532 第30話:最終話31 My Heart Is Blazing②
「ぶはぁっ!!」
同じ頃、ヴィラデルはあまりの重苦しさと息苦しさによって眼を醒ましていた。
この時、気を失っている間に僅かながら回復した魔法力を使って彼女が身を起こすと同時に自身の前方へと半ば無意識的に小さな突風を発生させていなければ、そして、
「かはっ! ゲッホゲホ、ゲッホ!」
どうしようもない息苦しさは、砂を吸い込んでしまったからであった。激しく何度も咳込みながら、ヴィラデルは空気と共に砂を吐き出していく。
1分近く経って、ようやくと落ち着いたヴィラデルは周囲を見回す。
そして彼女は呆気にとられた。
ヴィラデルは砂漠の中にいた。たった今引き起こしたばかりの上半身以外は腰から下が砂に埋まっており、足先に向かってなだらかに下がっている。その先に蟻地獄かのような窪地が形成されており、約30メートル先に底があって、ブスブスと黒い煙が上がっていた。
中心点は未だに残り火が燃え続けていて、周りの砂がいくつかの強い光を反射していた。
ヴィラデルは砂漠出身である。
最初は混乱し、いつの間に故郷に戻ってしまったのかと考えた。次に夢と疑い、そして、何が起こったのか、自分が何をしたのかを思い出した。
(……そうか、アタシ『
だがおかしい。いかに砂漠化の進みつつある荒地であろうと、いかに隕石落下を再現するほどの強裂無比な破壊力の魔法であろうとも、たった1発などで砂漠化はしない。
(あ……、そういえば1発じゃあなかったわね)
『
正に絨毯爆撃といった様相で、半ばヤケになったように視えたから威力の調整もしていなかっただろう。
魔族の『波動光』は他のどの属性魔法とは違い、超絶に微細な粒子を束にして発射、対象を削り取る魔法である。更に、一定量を受けると圧力の急激な高まりによって爆発も起こる。大地に当たれば土も岩も粉砕、細かくされて砂と化すのも解る。
(だから助かったのね……)
絨毯爆撃を受けている際中は全く気づかなかったし、そんな余裕も全く無かった。
だが、バルビエルが事前に幾度も放っていた『波動光』が、硬い荒地の地面と周囲に残された瓦礫とを岩盤ごと細かく軽い砂へと変えており、それが死なば諸共の覚悟で放ったヴィラデルの隕石落としの最初の衝撃と爆風にって舞い上げられて、気絶したヴィラデルの身体の上に覆いかぶさりその後の高熱から彼女の身を守ったのであろう。
本物の隕石落下も、砂漠で発生すると全く痕跡が残らないことがある。それと同じようなことが起きたのだ。彼女にとっては実に幸運なことに。
(……ハッ! シアは!?)
自分が助かっているのなら、同じようにシアも助かっているのかも知れない。そう思ったヴィラデルは即座に立ち上がろうとして右足に激しい痛みを感じ、くぐもった悲鳴を上げた。
「うがっ……、ぐぐぐ……!」
あまりの激痛に、一瞬意識が遠のいたくらいだった。血の味がするくらいヴィラデルは歯を喰いしめて、右足を埋もれた砂の中から引き上げた。
(やっぱり無い、か……)
予想できたことだった。くるぶし辺りから先が無くなっている。
次にヴィラデルは懐より自身の
(良かったわ……。破損していない)
安心感で彼女はそっと溜息を吐く。
この魔法袋は、袋の入り口と圧縮空間とを繋げたものだ。袋が外的な要因によって破損すると圧縮空間との繋がりは消え、2度と中のアイテムを取り出すことはできない。
アイテムロストだ。
何憶分の一という確率で同空間に繋げられる可能性と方法もあるが、当然に現実的な数字ではない。
とはいえ、そのまま放置ではいかな広大な圧縮空間といえども何百、何千年後にはゴミで満載となってしまう。旧西暦末期のこの星の周囲と全くの同じだ。
そこでヴィラデルの先人たちは同じ愚を犯さぬよう、魔法袋に安全装置を組み込んだ。
何らかの要因で外部との接合が解かれた際に、直前まで記録されていた座標へ圧縮空間の内部を放出するようにしたのだ。
これにより、アイテムロストも無くなった。
しかし、先人たちが創り上げた安全装置も長い長い時間の経過によって当時よりも太陽の周りを回る公転速度は変わらずとも自転速度がおちている関係で機能を失っているに等しい状態であった。時速僅か1メートルの違いがあったとて年月を重ねれば巨大な誤差だ。今では多くの衛星もとっくに稼働していないか、落下して塵と化している。GPSによる三点測位の補助も今は活用できない。よって、今ではどこにアイテムが吐き出されるか予想することは非常に困難というか不可能で、大抵は面積の広い海洋にぶちまけられるのがほとんどであった。
ヴィラデルは魔法袋の中の自分用に持たせられた高級回復薬を取り出し、自分の足にかけようとする。
回復薬ではどんなに効力が高かろうとも欠損部位まで再生できはしない。それでもドロドロと漏れ続ける血を止めることはできた。
だが、ヴィラデルは途中で止め、代わりに着替え用の帯を新たに魔法袋の中から取り出して、自らの右太ももの下に巻き付けるとギュッと強く縛った。
「うぐっ!」
流れ出る血は完全には止まらないが、少量にはなった。
自分が生きているということは、シアも生きているかも知れない。ただ、シアの方はヴィラデルが隕石落としを使う前から既に重傷を負っていた。もし、生きていてくれるのならば、自分などよりも大量の回復薬が必要となる。そう考えて、ヴィラデルは己に回復薬を消費することを止めたのだった。
断続的に襲い来る激しい痛みに耐えながら、ヴィラデルは埋まったままの自分の残りの下半身を砂の中から引き出し、四つん這いで移動する。
そして、気絶したせいで極僅かながら回復したなけなしの
この魔法は土の初級魔法で、本来は大地を操作して穴や釜戸などを作成できる生活魔法である。砂とはいえ大地の一部には変わりない。
ただし、ヴィラデルはその砂を操作するのではなく、まず自身の魔力が届かない異物を感知するためにこの魔法を使っていた。
これによって内部に埋まっているものの場所を調査するのだ。
幾つかの隙間を、物体をヴィラデルはすぐに感知する。
実に細かくて小さなものだ。恐らくヴィラデルが行った隕石落としによる高熱で、ガラス化した砂であろう。未だ燻り続ける残火の周りでキラキラと炎の光を反射して輝いていたものと同様のものだ。
やがて、彼女の検索していた人間大の物体を感知した。そのまま砂を操作して掘り起こす。
「シア!!」
当たりであった。横向きになっているシアが現れ出でた。痛々しい背中が見えているが、最後に見た時以上の怪我は見たところ負っていない。
ヴィラデルは立ち上がることのできぬ身体を引きずるようにしてシアへと近寄った。
ヴィラデルとて敵であるバルビエルの死は確認していない。本来はそちらへの警戒も必要な筈であったが、この時のヴィラデルにそんな余裕など微塵も無かった。
「シア!!」
もう一度名を呼んでヴィラデルは動かぬシアの左肩を掴み、引き倒すように仰向けにした。
全く反応が無い。
ヴィラデルは逸る気持ちを抑え、耳をシアの口元に近づける。
「!! 良かった!! まだ息がある!!」
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