522 第30話:最終話21 That is Bullshit! Blazing!
突然だったが、魔法に関してヴィラデルを奇襲できる者はいない。
たとえ無詠唱化でも同じことだ。深い紫色した精霊らしき粒子がバルビエルの手の平に集まっていくのを、彼女は見た。
(あんな色した精霊はいない……。もしかすると、寄せ集めたもの? いえ、今考えるべきではないわね)
ヴィラデルは己の中に湧き上がる疑問を一旦棚に上げた。
戦いの際中に考えることは、勝利に関することだけだ。ヴィラデルはハークからそう教わった。
今、周囲には爆発で飛び散ったヴィラデルの『
眼を凝らす。精霊の放つ僅かな光を。一挙手一投足も見逃さぬように。
「じゃあ、シア。手筈通り頼むわよ」
「了解。『瞬動』」
多少手順は異なったが、この流れも予測済み、予定通りだった。
まだ状況は、ヴィラデルたちの手にある。
移動用のSKILLを発動したシアが四方八方、縦横無尽に駆け回る。気流をかき乱し、一層粉塵を撒き散らす。相手に居場所を察知される可能性もあるが、粉塵が眼に見えて巻き上がるのは移動後の一拍ほど遅れてからだ。
正確に現在位置を見極めるのは、余程この状況を経験していなくては無理だ。例えばハークのように。
一方で、ヴィラデルとモログはお互いの姿を見失わぬ距離を保ちながら静かに移動をする。抜き足差し足するほどでもないが、なるべく気流をかき乱さないようにする。
最初の立ち位置を憶えられていたら、この状況でも意味が無いからだ。
「チッ!」
イラついた舌打ちが聞こえる。愚かな行為だ。舌打ちでは声までは判別しにくいが、たぶんバルビエルの方だろう。
彼は恐らく自制が効かない。だからこそ先の問答につき合っても時間稼ぎという目的の半分は達成できたかも知れないのに突然の攻撃に移った。
あの短い会話の中身に彼を強烈に刺激する何かが含まれていたのだろうか。
いや、きっと違う。奴は攻撃してしまえば、すぐに事が片付くとこちらを侮っているのだ。
当然だろう。
奴は魔族。龍族に次ぐ強種族だ。魔族自体は最強種だと、万物の霊長だとか言い張っているらしいが。
レベルも2体揃って70超え。本来だったら、いいや、1年前のヴィラデルであれば絶対に挑まなかった相手である。
だが、今は違う。
その見くびりを利用する。
何より奴らは翼を使って飛んでいない。飛行できるという、ヒト型にとって最大のアドバンテージを利用していないのである。
さっきの舌打ちから判断すると、バルビエルは場所を全く移動していない。ブラフの可能性は勿論あるが、じきに判明する。
しびれを切らしたのか、ヴィラデルにとってはようやく、時間としては僅かばかりが過ぎた頃に深い紫色の粒子が眼に入った。
(来た!)
『波動光』の灯火が向かって右から左に流れていく。
その光が偶然でもシアに当たらぬことをヴィラデルは心中で願うが、何物にも触れた形跡は見られなかった。
もし、こっちかモログに向かって飛んでくる可能性を感知したら、即座に防御用魔法を発動する準備はできていた。それに元いた場所すらも狙っていないということは、移動済みを予測したか、単なる闇雲か、それともヴィラデルたちが元いた場所すら忘れたか、だ。
今のところ2番目と3番目の複合が最も理由として考えられる。撃ったのがバルビエルだとすれば尚更だ。さっきの『波動光』の直前、紫の粒子が集まる様子が見て取れた場所は奴が直前までいた場所、舌打ちが聞こえた場所と全く同じだった。
まだ移動していないということは、相当こちらを侮っているか、もしくはこういった経験、実戦の経験がほぼ皆無であるということを示している。他はともかく、魔法の発動に必要な魔力集中のための精霊の動きだけは絶対に偽装は不可能。
またも『波動光』が発射された。直前の
(む!)
