515 第30話:最終話14 My fangs are so long, My nails are sharper than ice③




 テイゾー=サギムラは、自身の記憶が確かならば、前世と今の名前に若干の違いがあることに気づいていた。


 正確に言えば、表記自体はそのままだ。

 しかし、この世界は全体的に公用語が日本語主体であるにもかかわらず、名前のみが所謂ローマ字読みではなく英語の発音を採用しているようだった。例えばAが『ア』ではなく『エイ』と発音されるように若干の違いがある。


 彼は前世、とある地方議員の息子として産まれた。一人っ子ではなかったものの、男の子としては1人だったためか、やや過剰な愛情を他に比して受けていたが、本人にその自覚は無かった。


 何不自由なく、というよりは物に偏った愛情を受けて彼は育つ。一流とまでは言えずとも、当時の彼の学力では絶対に入れる筈のない大学に、父が人脈と大金を存分に使って入学させたのもその一環であった。

 しかし成人後、勉学はおろかそもそもの努力自体をも嫌っていた彼は大学をギリギリで卒業したは良いものの、様々な世間の風に曝されて最終的にはニートとなる。


 このままではいかんと父親が、政治に興味は皆無であった彼に無理矢理支持基盤を継がせ、政治家として議員立候補する直前までいった。

 ところがその矢先、父の秘書を長年勤め上げた側近によって人知れず毒を盛られ、彼はあっけなく一度目の人生の終焉を迎えることになる。


 ちなみに前もって睡眠薬により深く眠らされてからであったので、苦しさは無かった。

 殺されたことを知ったのは、訳も分からずこの世界で目覚めた数日後、彼を保護した人物たちに教わったからだ。


 テイゾーは人々から『魔族』と呼ばれ恐れられる彼らの姿を、前世から知るままの名で呼ぶ。

 それによってテイゾーは一時的にとはいえ彼らのお気に入りとなっていた。


 テイゾーのユニークスキルは、実は長いこと機能しなかった。

 役に立たなかった、と表現した方が正しい。

 望むものがあっても、下地となる技術が無ければテイゾーのスキルは意味を成さないのである。


 まずは人材集めが必要だった。幸い、この時既に彼らは国の中枢を掌握しており手段は得ていた。

 それでも簡単には事は運ばない。長い時間を費やして、ようやく実用と呼べる成果を生み出せたのだ。


 そして遂に、彼らは望むものを手に入れた。世界に再びの終末を呼び起こすために。




   ◇ ◇ ◇




「ぐぅおおっ!?」


 ハークは吹っ飛ばされながらも、モログの苦痛による悲鳴を初めて聞いたことに驚いた。


 そう、吹っ飛ばされながら。

 モログがその身を盾とし、虎丸が爆風から大きな体躯で庇おうとしながらも、彼の身体は宙に浮いた。

 浮きながらハークは、己よりも体重の軽い日毬を咄嗟に掴み、引き寄せ自らの懐に抱く。

 日毬の姿が前世の蝶や蛾に近いためか、ついつい力を籠め過ぎないように気をつけてしまうものだが、日毬も高レベルでありハークよりむしろレベルだけなら上なのだ。ハーク程度の力なら力一杯抱きしめようとも肉体的な損傷は起こり得ない。それでも、癖の様なものであった。


「くぅっ!」


 ハークは次に、どちらが天地であるかを判断し、床面に着地した。ハーク達がいた空間はそれなりに広い場所ではあったが、あくまでも室内である。壁に叩きつけられる訳にはいかない。

 踏ん張って勢いを止めるのに成功した直後、視界の左右それぞれをヴィラデルとシアが通過していた。


「きゃっ!」


「うぐっ!」


 2人は成す術無くそのままハーク後方の壁に叩きつけられていた。

 ハークの精神はまたも驚愕を示す。2人ともハークより体が大きく、レベルも高く、更には鎧を着込んでいるためにある程度の重さも有していた筈なのだ。それが抵抗むなしく吹き飛ぶとは如何ほどの衝撃なのか。もっとも、その重い鎧を着込んでいたお陰か、勢い良く壁にぶつかっても2人揃ってほとんど無傷のようではある。


 では、モログも含め彼らが踏み敷いていた連中はどうなったのか、と頭に浮かんだが、テイゾー以外、レベル的には単なる一般人であった。助かる筈がない。

 ハークはすぐに頭を切り替えて彼らのことを頭から追い出すと、爆発によって粉塵が立ち昇り視界が限定される中、この状況を造り出した恐らくは敵対勢力であろう相手に気を配りつつも虎丸とモログの姿を探した。


