525 第30話:最終話24 Remember You Are BLAZING②




「こ、の、クソアマどもがァアアアアアア~~~!!」


 その時、怒りの咆哮を上げると全く同時に背の翼の再生が完了し、バルビエルは全力で翼を羽ばたかせながら大地を蹴った。

 立ち込めていた粉塵も煙も大きくかき回される。

 上空へと一旦退避した形だった。周囲の視界は確保できるだろうが、下のヴィラデルたちの姿は見えない筈である。

 つまり、状況はまだバルビエル側に好転も悪化もしていない。


 しかし、ヴィラデル胸の内には、急速に嫌な予感めいたものが立ち昇ってくる。

 一瞬だけ煙が晴れて視認できたバルビエルが、ヴィラデルたちの方向ではないものの、右手を下に向けてかざしていた。


(まさか……!?)


「いつまでもいつまでも隠れられるものだと、思うなァア!!」


 精神の均衡を崩した者の独特の声だった。

 こういう人物は後先を考えない。

 次の瞬間、紫紺の光が撃ち落とされた。


「うっ!?」


「くっ!?」


 爆発が起きる。ヴィラデルとシアからすれば見当違いの位置だが、爆風を受けた拍子に声が出てしまった。

 しかし、敵の耳には届いてはいまい。

 というより、聞く耳自体持っていないだろうと思えた。すぐに次の『波動光』を撃ち落としてきたのである。しかも笑いながら。


「ハハハハハハハ!! 生意気な女どもめ! 死ね死ね死ね!!」


 もはや常軌を逸している。それだけにヴィラデルの背筋が凍った。


(まさか、絨毯爆撃!?)


 悪い予感ほどよく当たる。それを証明するかのように、続けて次々と『波動光』が連続して撃ち落とされた。


「うわあっ!?」


「きゃあっ!」


 爆音と共に激しい大気と大地の揺れが起こる。

 侮っていた筈など無い。相手は70レベルだ。

 しかし、それでもあの威力の魔法をここまで乱発できるとは思っていなかった。


 まるで端から端まで掃き掃除をするかのように降り続ける『波動光』が、破壊の光の束が段々と迫り来る中、ヴィラデルはまたも迷う。


 まず、どのように防ぐか、だった。

 防御用の魔法は3つある。土、氷、風だ。そのどれもが強度が異なれば、使い勝手も違う。そして今のヴィラデルにとっては、全てが使用可能となっていた。強度においては先に挙げた順に優れ、使い勝手においては逆である。


 通常、真上から狙われた場合、最初に使用を考えるのは『風の断層盾エア・シールド』である。特に制限もなく、ほぼどこにでもタイムラグなく即座に生成できるからだ。

 ただし、強度は低い。耐久度もだ。魔族の『波動光』相手では、すぐに破壊、貫通されてしまうだろう。


 氷属性の『氷壁アイスウォール』は『風の断層盾エア・シールド』に比べれば、強度、耐久度ともに高い。発生場所に関しても特に制限はなく、空中で生成することもできなくはない。

 だが、造り出された氷は当然のことながら重力によって落下してくる。自身の真上を防御するために展開するならば、支えが必要であろう。

 更に『氷壁アイスウォール』であっても、あの『波動光』に対して耐え切れるかどうかは分からない。ヴィラデルは無理だと踏んでいた。


 それに比べて、最も頑強で耐久度の高い『岩塊の盾ロックシールド』であれば耐え切れる。既に防いで、証明済みでもあるのだ。

 ただし、出現させられるのは、地面と接している場所のみに限定されていた。真上を防御するためには最低でも2枚の岩盤盾を召還し、互いに支え合うように設置しなければならない。


 となれば、2人分は無理だった。

 間に合わない。自分かシア、どちらかの身を護るか、選択するしかなかった。

 迫りくる紫紺の光の束と爆風に耐えながら、ヴィラデルは今決定しなくてはならない。自分かシアの命かを。


 答えは、実は既に決まっていた。


 相手が空中にいる以上、シアはもう戦力とはならない。これがハークやモログならば別だが、シアには対空攻撃の手段がほとんど無いからだ。冷徹に考えるならば、シアを見捨てるしかない場面だった。


