524 第30話:最終話23 Remember You Are BLAZING




 ベルケーエルは突進してくるモログに対し、またも右手をかざす。

 モログとしては意外というか、当てが外れた形となっていた。


 モログは直前のベルケーエルからの『波動光』を無傷で凌いでみせた。で、あれば、相手は警戒し、次の攻撃を迷うと予測したのである。

 効果の薄い、もしくは無い攻撃にリソースを割くのは全くの無駄であるからだ。実際にはそんな事は無いのだが、モログとしてはこれを相手に印象づけることに成功したと思っていた。


 ところが、ベルケーエルは躊躇なく『波動光』をぶっ放す。

 これはモログの思惑が外れたというのではなく、相手側に原因があった。

 ベルケーエルはそこまで深くは考えていなかったのである。実のところ焦りすぎて、状況を脳天で整理できてなどいなかったのだ。


 これは両者のレベルとは逆に、モログとベルケーエルの実戦・・経験の差が原因だった。

 差があり過ぎて、読み合いが一方通行となってしまい、読み間違えたというより読み合いなど最初から発生していなかったのだ。

 蟻を踏み潰す行為を、『実際に戦った』などと言う者はいない。そういうことだった。


 ベルケーエルの行為は、ただ単に反射的に、来ないでくれ、近づかないでくれと腕を出したに等しかったのである。

 無論、たったそれだけのために繰り出すことのできる『波動光』という攻撃手段こそが恐ろしいということも、これは示していたが。


 迫る紫色の光に対しモログは、今回は防御態勢を取らないことを決める。レベルが上の相手に勝負を長引かせるなど愚の骨頂だった。

 相手のステータスを細部まで計測する暇はなかったが、恐らく合計値はボロ負けであろう。傷つけ、致命傷を与えるには、魔物には無い上位クラス専用スキルと凌駕する部分の強引な押し付けが必要だった。『波動光』は防げても間合いは離されてしまう。接近戦を得意とするモログが、何度もそれを許す訳にはいかない。


 モログは態勢を低くし、まるで地を這うかのような疾走に切り換えた。

 頭と背中の上ギリギリを粒子の束が通過し、掠めるも、モログは望んだ距離にまで到達する。

 同時に、右腕に魔力を籠めて振り上げた。

 『バーニング・ナックル』のように単属性ではない。火に加えて指向性を持たせるための土の魔力をも拳に宿し、モログは全力で振り下ろした。


「『ガイザァアアアーーーーッ・バーストォオオーーーッ』!!」




   ◇ ◇ ◇




 混成魔法『爆裂魔法フレアストーム』を自身の描く最高の条件で敵に炸裂させてやったヴィラデルだったが、バルビエルを仕留められたかどうかは不明だった。


 実のところ、さっきので倒していたらラッキー、くらいである。

 だが、再生能力には火魔法、熱で対抗するのが定石。結局は魔晶石を敵の体内より奪わなければ致命傷とはならないが、至近距離で喰らわせたのだ。相当なダメージで今しばらくは動けない筈であった。


 ヴィラデルとシアはほとんど半分以上崩れかけた『岩塊の盾ロックシールド』の前で、屈みこんだ膝立ちの体勢で視線を合わせる。2人でアイコンタクトを交わすと、シアがまた改めて『瞬動』を発動させ、再突進する準備を整える。


 次に、眼の良いヴィラデルが立ち昇る煙と埃の中を透かすように視線を凝らす。吹き飛んでいるとすれば、まずは位置確認からだった。

 すると、人影らしきものが見えてくる。ヴィラデルが驚愕に眼を見開いたのはその直後だった。


「お、の、れぇ、らぁ、がァアアアアアア~~~~~!!」


 突如、紫紺の光が四方八方に連続で照射された。

 咄嗟にヴィラデルはシアの頭を掴み、自分と共に屈ませる。

 何発かが地面と接触したようで、爆風が起き、2人を左右から襲う。嵐の中、大波に対して抗う2艘の小船ように、ヴィラデルとシアは爆風に翻弄される。


 歯を喰いしばって何とか2人はこれに耐え切った。事前に2人して屈みこんでいなければ、バラバラの状態で地面へと投げ出されていただろう。


 一時収まったのを感じて、ヴィラデルは再度崩れかかった岩塊の上に顔を出した。そこでまたも限界まで両眼を見開くことになる。

 バルビエルの全身はほぼ焦げて真っ黒と化しているものの、四肢の末端まで既に再生を果たしていた。翼も原型を粗方取り戻しているようである。


 明らかに立ち上がり、動いていた。


(どう考えても再生が早過ぎる!)


 何より驚くのはその表面だった。本来再生を妨げる焦げた部分が、ポロポロとバルビエルの表面より剥がれ落ちていたのだ。まるで老廃物が内側から押し出され続けているようだった。

 異常である。


(どうなっているのよ!?)


 さっきの混成魔法『爆裂魔法フレアストーム』で、倒し切れない可能性は充分に考慮の内だった。しかし、ほぼ至近距離で直撃させたワケであり、しばらくはマトモに動けぬところをシアの法器合成槌で止めを刺してもらう作戦であったにもかかわらず、まさかもう反撃を受けかねない状態となるのはさすがに予想外である。


 混成魔法はタメが長い。当てられぬ可能性は考えていた。が、決定打にならないとは思ってもみなかった。

 シアとまた眼が合う。彼女の眼が言っていた。それでも勝負をかけるべく自分が突撃してみるのはどうか、と。


 ヴィラデルは迷う。


 確かにあの魔法をもう一度バルビエルに浴びせられることはもう不可能だろう。今、この時が最も敵を追い込んでいる瞬間であるのかも知れなかった。

 だから、シアが畳みかけるならば今、と判断しようともおかしくはない。だが、もし反撃を受けてしまえば、彼女では耐え切れる道理が無かった。モログの防御力を容易く突破した以上、当たりどころが悪ければ『波動光』で一撃死すらも考えられる。


 逆に魔晶石にさえ直撃できれば、シアの法器合成槌の攻撃で倒せることは確定している。

 実際にタルエル戦がそうだった。ただし、あの時は全ての外殻である肉体をハークが事前に取り払ってくれたからだ。もし肉体越しであっても、最も距離的に近い心臓の下部へとぶち当てることができれば倒せる可能性はあるし、倒せない可能性もある。


 ヴィラデルが今、全力で援護に徹すれば上記の一撃を決められる距離にまでシアを到達させる手段もあるだろう。そういう意味では、今は間違いなく好機だった。

 ただし、倒せなかった場合はシアが死ぬことになるだろう。直接攻撃のできる密着状態で予備動作のほとんど皆無というあの攻撃を避けるのはまず不可能だ。

 確実に倒し得るかどうか不確かな状態で、あえてシアに死地に向かってくれとは今のヴィラデルには言えなかった。


 これ以外にも今のヴィラデルの頭の中には、バルビエルを倒せるかも知れない方策が幾つか浮かんできている。だが、そのどれもが現実に達成できるかできないか以前に、倒し切れるか否かの問題があった。

 倒し切れない場合、ほぼどちらかが死ぬハメとなってしまう。リソースも割いた状態で、1対1となればもう終わりだろう。負けが確定する。


 それくらいならば全てのリソースを使い、ハーク達やモログがどちらかの敵を倒してこっちに参戦してくれることを期待し、時間稼ぎに徹するのが正解なのかも知れない。

 随分と消極的で他人任せな策だが、思考とは常に最善とは何かを考えて行うものである。

 だからこそ、ヴィラデルが迷うのも仕方が無かった。



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