530 第30話:最終話29 If the "words" killed me, I don't need a new world order you




 イローウエルは当たると確信した。

 当然だろう。相手方は空中にいるのだ。魔族のように空を自在に動くことはできない。

 地にあればイローウエルを超える速度を垣間見せたあの魔獣でさえ、空中軌道用の魔法でサポートする程度では全く同じ機動力を発揮できるわけがない。そうイローウエルは知っていた。


 が、『波動光』は亜人の剣士を掠めもしなかった。


(何!?)


 何が起こったのか解らずに、イローウエルは己の眼を擦りたくなる衝動に耐えてから、もう一度『波動光』を放った。今度は自身の視線を塞ぎ切らぬように右手を自分の身体に寄せてから撃つ。


 イローウエルが凝視する中、ハーク達はまたも攻撃を躱した。

 そして、またもイローウエルは自身の眼を強く擦りたい衝動に駆られる。魔獣に跨る亜人剣士の背に、一瞬、ハネが出現したからだ。

 自分たちのような天使の羽ではなく、まるで何千年も前にアーカイブで見たことがあるアニメーションに出てきた妖精そのままであった。


 ハーク達は緩やかな線を描き、着地する。

 勿論、日毬である。ハークの背に掴まりつつ瞬時に飛行形態へと変身、更に巨大化して羽ばたき、空中でのハーク達を後押ししたのだ。

 モーデル王国の王都レ・ルゾンモーデルでのクラーケン戦で培った空中での回避方法を、そのまま使用したのである。魔法が使えぬ状況でもないため、日毬も補助魔法を意識無く使い、無理のない挙動を成し遂げていた。


「キマイラのような方ですね」


 イローウエルから贈られた評価めいた言葉に、ハークはかつての古都ソーディアン冒険者ギルド寄宿学校にて、瓶底眼鏡の魔物学術調査員エタンニ=ニイルセンから散々頭に刷り込まれた知識の1つを呼び起こした。


「今度も褒められたのか貶されたのか分からんな」


「そうですね。褒めてはいません」


 すまし顔でイローウエルは言う。


「キマイラとは、頭に獅子、背中に山羊、そして尻尾に蛇の頭がくっついている魔物だったか。戦った経験は無いが……成程、増々分からんな」


「分かりませんか? 地を奔る猛獣、武器を操る腕、そして先程の妙な翅。まるであつらえたように寄せ集めたかのようではありませんか」


「ふむ。完全に身体能力で上回られている相手と戦うのだ。力も集めようというものだろう」


「まぁ、それはそうですね」


 一方的に話を終わらせ、イローウエルは再び右手の平をハーク達へと向けた。更にまたも複数発動の兆候も見える。

 虎丸はハークの高まる緊張感を感じ取って、今度は念話の指示すら受ける前に疾走を開始する。

 数瞬前まで彼らが居た場所を次々と紫色の光が通過していった。それらは結局、壁やら柱やらに直撃して爆発を起こすが、相当頑丈に造られているのだろう、穴が開くでも崩れるでもなかった。


 床面どころか壁や柱さえも使った無尽なる動きで、虎丸は優に10を超える『波動光』を躱していく。

 時々、行く手を塞ぐように発射されていたものもあったが、一瞬の速度上昇や急旋回によって捌き切っていく。自身の最高速度が出せぬ状況であろうと、虎丸に焦りは無い。

 余力もまだ残してあった。だが、ハークには決して余裕と視ていられる状況ではない。


〈あれだけの破壊力の魔法を連発しておいて、疲れたような様子が一切見えんな。効率が良いのか、消費を抑えておるのか、或いはその両方か……。このまま延々撃たせ続けて魔法力切れを狙う前に、こちらの持久力が持たなくなる可能性もあるな〉


 気の長い持久戦だ。だが、実際には無理だろう。まともな頭脳を持っていれば、魔法力MPが半分を切るあたりで『波動光』の発射数は激減するに違いない。更にイローウエルに対し、そんな消極的な策が有効に働くとは思えなかった。