 しかし、だからこそこの土壇場でヴィラデルは悩み、迷った。

 これがハーク達を深く知り合う前のヴィラデルであるならば、迷うことなく冷徹に処置したことであろう。自分が生き残る方が、戦略的にも正しいのだから。しかし、それは自分だけが助かり、シアを見殺しにすることになる。

 だからこそ、今の彼女には簡単に決断できなかった。


 シアが何か言ったような気がした。その拍子に、彼女はシアの方を見てしまった。

 そこで、ヴィラデルは一瞬、本当に一瞬、不覚にも思考が停止してしまう。


「危ないっ!!」


 思考と共に動きまで止まってしまったヴィラデルに、ぶつかるようにして『瞬動』を使用したシアが突っ込んでくる。

 衝撃を受けて倒れ込んだヴィラデルと覆い被さるシアを、紫の粒子が吞み込んでいった。




   ◇ ◇ ◇




 モログは背後から連続で聞こえてくる爆音と、空気の強い揺れに異常を感じる。当然に後ろの2人の身を案じるが、モログとて余裕は無い。


「奥義・『武神金剛拳』ッ!」


 ほんの一瞬、背後を気にしただけで『波動光』は躱せなくなる。直撃を悟った彼は、両腕を眼前でバツの字に構えると共に自身唯一の防御SKILLを発動させた。

 肉体をこそぎ取ろうとする勢いと、次いで起こる爆発にすらほぼ無傷で耐え凌ぐが、矢張り押される。


 この、奥義・『武神金剛拳』はモログの師がその昔、確かに存在していたという五体の金剛化ダイアモンド化を行うことのできる拳法の極意を、何とか再現してみせたものらしい。


 ただし、その師匠でさえも直接に学んだり、ましてや師事していたなどということはない。

 概念だけを知識として持っていただけで、後は画像を見ただけであったという。

 その画像を製作した者も恐らく概念のみで描いたと考えられるらしく、SKILL化できたのは僥倖だったと自ら語っていたのを憶えている。


 発動すれば一定時間、モログの身体をどんな圧力、斥力にも対抗できる肉体へと変化させてくれる特殊技能だが、1つ代償とも言うべき弱点があった。

 筋肉や特に骨の関節部を肉体の金剛化に伴い、ロックしてしまうことで、効果時間中はモログからはほとんど動けなくなってしまうのだ。そのために踏ん張ることもできず、防御はできても押されるままに間合いを離されてしまう。

 強制的に状況を戻されたようなものだった。


 また、他者からすればほとんど完璧とすら見えるモログのステータスだが、それでも本人からすれば穴はある。

 それが魔法力MPだった。ミノタウロスの血を受け継ぐ半獣人のモログは頑強な肉体と尽きぬスタミナ、高い敏捷性を持つが、魔法関係が伸びにくく、特に魔法力が低い。実際のところ、50超えの高いレベルと上位クラス専用スキルで補っていたのである。


 奥義・『武神金剛拳』は、その高い効果と相俟ってモログの所持SKILLの中でも消費MPはそれなりに高い。今の状況は、傷を負う代わりにMPを代替として差し出している。

 そして敵は『波動光』を、まるでパンチやキックを繰り出すのと同じように乱発している。

 あれほどの攻撃力を持つ魔法が、まさかMP消費無しとは考えられないが、未だ魔法力切れの兆候が全く見られないことから察するに、魔族の全体的なリソースからすると一発一発の消費は微々たるものなのだろう。


 今のままではいけない。

 至近距離での大技『ガイザー・バースト』でもベルケーエルの肉体ごと魔晶石を消滅しきることはできなかった。

 露出まではさせたが、すぐに再生した肉と骨に覆われてしまったのだ。

 凄まじい速度の再生だった。どう考えてもおかしいくらいである。

 まるで肉体に蓄えられた全てのエネルギーを使い尽くすかのようで、寿命を前借りしているかのようにも感じられた。


 それだけ敵も必死であり、焦っているのであろう。


(ならばッ、俺も賭けるだけだッ!)


 もっともっと勝負を。

 たとえ命も賭けることになろうとも。既に覚悟の上なのだから。




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