516 第30話:最終話15 My fangs are so long, My nails are sharper than ice④




 人の姿に、純白の羽を背に負う存在。


 『悪魔』とは別に前世の伴天連たちがこれまた散々説きまくっていた『天使』の姿に、頭上の輪こそ見当たらないが、正にそのものだった。

 天使。

 天の使い。或いは、天の国の使い。

 乃至、神の、神の国の使い。

 絵画や彫刻で何度か見させられたこともある。確かに神々しく感じたこともあった。


 その・・天使が空中から明らかにハークを見てにやりと笑ってみせる。


「ほう、そこの。貴様は亜人にしては、分かっているではないか。そうだ、我らこそ天使よ。信心の無いサルどもは、罰当たりにも『魔族』などと呼ぶがな」


 実に機嫌の良い声音であった。俗に言う、悦に入っているというヤツだ。あまりに向かっ腹が立ったのか、即座にヴィラデルが吠える。


「なぁにがァア天使よ! アンタらが『魔族』と呼ばれるのは、自らが行った所業の結果でしょうがァ!!」


『エルザルド』


 ハークはヴィラデルの珍しいほどの剣幕を尻目に、胸元の情報構造体へと念話を送った。


『うむ! あの姿に先の光、あれは『魔族』だ! 間違いない! 何故、封印の外にいる!?』


『まず先の光、あの攻撃は一体何だ?』


 ヴィラデルが発言した所業の結果だとか、気になる事柄は増えていく。しかし、今、敵は眼の前だった。ならば、戦闘に関する情報の取得を、まず第一に優先すべきである。


『先のあの光の攻撃、あれは闇の魔法! 『波動光』だ!』


『『はどうこう』? 闇の魔法だと?』


 ハークの知る限り、魔法の属性は6つであった筈だ。火、水、土、風、雷、氷、これが総て。

 だが、冒険者ギルド寄宿学校の魔法授業で、教わったことの中に心当たりがあった。

 魔物の中には、人間種が使う6種の属性では説明のつかない魔法に似た特殊能力を行使するものもいるという。


 実際、ハークはこれまでそういったものと何度か対峙してきた。

 帝国が開発したという『自爆魔法』は、火属性で間違いがないだろう。効果や結果は無茶苦茶だが、その工程や発動条件は一般的な火の魔法から逸脱していない。

 では、同じ日に体験したインビジブルハウンドの透明化と、その魔犬たちを思いのまま操ったラクニの御業はどうか。


 あの頃のハークには、まだ『精霊視』のSKILLが定着してはいなかった。

 その後しばらくして、ユニークスキル持ちであるコーノと対抗する際にヴィラデルと共闘をする羽目となり、自身の内に眠る潜在能力の使い方の助言を彼女から得ることで、自在に発現することが可能となったのである。


 『精霊視』は先天性、つまりは生まれつき持ったSKILLであり、意識を集中して空間を凝視することにより魔法行使に必要な精霊の存在やその活動、純粋な魔力によって練られた糸のようなものすらも可視化することのできる能力をもたらしてくれる。


 定着前は不安定で、というよりハークがその使い方や存在を認識していなかったせいで、見えたり見えなかったりを繰り返していた。

 しかし、あの時、主人であるというラクニからインビジブルハウンドへと伸びた繰り糸は、後に星の数ほどに大量のスケルトンを操ってロズフォッグ領トゥケイオスへと襲わせた『黒き宝珠』から伸びたものと同色と見えた。


 深くて昏い、濃い紫に近い色。先のモログの肩を爆発させた光とも同じ配色に近かった。あんな色の精霊はいない。


『ハーク殿、闇の魔法は収束の魔法だ! かき集め、収束させ粒子状となった魔法力の波を撃ち放つ! 着弾すれば対象をこそぎ取り、一定量を受ければ圧縮して熱が発生、爆発する!』


