526 第30話:最終話25 Can't You See I'm BLAZING? 




「うっ……」


 ヴィラデルは痛みで眼を覚ました。

 眼を覚ました、ということはどうやら気絶していたと気づく。痛みで急速に覚醒するなど気分最悪である。


 反射的に起き上がろうとして、ヴィラデルは更なる激痛に悲鳴を上げそうになった。

 同時に、急速に戦闘中であったという記憶が呼び起こされる。


 即座に状況確認をする。頭部と右足を怪我したらしい。

 頭部はともかく、右足は相当に重傷のようだ。痛みでもう一度気絶しそうになるほどである。ここまでの痛みは経験に無かった。おまけに足先の感覚が無い。

 気絶していた時間は僅かなようだ。確証は無いが、長くとも1分を超えてはいないだろう。


(はっ! シアはどこ!?)


 本来は敵の位置を確認すべきでところであったが、ここで気絶直前の記憶が呼び起こされ、ヴィラデルは友の姿を探す。

 彼女の姿はすぐに見つかった。

 シアはヴィラデルのほんの数メートル先にうつぶせに倒れていた。


(ああっ! なんてこと!)


 ヴィラデルは声を上げそうになるのを辛うじて我慢した。


 視界の中のシアは着ていたアーマーの背中部分がほぼ破壊され、焼かれたように焦げている。

 だが、最も酷いのが右肩であった。

 まるでえぐり取られたかのように、肩口から先が無くなっていた。赤い傷口がぽっかりと口を開けており、そこから血液が絶えず漏れ出ている。既にかなりの量を出血しているらしく、血溜りが形成されていた。

 千切れ飛んだとみえる右肩から先が、血溜りから少し離れた場所に落ちていた。


 シアはピクリとも動かない。ヴィラデルの場所からは息をしているのかすらも解らなかった。

 気絶しているだけなのか、それとも……。


(シア……。アタシが迷ったせいで……!)


 這いずってでも今すぐ近寄って確かめたい衝動にヴィラデルは駆られる。が、できないワケがあった。

 空中でバルビエルがゲラゲラと笑っているのだ。


「ハハハハハハハハハハ! どうだ見たか! 生意気な女どもめ! ハハハハハハハハハハハハ!」


 ようやく自分の思う通りにでもコトが進んだのか、狂ったように哄笑を続けている。

 腹の立つ笑いだった。自分のミスであるのだから、笑われてもいい。仕方が無い。だが、シアのことも共に笑われていると思うと我慢ならなかった。


(……よくも……!!)


 シアは外界で初めてできた友人だった。

 気の置けない、信頼できる仲間であった。素朴で、いつも素直で、可愛げのある人物。妹のようであり娘のようであり、時に頼りがいのある姉のようでもあった。


 自分と同じように外界に生活の拠点を移しているエルフは、人間種全体からすれば希少なことは希少だが、故人も含めれば何十と知っている。

 その大半が1年以上前のヴィラデルとは違って、他種族の、エルフ以外の友人や恋人を持っていた。

 中には結婚して、他種族との子供まで得ている者までいた。



 ちなみに血筋的に他種族との、所謂ハーフエルフの子供であったとしても、他者からは分からないらしい。

 稀に寿命が50年百年程度短くなることもあるようだが、それも相対的なものであるし、最低でもエルフの特徴的な長耳が短く生まれたりなどの、外見に現れることはないのだそうだ。


 エルフは子供こそ生まれにくいのだが、交配可能であれば遺伝子的には他種族に後れを取ることはない。

 ヴィラデルたちの先人は、薄まったとはいえ瘴気溢れるこの世界に生き残るがために、自分たちの新たな肉体をそうデザインした。

 個として強く、長く居座り、されど他を圧迫するほどは増えぬように。ある程度の協調性を維持しながらも、自分たちの血と、子供たちの居場所は充分に確保できるようにと。


 魔法能力関係に比重の高い成長傾向もその一環だ。

 今のこの世界では安全に、また文化的にも発展するためにも魔物との戦闘は避けては通れない。

 そういった戦闘では接近戦もまた重要かも知れないが、魔法で距離を離したまま戦っていた方が絶対に生存率は高くなる。

 更に近接戦闘にはどうしても長期の訓練期間が必須であり、ある程度の才能が無くては最終的にモノにはならなかったりもする。比べて魔法による遠距離戦であると、事前の訓練や実戦経験が多少は少なくとも、火力と知識で補うことも可能であった。


 先人たちからすれば、魔族という存在だけが誤算、というより予想外であったに違いない。


 正に思いもよらない、そして言語道断な方法で寿命を延ばし、その影響で長く生き残っていれば生き残っているほど個としての能力が高まる今のこの世界の現状を、際限なく利用した形であるのだから。

 彼らはもはや魔物なのだ。あくまでも人間種に留まろうとした先人たちの思想とは違う。



 ただ、ヴィラデルはずっと疑問であった。どうなのだろうと。


 残念ながら同じ人間種でありながらも、エルフとヒト族や獣人族などその他の亜人種とは生きる時間が違う。隔絶したとも言える寿命の違いがあった。

 10年20年ならいい。だが、40年50年と過ぎれば、こっちは若いままなのに向こうはお爺さんお婆さんとなってしまうのだ。

 その時、何と言えばいい?