たった今別の場所で紫の粒子が動いた。集中ではなく、浮き上がるかのような、何かを持ち上げるかのような動作だった。
(今のは明らかに『波動光』とは別の魔法。攻撃魔法では絶対ないわね。……恐らくだけど、飛行のための補助魔法だわ)
飛行用に補助魔法を使用する種族は多い。むしろ使用しない生物種の方が少ない。
そうでないと飛行などできないからだ。飛行とはそんな簡単なものではない。
例えば奴ら魔族の姿、あの姿で体重40キロの人間が魔法も使わずに空を飛行するためには片側の翼が幅最低5メートルは必要の筈である。
つまり、翼を広げれば全長10メートル。そうでないと充分な揚力が生み出せない。奴らの体重がどんなものだかはヴィラデルにも不明だが、どう見積もっても体重40キロ以下ということはないだろう。翼の幅も、必要な半分も無い。
だとすれば、補助魔法が無くては飛べる筈がない。あの『空龍』でさえそうなのだ。
むしろ『空龍』は翼の使い方も勿論だが、補助魔法の巧みさで群を抜いていた。
ただ、普通の飛行用補助魔法は風の精霊を使う。普通ならその色に準ずるのだが、どういう訳か『波動光』と同色だった。
(あの変な色の精霊は攻撃以外にも転用可能? だとしたら結構な万能属性ね。でも、飛行するには空気を操る風の精霊が最も適切な筈だけれど……。いえ、今は考察する時間じゃあないわね)
どうも魔法のこととなると深い知識を求めてしまうのはヴィラデルの悪い癖のようである。
緩やかな紫色の精霊の光はまだ続いていた。やはり飛行用の補助魔法だ。
バルビエルの現在地、その後方約50メートル。更に離れていく。ベルケーエルの方に違いない。
ベルケーエルはバルビエルに比べまだ冷静なのだろう。一旦、粉塵渦巻く圏内から脱出しようとしている。バルビエルに誤射される危険性からも脱せられる。一石二鳥だ。
これを待っていた。敵双方の位置が割れた。
ヴィラデルは『
「モログ。アナタの真っ正面、約215メートル前方に目標がいるわ。最低でも500は離れてね」
コクリとモログが大げさに首を縦に振るのが見えた。そして、彼は低い姿勢でするすると前方に向かって進んで行く。
入れ違いで丁度シアが戻ってきた。モログが既にいないことに気づいた彼女はヴィラデルと視線を通わせる。ヴィラデルが首肯するとシアは彼女の近くに更に寄った。
「『
ヴィラデルはゆっくりと魔力を流して極力音の出ないように岩の盾を再度形成する。まだ日毬にもできない芸当だった。
「『
そして岩の盾の形成が終わるとヴィラデルは別の魔法を発動した。今度は気流をどう繕っても影響は与えてしまう。先程放たれた『波動光』から真後ろとなるように形成を行う。
また新しい『波動光』が放たれた。今度も明後日の方向だ。
ただし、先の方向から左に80度ほどもズレている。気流の異常を見咎められるのも時間の問題だろう。急がなければならない。
「『
本来であれば火魔法の方が先だ。熱が上昇するまでには時間がかかる。
だが、火には光がつきもの。こちらが先ではさすがにすぐ気づかれてしまう。たとえ注意散漫であってもだ。
火と風の精霊がヴィラデルのコントロール下で1つに交ざり合おうとしている。段々と融合に伴い熱が上がっていくのももどかしい。
「ええい、隠れてないで出てこォいぃイ!」
またも『波動光』の光線が発射されたのが見えた。同時にバルビエルの逆上した声も聞こえる。彼の放った『波動光』は下準備が完了しようとしている空間を掠めた。
だが、もう気づいても遅い。
「シア、もっと頭を下げて。『
視界を自らの魔法で造り出した盾に塞がれていても感覚で解る。
起爆のための魔力を放った瞬間、瞳を焼くほどの光が発生し、次いで全てを吹き飛ばす爆風が巻き起こった。
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