527 第30話:最終話26 Can't You See I'm BLAZING?②




 警戒はしていた魔法の岩塊が突然眩しく光を放ち出し、急に速度を上げて自分に迫ってきていることにバルビエルは気がついた。


 だが、いかな魔族とてもう遅いのだ。

 隕石は大気圏に侵入する角度とその前段階の速度によっては、秒速10キロメートルから20キロメートルにさえ達することがある。時速になおせば3万6千から7万2千キロメートルだ。音速の約30倍から60倍という途轍もない速度である。

 もしも自分に向かって落ちてくるのであれば、何かが空で強く光ったのを確認した頃には直撃を受けていることだろう。


 あまりに高速であるため、魔族とてこれは変わらなかった。

 更にヴィラデルが、最後の最後まで命を削って魔力に変換していたことも大いに影響していた。


(うんぬぁあああああああああああああああああああああああ!!)


 彼女は横になったままでも腕を天に向かって伸ばし、次いで勢い良く大地に叩き落とす動作をした。

 これが必要かと問われれば、魔法の完成には不必要ではあった。

 だが、魔法とはイメージの産物。最後になるかもと思い定め、これまでの自分の全てを籠めるには必要不可欠な動作であり、実際に僅かながらの更なる加速にも繋がっていた。


 バルビエルが叫ぶよりも先に彼の右手より『波動光』を放つことができたのは正に幸運であり、最後の足掻きだった。

 しかし、その昏き光は、より強く巨大な光に瞬間的に吞み込まれ、すぐに意識さえ後を追うことになる。

 その僅かな時間差の中で彼の頭によぎったのは、過去に同族から送られた「少しは学べ」という一言であった。


 バルビエルは既に2度死んだ経験がある。

 その内、2度目は『勇者』ではない者によって葬られた。

 それを聞いた者の1人が偉そうにそう言ったのである。


 だが、何を学べというのだろうか。神の言葉以外にこの世界で学ぶ価値のあるものなど無い。

 それとも大地は丸く、太陽の周りを回っているなどという偽りへと導く学問などというものを学べというのか。


 そこまで考えたところでバルビエルの意識を司る脳と共に、彼の中心たる魔晶石も塵へ、そして物体を構成する最小単位にまで変換された。




   ◇ ◇ ◇




 攻撃に近接しか無い、と悟ったベルケーエルがひたすら翼で空中を飛び回りながら『波動光』を連発するようになって、戦況が徐々に押される形となってきたモログの元にも、その破壊の光と墜落による衝撃波が訪れた。


「むッ!? 奥義・『武神金剛拳』ッ!!」


「なっ、何だこれはァ……!?」


 即座に自分では耐え切れぬとものと防御SKILLを構築したおかげで、モログは何とか耐え切れた。が、ベルケーエルの方は成す術無く暴力的な光の熱と衝撃波に呑み込まれていく。


(チャンスだ!)


 モログは周囲の状況が破壊的な段階から落ち着くのを待って、奥義・『武神金剛拳』を解除する。

 視界の先のベルケーエルは身体全体が丸焦げ状態ともなっていた。

 既に再生は始まっていたが、最も末端である翼は欠損しかかった状態からは戻りきっていない。高度を維持できずに落下に転じていた。


 そこを迎え撃つように全速力で駆けつつ、モログは突進系攻撃SKILLを繰り出した。


「『ドラゴン・ニー』ッ!!」


 強烈な飛び膝2段蹴りがベルケーエルの右顔半分、左顔半分にそれぞれ決まる。


「おぐわっ!?」


 頭蓋骨を砕きかけるも、潰し切りまでにはいかない。追撃すれば可能だろうが、この攻撃でのモログの目的は達していた。

 念入りに両眼を潰し、相手の視界を奪っていたのである。


(今だッ!!)


