529 第30話:最終話28 Soon You Will Know
虎丸とハークの頭の中に、同時に去来するのは全く同じ思い出。かつて共に行った、盛大なる
そう。かつて、エルザルド=リーグニット=シュテンドルフという百レベルのドラゴンを相手にし、立ち向かった時のことだ。
あの時に比べれば、対する敵のレベルは75と25も下回っており、しかもドラゴンから魔族へと微妙ながら格が落ちている。
更にハーク達も互いに、そして大いに成長している。特にハークはこの世界ならではの戦い方も身につけ、その実力を大きく伸ばしていた。
条件付きではあるが、人間種としては既に世界屈指とまで評価できるほどだ。総合的には8指に入り、接近戦のみであれば3指にすら確実に入るだろう。
それでも、危険度で考えるならば大差はない。
あの時のエルザルドには戦う意思が無かった。その辺の小石でも蹴り飛ばすように力任せに暴れていただけであったのだ。
戦略も何も無い。ただ単に身体的能力のみが突出しただけの相手であった。
さりとて相手がレベル100では言語道断なほどに危険だが、更にあの時のエルザルドは内心ハーク達に殺されたがっており、実際に援護となる行動までとってくれていた。
加えて、必ずしも敵を倒し切る必要が無かった。倒すなど2の次3の次、それよりも当時の避難民、シンやユナなどの現在のサイデ村の住人たちを無事に逃がし切れさえすれば良かっただけなのである。
しかし、今回は意地でも倒し切らねばならない。
突進してくるハーク達に対して向けられていた右手に、精霊の光が集まってくる。
迎撃のための『波動光』だ。
エルフ特有のスキル『精霊視』の効果により、ハークは相手の使おうとしている魔法を実際に眼で見て看破することができる。『波動光』と共に飛行用の補助魔法も発動しようとしているようだ。色こそ全く違うが、精霊の動きがガナハの使っていたものとそっくりであった。
ハークは体重を僅かながら左に傾ける。それだけで即座に虎丸が反応してくれる。
もはや念話すらも必要無い。『波動光』の光を左に抜けて、ハーク達は至近距離にまで達する。
「うっ!?」
「ぬん!」
少し飛んで床から足が離れたイローウエルの腕を、ハークは上段から斬り下ろす。天青の太刀は肉こそ易々と斬り裂いたが、骨に弾かれたらしく切断はならなかった。
〈骨が特に硬い。スキルを使わねば、関節部でもない限り斬り抜けんか。いや、『大日輪』程度では無理かも知れんな〉
手応えから脳内で測定を行うハークを乗せたまま、虎丸は一旦左に大きく間合いを離した。一撃離脱の形である。
ハークだけでなく虎丸も感じていたのだ。
イローウエルはただ単にレベルが高いだけの輩ではない。思考を回転させて戦いに反映させられるくらいには実戦経験を積んでいるようであった。
テイゾーを逃がす方向から、迎撃するべく立ちはだかってきた時点でハーク達はある程度察していた。
ハーク達の接近を感知し、その速度から追いつかれることを考慮して、テイゾーを隠してから自身は戦うことを選択したのだろう。
飛行も可能であるし、逃げの一手も有効と判断できるが、もし捕捉されて追いつかれてしまえば、イローウエルはお荷物を抱えたままでハーク達と戦わなければならない。どちらか片手は塞がり、速度と高度も制限されてしまう。おまけにハーク達の本当の狙いはイローウエルではなく、その荷物の方なのだ。
今の、『波動光』発射と同時に飛び立とうとしていたのも、己の有利な位置取りを確保し続けようとするための行動であった。一方的に斬りつけることができたのは、単にイローウエルが予測した速度を虎丸が大いに上回った結果である。
「速いですね」
離脱していくハーク達を悠々と見送りながら、イローウエルがそう呟く。斬りつけた右腕の傷はもう血も流れてはいない。
「こちらに猛スピードで近づいてくる様子で気づきましたが、どうやら私の速度能力を凌駕しているようですね。その猛獣は」
「…………」
冷静に分析もしている。20以上レベルが下の存在にとある一部分で上回られても慌てる様子もない。少なくとも表面上は。
ハークの予測は当たっていた。
イローウエルは魔族でもかなりの戦闘経験の持ち主だったのである。大抵の魔族が封印の外の世界では虐殺か、『勇者』のユニークスキルによって良く解らないままに討伐されるくらいしか経験しない中、イローウエルは2度も勇者の返り討ちに成功していた。
それ程強力なユニークスキルではなかったことも、無論関係している。運も良かったと言えるだろう。だが、沈着冷静に打開策を探っていなくては、どちらも討たれていたのはイローウエルのほうであった。
尤も、魔族では勇者を倒した経歴を持つとしても、特に地位向上には役立たない。そんな者は数えるほどしかいないからだった。
「そろそろ迎え撃つでなく、こちらから攻めさせて貰いましょうか」
完全に宙へと浮き上がったイローウエルが見下ろしつつ再び右手をかざす。
この部屋は前後左右に広いだけでなく、天井も高い。限定された空間ではあるものの、イローウエルにとっては動きに制限を受けるような場所でもなかった。イローウエル自身が選んだ戦闘区域なのだから当然と言える。
その手に複数集まりつつある紫色の精霊の動きから、ハークは連発を予測する。
『連続で来るぞ、虎丸!』
『了解ッス!』
いつもの最高速度が出なかろうとも出所と発射の瞬間さえ捉えることができるのであれば、虎丸なら見てから避けることも可能である。
今度は一度右に大きく避けると今度は左、また右と、都合6発の『波動光』をジグザグに躱しつつイローウエルに迫った。
「むっ!?」
さすがに想定以上の速度であったのか、イローウエルが驚きの声を上げた。
だが、現時点でも虎丸の速度はこんなものではなかった。宙に浮いているイローウエルの下をくぐると、左回転で後ろに振り向こうとする動きに合わせて大きく左に逸れた。
完全にではないが背後を取った。狙い通りと虎丸は跳躍し、ハークは無声の気合で天青の太刀に炎を灯した。
狙いは翼だ。片方でも斬り落とせれば飛行は不可能である。だが、この角度と状況であれば両翼とも可能だ。
「秘剣・『火炎車』!!」
蒼炎をまとった刃がイローウエル背の両翼のつけ根に下から振り上げられた。空中に蒼き炎の輪を一瞬で描く。
骨の部分で多少の引っかかりを感じたものの、何とか斬り落としきってみせた。
今まで秘剣・『火炎車』を使ってここまでの抵抗を感じたのは初めてだった。さすがはレベル75ということだ。この分であると、相当に太い骨の切断までは難しいかも知れない。
「うっ!?」
両翼を失って、当然のようにイローウエルは床に向かって落下する。
どう考えても両手両足を使った4つ足着地することしかできぬ体勢だった。
だがイローウエルは、超高レベル独特の無茶苦茶な動きで足から床面に着地した。
かつてモログもその高過ぎる身体能力を使って、無茶な空中軌道を披露したことがあったが、それよりも無理矢理な動きであった。
〈むっ!?〉
そして当然、両足のみで着地できるのならば両手が自由となる。即座にぐるんと振り向いたイローウエルは右手の平をまたもハーク達に向けると『波動光』を放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます