517 第30話:最終話16 That is Me




 ドッゴォォオオオオオオン……!


 つい先程まで、ハーク達が立っていた場所が爆発した。

 再び、多量の煙と粉塵が立ち昇る。が、ハーク達は既にその場を移動した後だ。


「ちぃっ! 素早いだけのサルどもが! 死ね!」


 タルエルの右手の平が、分散して彼の背後を取ろうとする動きを見せたハーク達に向けられる。再度、昏い光が虎丸に騎乗し、日毬を左肩に乗せたハークへと発射された。


「ガウアッ!」


 放たれた奔流を、虎丸は咆哮1つ上げて瞬時に最大戦足まで達し、破壊の効果範囲外にまで逃れた。

 さすがに爆風までは避けられず、わずかに体勢を崩されたが、虎丸は四肢の爪を大地に突き刺すことで耐え凌ぐ。


「『鎌鼬ウインドカッター』!」


 そこへ横合いからヴィラデルが放った風の刃がタルエルへと襲い来る。


「ふん!」


 こちらへ完全に意識を持って行かれている際中であったので、直撃するかとも思えたくらいであった。

 ところが、タルエルが背の翼を一度目一杯羽ばたかせると、頭を中心にしてその身体がぐるんと一回転する。側転かのようだ。


 明らかに人間部分を使っていない動きであった。というのも、例えば先の動きをハークがそっくり真似しようとするならば、ステータス任せであっても膝を一瞬折って屈む必要があるからだ。予備動作が全く無い、というのはさすがに有り得ない。


 あの一対の翼は、決して飾りではないということの証明のようなものだろう。タルエルという魔族の足下に、『風の断層盾エア・シールド』のような見えざる足場が存在している訳でもなかった。


 ただし、見事な緊急回避であるものの、完全ではなかった。左手の端が切れている。血は普通に赤の色だった。


「邪魔だ!」


 タルエルがハークとは全く反対方面にいるヴィラデルに眼を向けた。そのまま右手の平をかざす。

 そこをモログが急襲する。


「むぅんッ!」


 ハーク、次にヴィラデルへと注視が移る間に、モログが完全にタルエルの背後を取っていたのである。空中のタルエルに肉薄するまで至近距離に達したモログの右拳が振るわれる。


「ぐうおっ!?」


 今度はタルエルも回避する暇はなかった。

 咄嗟に左腕を出して防御したものの、犠牲にしたと表現した方がいい。ゴギリという音と共にモログの拳がめり込み、ひん曲がる。完全に折れていた。


 タルエルは舌打ちをまた1つすると、モログの攻撃を受けた勢いに逆らわずに利用し、そのまま滑るように空中を後退し距離を取った。

 対して、着地したモログの元にハーク達は集う。


「モログさん、大丈夫!?」


「うむッ! 手応えはあったぞッ!」


「さすがね! よしっ、このままモログを中心に攻めるわよ、ハーク!」


「承知した!」


 確かに、先の即興連携は効果があった。

 素早いハークと虎丸がかき乱すような動きで相手の注意を引き付ける。攻撃を受けても対処可能な速度があってこそだ。

 次に、ヴィラデルが遠距離から狙いすました魔法攻撃で攪乱かくらん。精神的にも引っ掻き回してみせた。

 そして最後に、最も高レベルの実力者であるモログが突撃する。


 着実なる戦法で確たる傷を与えた。そう視える。

 が、ハークの眼は折れた左腕を抱えたタルエルの表情が、一瞬こちらを嘲笑うかのように歪んだのを捉えていた。


『気をつけるのだ、ハーク殿、皆。魔族はトロールやヒュドラまでの再生能力は無いが、それでも高位の魔物特有の回復能力を持っている』


 エルザルドの声が念話を介して全員の頭の中に響く。


『と、言うと、モログが折ったあの腕も既に元通りになっている、と?』


『そうだ、ヴィラデル殿』


『油断できないわね。具体的に教えてくれないかしら』


『了解した。奴ら魔族は単なる打撲、骨折には滅法強い。だが、欠損には脆く、自然治癒することはない。また、火傷を始めとした魔法に対する特別な耐性や防御手段も持ってはいないが、そもそも魔法主体の種族であるために抵抗力は強い』


『そのようね。アタシの『鎌鼬ウインドカッター』がつけた傷も、皮を浅く斬り裂いたくらいの程度だったみたいだし』


 無論、風の中級魔法である『鎌鼬ウインドカッター』よりもずっと攻撃力の高い魔法をヴィラデルは扱える。先程のは彼女としても小手調べの一環だった。それでも、先の攻防により直接的な攻撃の方が効果が高いと割れたのなら、優先すべきはそちらということである。