 モログが敵の視力を確実に奪ったのには、当然に理由があった。

 実はモログにも遠距離攻撃はある。使わなかったのは、今の状態では1発しか撃てないと解っていたからだ。

 モログの最強必殺技でもあるそれ・・は、大量の消費MPと共に使用者の生命力をも奪っていく危険な代物であった。


 そう。実はモログは、ここまでの戦いでMPだけでなくHPも減らしていた。奥義・『武神金剛拳』は強力ではあれど、耐え切れる、凌ぎ切れるのみである。全くの無傷ではなかった。

 今のHPの残量で使用すれば諸共となる。

 それはいい。だが、ここまで遠距離攻撃が無いと相手に思い込ませたにもかかわらず、万が一という可能性があるのが実戦だった。相手の視界を失くしてしまえば、その万が一さえも潰せる。


(師匠ッ……、いやッ、義父上ちちうえッ、姉さんッ。俺はやるよッ)


 モログは今生の別れとなった時の、ずっと以前から背丈の超えていた姉と、今現在でも体格と同時に功績も超えていない育ての父を思い出す。

 2人を過去に苦しませた最大の原因の1つでもある魔族を、この手で討ち取れるのは本望であった。


「『星覇せいはッ――――!」


 掌底の下と下、手首を合わせて僅かにできた両手の平の内に、全属性の精霊を呼び寄せる。

 既に充分な行き場のなくなった別属性の精霊同士が接触し始め、強烈な光を何度も放つ。

 無理矢理強制的に融合させることなく、座標を完全に合わせて互いを高めさせることもなく、同じ魔力によって使役される別属性の精霊が触れ合うと、拡散の属性、光属性の力を放射する。

 これは、凝集の属性である闇に対しての特効能力があった。

 闇属性魔法の使い手である魔族にも、同様の効果を示すと聞いていた。


絶掌ぜっしょうッ――――!」


 要は反発、反転バーストである。超大量に引き起こせば、物理的な力も持たせることができた。ただし、当然に全方向へと放射されるので、自らの肉体を使って発射方向を限定しなくてはならない。だからこそ、奥義・『武神金剛拳』は習得必須であった。


 この技は、モログの師匠が知る遥かな時代の、最高最強のヒーロー物語で主人公が使う技を元に描かれた別技を、更に師匠が真似して試行錯誤の上に実現させてみたら元々のその物語の主人公が使っていたものの威力に匹敵するようなSKILLとなってしまった、というある意味無茶苦茶でとんでもないものだ。

 師匠以外で習得できたのはモログだけらしい。

 ただ、モログの師も彼自身の特殊な血筋的体質により至近距離でしか意味を成すことができない。彼の思い描いた通りに実現できたのは、モログただ1人であった。


 つまりはこの世界で、彼だけのオリジナルSKILLと言っても過言ではない。


「――――ほーてんぁああああーーーーーーー』!!!!」


 両手の平を突き出すと同時に最大最高出力でモログは解き放つ。

 眩き光の奔流が、ベルケーエルの全身を包んだ。


 何が起こったのか分からず、ベルケーエルは自身の身体がバラバラになり、消滅していく感覚を味わう。


「そ、そんな……、バ……」


 自らの全てが消える感触に、彼はバカなと言いたいほどに信じられぬ気持ちだった。

 だが、遂に最後まで発することもできずに口が消滅してしまう。

 そのすぐ後、時間にして1秒の半分ほどの後、ベルケーエルの薄汚れて黒に近い魔晶石も光の粒子に呑み込まれ、分解されていった。




 同時刻、別の場所。

 絶海の孤島の中心で小さな少女、クロは暗闇の中で夜空を見上げた。

 建物の中であるので、夜空など見えるものではない。

 だがクロは、今まで煌々と輝いていた1つの星が、急にその明かりを失ったのを幻視していた。


 クロには予知能力も同調能力も無い。

 それでも、大切な弟の生き死にくらいは感じ取れる。

 悲しかった。でも、知れば父親は自分以上に悲しむことだろう。


 クロは後に、安寧に包まれていた自分たちの運命も、この時すでに動き始めていたことを知ることになる。




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