、キマイラのようではないのかね? その身体も生まれつきのものではない。継ぎ接ぎを繰り返し、今の形、『天使』の姿を真似ただけではないのかね?」


「黙れと言っている!」


 イローウエルは叫んだ。叫ぶしかできなかった。


「行くぞ、虎丸! 太陽落としだ!!」


 そして敵が、自身に倍する声で叫んだ。




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