531 第30話:最終話30 My Heart Is Blazing




 ハークはすぐさま右手で火の魔法、左手は天青の太刀を保持したまま人差し指と中指を伸ばし水魔法発動の準備をする。


「『種火リトルファイア』、『水放射ウォーターショット』!」


 そして大急ぎで矢継早の魔法を唱える。右手の平の上には小さな火が灯り、左手の伸ばした指先から極少量の水鉄砲が放たれた。

 この世界に来たばかりの頃は、魔法を2つ以上をほぼ同時に発動し操ることは不可能と思っていて、何よりハーク自身もできなかったが、これだけレベルが上昇して魔法にも充分に習熟した状態では、この程度の簡単な魔法であれば問題は無かった。強力なものの発動となれば、話は別であるが。


 これが魔法によって引き起こされた現象でなければ、鎮火されるか、逆に火が耐えきって音を出しながら水が蒸発していったことだろう。だが、別の属性によって引き起こされた魔法同士は互いに絡まり合い、反発し合い、やがて反転してバースト、強烈な光を発生させた。


 拡散された痛烈な光を浴びた紫紺の精霊が、それまでぴったりとまとわりついていたイローウエルの左腕から一斉に、そして我先にと散っていく。

 直後、驚くことにその左腕が猛烈な勢いで煙を吹き出し始めた。


「グッ、グォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア~~~!!」


 突然イローウエルが絶叫を上げた。あまりの大音声に虎丸や日毬、そしてハークですら驚いた。魔族は痛みをほぼ感じないと、事前にエルザルドから聞いていたからだ。

 ところが、イローウエルの反応は明らかに激痛による悲鳴であった。更に彼は、未だ煙を吐き出したままの左腕を庇いつつも、その身体能力を最大限まで発揮したのか床を蹴り砕きつつ後退を見せる。


『虎丸、あれはどう考えても、物凄く痛がっているように思うのだが、どうだ?』


『痛がっているッスよ! 絶対間違いないッス! おい、エルザルド! 何かお前から聞いた事前の説明と随分な食い違いがあるようだが、どうだ!?』


 ほとんど文句とも言える質問に、ハークの首にぶら下がる小袋の中身が反応した。


『虎丸殿の言う通りだ。我も不思議に思っている。だが思い出して欲しい。タルエルと戦った際は、欠損部再生の兆候などまるで無かったことを』


『む』


『確かにそうだ。大体からして、再生にしても早すぎる。おまけに火傷も阻害になっていない。……いや、あれでも一応は阻害化されていたのか? 再生速度が早すぎて、意味を成していなかったのかも知れん。これは何かやったな・・・・


『やったって……、また例の帝国の新技術ってやつッスか?』


『待ってくれ。生前の我であれば思い出すこともなかったかも知れないが、該当するデータがあった』


『生前のエルザルドであれば、だと?』


『うむ。それほどに古い古い、初期の記憶だ。初めて我に言葉というものを教えてくれた存在が、語った中にあった。大昔の大戦で使われた技術に、宿した対象の構成体を瞬時に蘇らせ再生させる、寄生体なるものがあったらしい』


『寄生体? 寄生虫のようなものか?』


 他にも気になる事柄は無数にあった。ドラゴンに言葉を教えたという存在とか、1万年近く生きたというエルザルドの初期の記憶ということはつまり先史時代、ということはそれより前で使われたということで先史時代よりも前の話であるのか、とかである。

 だが、今は戦闘の真っ最中だ。戦闘に直接的な関係があり、勝利に直結する事項のみ詰めるべきなのである。


『そうと考えて良い。寄生虫の中には宿主からの栄養を奪う害だけでなく、益を与えるものもいたそうだが、同じようなものであったと聞いている』


『と、いうことは、その寄生体とやらも益だけでなく害ももたらすと?』


『うむ、そうだ。極端な治癒と再生能力の上昇は新陳代謝の異常な速度も生み出す。結果、肉体は寄生体を宿すことになってから数年間で朽ちてしまうという。寿命を迎えるのだ』