 随分と恐ろしい能力だ。エルザルドも今が戦闘中であると考慮し、ハークの意をくんでか原理など詳しいことは割愛し、戦闘に必要な事項だけを伝えてくれている。


『何ですって!?』


 割り込むように聞こえてきたのはヴィラデルからの念話だ。

 ハークとエルザルドとの意識下での会話は仲間全員にも届いている。ただ、ヴィラデルは一方でタルエルなどとテイゾーから呼ばれていた魔族と口論しながらだった。器用なものである。


「ふん! 支配者として貴様らサルを導いてやった代価を貰ってやったのだ。神の代行者としてな。布施を受け取るのと同様だ」


「馬鹿言ってんじゃあないわよ! 奪うだけの神なんて、誰が必要とするっていうのよ!? 願い下げに決まっているでしょう!」


「やれやれ。信じる者だけは救われるというのに、愚かなことだな。お前らジャパニーズはいつもそうだ。信心が無い。大体、王や国が税を徴収するのと何が変わるというのだ……」


 タルエルが心中の呆れをわざわざ吐露するかのようにかぶりを振る。

 様々な言葉が出た。代価だの、信じる者云々など。非常に気になるが、今ヴィラデルがタルエルとの言い争いに興じているのは、決して興奮しているからではない。ハーク達の戦闘態勢が整うまでの時間稼ぎをしているのだ。


 一方で、気持ちよく口論に応じているタルエルの側も、嘲笑うような表情でハーク達を煽り、殊更に余裕を見せつけているだけでもない。

 実際は多分にそれも含まれていようが、真なる目的は恐らくテイゾーを少しでも安全に逃がすための手法だろう。

 えらく大事にされている気がする。もしかするとあの男は、眼の前のタルエルやその一派にとって、何かしら計画の主柱となる人物であるのかも知れない。


〈それにしても……、『信じる者は救われる』か……〉


 今は深く考えるべきではないと頭では解っていても、どうしても思考の端に引っかかってしまう。


 前世での異国の地よりやって来た宣教師たちのうたい文句。

 当時は過渡期であり、常住坐臥に戦が溢れる世から平和への変革期だった。

 当たり前のように生き残るがため他者を殺し、欺き、時に血を分けた肉親や生涯の友すらも裏切る。そうして辿り着いた平和な日々に、未来の先に、日常に、罪の意識から逃れようとして己自身までをも潰そうとする寸前にまでいった者は、ハークが知るだけでも決して少なくはなかった。


 彼らにとって、その謳い文句は救いであり魔法の言葉だった。この世界の魔法とは別の。


 一方で、当時のハークは詐欺にも近い言葉だと思ったものだ。

 ハークは吞み込んでいたのだ。自身が斬殺人であり、また殺人者であることを。

 しかし、もしもそのような強さ、或いは鷹揚さ、横柄さ、鈍感さを持ち合わせてなかったとしたら、彼とて溺れ、そして藁をも掴んだかも知れなかった。


〈いい加減にするべきだな〉


 ハークは脳内で頭を振る己の映像を想起する。実際に振ってはいない。未知の攻撃手段を持つ相手から眼を離すことなど、一瞬たりともできはしなかった。

 とはいえ、それでいくらかはマシになった感覚はある。即座にハークは自らの相方へと念話を送った。


『虎丸、奴のレベルは!?』


『ご主人……、71ッス!』


 聞こえていたであろう仲間たちの驚きが伝わってくる。

 ハークとて同じだった。

 魔族は種族的に龍族に次ぐ強者の種族であるとは、何度も伝え聞かされてきた。だから、ある程度の想定はある。

 だが、71とは彼の想定をわずかに上回っていた。


 そして、ヴィラデルと口での応酬を、一見楽しんでいたかのようなタルエルが言い放つ。


「さて、今しばらく口だけは達者な愚者につき合うのも一興かとも思っていたが、さすがにサルの下らない口上にも飽きが来たものでな。そろそろ私の前から消えてもらうとしようか」


 次いで、右手の手の平をかざす。明らかな戦闘開始の合図である。


「各自ッ! 散開ッ!」


「「「応!」」」


 モログの号令と同時に放たれた紫紺の波動を避けつつ、ハーク達はそれぞれが四方に跳躍し、地下からの脱出に成功した。




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