 あなたはいつまで経っても若いままね、変わらないわ、羨ましい、と言われたら、その時何と返せばいい?


 けれど、一度友達ができてしまえば、そんなことは関係なかった。一緒にいれば楽しくて、時を忘れることすらあった。

 かけがえのない存在。

 それをよくも。


 ――――ぶちん。


 何かがヴィラデルの中で弾けた。

 もう色々と悩むのはヤメだ。周囲への被害も、自分の命も安全も関係無い、厭わない。

 全てを出し切る。

 使い切ってやろう。その結果に自分も巻き込まれて死ぬとしても、知った事か。

 もう構わない。


 この瞬間、ヴィラデルは心にまとわりつく迷いの糸を全て断ち切った。


 バルビエルはまだ笑っている。天を仰ぐかのような哄笑だ。

 よっぽど気分が良いのであろう。

 それとも、さすがに魔法力を連続で使いすぎて、インターバルが必要なのであろうか。

 それとも、ヴィラデル自身も頭部と右足に怪我を負って、特に頭部は結構な血が流れ落ちてこちらも小さな血溜りを形成しているがために、既に勝負は着いたと勘違いしているのだろうか。


 どれにせよ、慢心極まりない。その油断につけ込む。

 確かにもう動くことはできない。シアも動かない。でも、まだ自分の中の魔法力があった。


「『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』……!」


 残った魔法力MPの約半分を使い、ヴィラデルは新しく使えるようになった土の上級魔法を発動する。

 同じ魔法を使用する日毬のものより一回りか二回りほどは小さいが、それでも小山の如き質量体だ。


 その質量体の中心部、制御を司る部分にアクセス。束ね合わせるようにして、次なる魔法を重ねて発動する。


「……『灼熱ッ地獄インフェルノッ・フォール』!」


 超高熱を混ぜ合わせ、『岩山流落圧殺マウンテンフォール・プレッシャー』を灼熱をまとわせた超高熱原体へと変えた。


「ぬおっ!?」


 落ちてくる巨大な火の球に、さすがのバルビエルでも気がついた。

 だが、既に遅い。次の1つの魔法で最大最強の、伝説に謳われた混成魔法が完成する。魔法力は尽きたが、最後くらいは代わりに生命力を削れば良い。


 この構成は、全て上級3種もの属性魔法によって成り立つ。

 魔法の上級までをも習得するには、その属性との高い親和性を持たねばエルフ族であっても難しい。特に混成可能なほどにコントロールできるようになるためには、得意属性でなくてはほとんど不可能と言えた。


 つまりは3つもの該当する得意属性を持ち、更にエルフとして生まれつきの『精霊視』のSKILLもありながら、上級さえ習得可能になるほどにレベルの上がり難いエルフの身で高レベルまで達するほどに戦闘を経験しなくてはならない、ということになる。

 前提条件ですら既に厳しいというのに使用可能なレベルまで達した存在は、エルフの長い歴史の中でもヴィラデルの聞くところたった2人のみであったらしい。


 しかも、直近の使い手も千年以上前に没している。

 その人物がかつてその混成魔法を使用して残したという傷跡は、未だこの世界に消えることなく存在している。小さな湖として。


 同じ混成魔法を、今からヴィラデルは完成させようとしていた。

 超がつくほどに危険な魔法であり、しかも広範囲だ。ヴィラデルもつい最近、使用が可能となったが、まさか敵国の領土内で無作為に放つワケにもいかず、試射すらしていない。


 だが、どう考えても先の『爆裂魔法フレアストーム』以上の火力と範囲に違いなかった。


「『超局地的気流放射マイクロバースト』!」


 ダウンバーストという現象がある。特異な気象条件の際に引き起こされる一種の災害で、限定的な空間でのみ被害をもたらす爆発的な突風だ。一瞬で木々を同方向になぎ倒すほどの強裂な威力を発生させる。

 当然風の上級魔法で、中級にある『突風ウインドシュート』のスペシャルアッパーバージョンであった。


 ダウンバーストは下の気流のみだ。この魔法はどの方向でも爆弾風を巻き起こさせるが、今回は下降で良かった。

 自ら炎を纏う小山サイズの岩塊が、後ろから更に落下スピードを後押しを受けて加速する。


 猛スピードと質量が先端部に空気の断熱圧縮を生み出し、物体自体からの放熱までが加わって電磁波という形で輻射過熱を再現した。

 それは空の上から時折訪れる、恐るべき大破壊を再現してみせる。


 ヴィラデルは最後の一押しを行いつつ、心の中で叫んだ。


 行け、忌まわしき存在をこの世から消し去るために!






「『隕・石・落としメテオ・フォール・ストライク』!!」






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