〈まるで手足でも振るうかの如くに、本当に気軽に撃っておるの。それとも、奴にとってはあれでも力を抑えたものであるのかも知れん。いずれにせよ、矢張りレベル差は厄介か〉


 イローウエルが、自らに出せる最小単位であの魔法を撃っているのだとしても、ハーク達は身体のどこに受けようとも致命傷となる危険性を常に背負っている。ハークはエルフであるという自らの種族と、装備品の恩恵によって、魔法に対する防御力を表す精神力値はかなり高い。もう少し彼我のレベル差が近ければ別であったかも知れないが、今の状況では如何ともし難い。速度と攻撃力が通じるだけでも僥倖なのだ。


 大体からして切断面は斬って焼き落とした筈の翼が、もう既に大方の形成復活を終えようとしていた。


〈切断部分が……!? 魔法や再生にしても早すぎる。そもそも再生持ちには炎や雷などの熱攻撃が有効と聞いていたが、魔族だけは別なのか?〉


 呆れるほど凄まじい再生速度である。

 敵に何ができて何ができないのか、何が有効で否かなど時間をかけてハークとしては確かめたい衝動に駆られる。だが、翼の再生が完了して再び自由に飛行できるのを悠長に待つ、というのも得策ではなかった。


〈危険でも、今は踏み込むべきだ〉


 虎丸は主の意思と決意とを敏感に感じ取り、即座の突撃体勢に変わる。

 こちらの速度を先読みして発射された1発を速度上昇や旋回するのではなく、急ブレーキにて対処してから、イローウエルに向かって真っ正面に駆ける。


 目標の動きが急に横から縦へと変化し、しかもこちらを真っ直ぐ狙ってくるとなれば人は焦る。この点は、魔族であるイローウエルとて同じであった。


「むっ!?」


 多少とはいえ焦燥感に駆られたイローウエルは、先程と同じ愚を犯した。発射する次の『波動光』の出力を上げてしまったのである。

 その結果、威力と共に粒子の束は太くなり、イローウエルの視界の右大部分を塞いだ。


 虎丸は迫るそれを引き付けてから左に躱す。逆から見たイローウエルの死角に潜み、速度を限界まで瞬時に引き上げた。

 気がついた時には既に遅い。蒼い炎をまとった刀身が至近距離にまで達している。


「秘剣・『火炎ッ車』ぁあ!!」


 イローウエルの横を駆け抜け様に胸を真一文字に掻っ捌いてやろうという算段だった。

 あわよくば、そのまま魔晶石ごと斬り裂いてやろうとも。

 炎剣はハークの狙い通りにイローウエルの胸に吸い込まれていき、蒼き真円を描かなかった。


〈何!?〉


 燃え盛る蒼炎まとう刃がイローウエルの胸骨によって止められていた。

 手応えから判断すれば、半分以上は喰い込んだところでそれ以上の進行を阻まれている。蒼き炎がその熱で喰い込んだ骨と周囲の肉を片っ端から炭化させていたが、強力な再生力にて押し戻されていく感覚もあった。


 明らかに背中の翼の骨よりも数倍硬い。同じ存在の持つ骨同士ではないと思えるほどだった。とはいえ勝機には違いない。ハークが更なる力と魔力を天青の太刀に籠めようとした瞬間、強烈な悪寒が彼を襲った。

 イローウエルの手が自身に向かって迫ろうとしていたのだ。

 右手の『波動光』ではない。紫色の精霊たちが手の平に向かって集束していくのではなく、まとわりつくように次々と腕全体にへばりついていた。


〈掌底か!?〉


 最初はそう思った。

 ハークは物理的な防御力が低い。明確な弱点と言って良い。同レベル帯であっても当たりどころが悪ければ簡単に致命傷となるほどに。ましてやレベルが数段上の相手に魔力まで籠められた攻撃を受ければ、一撃で充分にお釣りを与えてしまう筈である。

 だが、違った。イローウエルはハークを掴もうとしていたのだ。


〈まさか!?〉


 心当たりがあった。

 モーデル王城でのクラーケン戦前に、対峙したボバッサが遂に使えなかった『洗脳魔法』だ。




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