『……成程。どうやら敵も相応の覚悟を決めたらしいな。悲壮、とまでは言えんだろうが』


 数年程度で寿命を迎える前に身体1つ取り換えれば良いのだから。

 とはいえ、真剣そのものでこの戦いに臨んでいることは明らかと言える。油断や慢心も、ほとんど期待はできないだろう。


『ご主人! じゃあ、アイツを何度も傷つけてやれば、その内寿命が尽きるんじゃあないッスか!?』


 虎丸の提言には一考の価値がある。そう思ったハークではあったが、エルザルドがすぐに答えを出した。


『それは無理だろう、虎丸殿。理論的には可能かも知れないが、先にハーク殿の魔法力が尽きてしまうぞ』


『確かにそうだな。『火炎車』とて、あと10放てるかどうかだ』


『ああいう急激な再生能力を見せる相手には気をつけろと聞いていてな。相手が人間種であれば脳や心臓を潰してやれば片がついたのだが……』


『相手は魔族だからな。頭を潰しても倒し切れるかどうかは分からない、か。矢張り確実な手段は魔晶石を砕いてやることだな』


『その通りだろう』


 しかしながら、胴体部分への『火炎車』は先程の攻防で耐え切られてしまっている。あれの威力を超える技は、ハークであってももうあと2つしかない。

 段々と条件が狭まってきたことを実感せざるを得なかった。


『当時であっても残存数は残り少ないと聞いていた。未だ残っていたとは単純に驚きだ。次に、先の痛がりようであるが……』


『そちらは、何となくは解るな』


『本当ッスか、ご主人!?』


『ああ。あの洗脳魔法とやらは、肉体ではなく精神を、しいては魂を操るものであるのだろう? それが強烈なしっぺ返しを受けて、イローウエル自身の魂に直接的な痛みを与えているのではないか』


『さすがはハーク殿だ。我も同様の見解だよ。まるで幻の痛み。幻肢痛げんしつうのようだな』


『凄いッス、ご主人!』


 ここまでの話を終えたところで、大凡20秒を超えたくらいだった。念話間の意思疎通は非常に素早く行える。こういうところでも便利だった。


 対してイローウエルの左腕は、ようやくと煙が治まって、炭化した細胞が外に追い出されるような形で再生していく。


「くっ……。貴方は一体何者なのですか?」


「何者? ただのエルフの剣士だよ」


「エルフの剣士?」


 脂汗を額に溜めながらイローウエルは鸚鵡おうむ返す。


「ああ。……そう言えばまだ名乗ってもいなかったな。ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーだ。長いので……、……ま、これはいいか」


「何がいいのかは分かりませんが、洗脳魔法を打ち破るとは……。只者ではないことは確かですね。……一体、どうやったのですか……?」


「さぁな。良く解らん」


 教えてやるような義理もないが、原理なども全く分かっていないというのも確かであった。

 イローウエルも焦りすぎてか自分で先の魔法が洗脳魔法であると白状してしまっている。

 ただ、次にハークが追加で放った一言を聞いたイローウエルが、急激にその雰囲気を変化させた。


「以前、似たような状況で打破できたのでな。使ってみたまでのことよ」


「似たような、状況ですと……?」


 この時イローウエルの頭に浮かんだのは、過去に読んだとある報告書であった。

 時期は半年以上前、当時、モーデル王国第一王子の影で暗躍していたボバッサが寄越したものであった。

 ボバッサはその報告書の中で、師より教えを賜った洗脳魔法が打ち破られた可能性がある、と示唆していた。


 イローウエルは、ボバッサが適当なことを申してくるような人物ではないとは認めながらも、何かの間違いなのではないか、例えば重ねがけが不完全であったのではないかと考え、自ら返事を書いている。

 洗脳魔法を明確に解除できる存在など、考えられなかったからだ。


 だが違う。その存在は、人物は今、イローウエルの眼の前にいるのだった。


「……そうですか、貴方が……。貴方こそが」


 イローウエルの狐目が、更に細められた。




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