 幸い、次の瞬間には虎丸がハークのすぐ隣にまで移動してきていた。

 ということは、虎丸であっても先の爆風は踏ん張りがきかなかったということを示していた。また、同時にテイゾーが自由になったことも悟るしかない。


 一瞬だけ虎丸とハークは視線を交ぜ合わせる。即座に虎丸が念話を発動させてくれていた。


『ご主人、申し訳ないッス! テイゾーを逃がしてしまったッス!』


『気にするな、虎丸。あの状況ではどうにも仕方が無い。それより儂は襲撃者の姿も見ていなくてな。周囲の警戒を頼む』


『了解ッス!』


 未だ周囲に立ち込める塵と煙は、ハークの優れた知覚であっても如何ともし難い。ならばハークよりも優れた感覚を持つ者に託すのみである。


 収まるのを待っていると、ようやく視界の先から巨大な人影が見えてくる。

 明らかにモログだ。主従揃って歩み寄るとハークの眼が再びの驚愕に見開かれた。


 ハークを庇ったモログの巨大な左肩が、深く抉れるように半分ほど焼失していたからだ。


「……ぐっ……」


 ハークとて、モログをまさか不死身とは思っていなかった。しかし、無敵に近いとは考えていた。

 あの時、確かにハークは深き紫紺の光が彼の肩に照射され、爆発するのは見た。しかし、このモログの肉体に、あくまで不意打ちとはいってもここまでの損傷を負わせる存在がいるとは、半ば想像していなかった。


「モログ」


「モログさん、大丈夫かい? これを」


 ヴィラデルとシアも気づいて近づいてくると共に、シアは手に持つ魔法袋の中から最高級ポーションを取り出すとモログの左肩に振りかけていた。

 慌てているにもかかわらず、2人の声が若干囁くような音量に近いのは敵を警戒してのことである。どれだけ強力であっても、爆発はその後の相手の姿が確認し辛くなるようで、そういう点においては問題があるようだ。互いに視界が利かぬ状態では音が重要となる。だから狙い撃ちされぬよう、2人は声をひそめたのだった。


 さすがに最高級だけあって、傷の治りは物凄く早い。すぐに肉が盛り上がり、傷を覆い隠すと共にみるみるうちに元通りとなっていく。


 モログも長い戦闘経験ゆえか解っているようで、一息つくと礼代わりか声を出さずに頷いた。

 すると、前方の方で何やら声が聞こえてくる。1つは聞き覚えがあった。


「危ないじゃあないかぁ、タルエル様! ボクまで死んだらどうするつもりだったんだよ!?」


「だから死なぬよう加減して撃ったろう。助けてやったのだ、騒ぐな」


「それにしたって乱暴すぎるよ! いきなり波動なんて!」


「いいか、ああでもしなければお前を五体満足で助けることは難しかった。それとも何か、 お前も首だけになりたいのか?」


 片方の、明らかにテイゾーの方が息を飲んだのが分かった。


「お前の逃げる時間は稼いでやる。行け、走れ」


「えええっ!? タ、タルエル様が連れていってくれるんじゃあないの!?」


「そうしたいが相手は中々に実力者のようだ。私の『波動光』を耐えた」


「まさか、嘘でしょ!?」


「本当だ。私もまさかとは思ったがな。相手は4人と1匹だ。お前を庇いながらでは戦いにくいし、抱えながらでは追いつかれるかも知れん。だから行け。ここから離れて城に向かえ。お前も、巻き添えになりたくないのならな」


「じょ、冗談じゃあないよ!」


 次いで、ばたばたと連続した遠ざかる足音と共に、何かが羽ばたく音が聞こえた。

 次第に、そして急速に煙と粉塵が晴れていく。


 ハークは最初、周囲のワイバーンが騒ぎに気づいてこの場に寄ってきたのかと思った。そのせいで風が巻き起こっていると。

 だが違った。羽ばたき、風を巻き起こしているのは正面のやや上から見下ろすような形で、晴れていく煙と共に輪郭をはっきりと帯びゆく、羽が生えたような人影であった。


『まさか……『魔族』か!?』


 突然の言葉は、ハークの胸元のエルザルドからであった。

 同時に、自身の視線が丁度一年前にコーノと戦った際に『勇者』関連の話の中で、同じくエルザルドから教わった『魔族』を捉えたのではないかとハークは気づく。


 しかし、その眼に映ったものが『魔族』と聞いて思い浮かべていた、前世で異国から来た伴天連バテレンどもが散々語る『悪魔』のものではなかった。

 全く別の姿であったのだ。


「あれは……、『天使』ではないか!」





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