『ヴィラデル、確認したい。お主、魔族を良く知っているようであったが……』


『知識として知っているだけよ。交戦経験は今日が初めて』


『成程』


『ではみんな、今度はモログを囮にハーク中心で攻めるわよ!』


 念話で返答することの適わぬシアとモログが目線で了解の意を示した。

 口で言っていたことをまるで逆である。それも当然で、タルエルに対するまったくの偽情報ブラフでしかなかったのだから。


 手合せとも言える先の僅かな攻防の内に、ハーク達は数多くの情報を取得していた。

 71という、人間種ではありえないほどの高レベルには正直面食らったものの、自分たちそれぞれの強みを活かせば充分に対抗し得ると分かったのが、まず大前提の大事な1つ。


 次に、タルエルは現在の状況のようなある程度実力の近い敵との対複数戦闘経験は極端に少ない、もしくは皆無であるようだった。

 仮にこちらを侮っていたとしても、モログの近接攻撃に対する警戒と対処がお粗末すぎる。

 ハークであれば1人を徹底的に集中して叩き数的不利を少しでも解消しようとするか、或いは一度大きく距離を取って極力1対1となるように工夫することだろう。だが、タルエルにはそういった行動や素振りは一切見られなかった。

 その割に泰然としていて、表面上に焦りの色が見られないのは少し気になるが。


 そして最後は、魔法攻撃による遠距離戦よりも間合いを潰しての直接攻撃、近距離戦の方が有効ということである。

 物理と魔法、どちらに対する防御力が高いのか、ということも勿論だが、何より接近戦に対する反応がおざなりだった。

 意識の隙を突いたモログも見事だったが、ヴィラデルとて全く悪くはなかった筈である。にもかかわらず、近接攻撃に対しては回避運動も取れず仕舞いであった。


 どちらをタルエルが苦手としているのかは明白と言える。しかも、欠損への再生能力が無い、ということから、打撃よりも斬撃であった。

 つまりは、ハークの出番である。


 作戦は決まった。いざ、再度の行動開始の前に、ハークが珍しく敵に話しかける。


「一つ、どうしても訊きたいことがあるのだがね。よろしいかね、『天使・・』サマよ」


 様付けも『天使』呼びも無論、わざとだ。相手とて充分に分かっているのだろうが、タルエルは機嫌良く応えた。


「何だ? ものによっては答えてやっても構わんぞ」


「何故、この街を灼いた? この街は、お主たちが造り上げた街ではないのかね?」


「なんだ。そんなことか」


「そんなこと?」


「実に単純な理由だよ、亜人。この街は我らの意に反した。神の代行者たる我々に逆らったのだ。それは我が神の、創造主様の意に反したも同義。ならば、灼いてその背教の罪を清めてやるのは我ら天使の、天使たる役目なのさ」


 ハークの心中が粟立つ。

 気が昂り、身体全体が熱くなるのを感じた。だが、すぐに身体の芯から熱が奪われる。

 寒々と冷えた、殺意という塊に。


「……そうか。……それは本当にくだらないことを聞いた。では、そろそろ始めるとするか。いくぞ、皆! 散開、突撃ぃいいーー!!」


「応ぉおおお~~~!!」


 ハーク達はまたしても4方に分かれる。虎丸に跨ったハークはタルエルに向かって一直線に宣言通り突撃、ヴィラデルとシアは左右に、そしてモログは真後ろへと駆け出す。


 タルエルは視線でモログを追っていた。予想通り、巨漢の戦士は進路を変える。迂回するような進路を取り、こちらに向かってくるのは確実に思えた。

 左右に分かれた女性の内、身体の大きい全身鎧を着込んだ方は戦士系で遠距離手段を持っていない、無視しても問題無いだろう。

 片割れの、先刻魔法を放ってきた方はまたも魔法攻撃を性懲りもなく仕掛けてくる気であろうから意識下に留めておかねばならない。

 そして突撃してきたエルフ族の少年は全くの囮。

 気を散らされぬよう、むしろ視界にも意識にも留めない方が良い。どうせ何もできん。そう思っていた。


 タルエルの眼前に、その少年が至近距離で武器を振りかぶって現れていなければ。


「何ぃ!?」


「秘剣・『火炎車』ぁ!!」


 燃え盛る蒼き刃が、天使を名乗る悪魔の頭から股までを一気に斬り裂いた。炎熱に侵食されていく斬り口より、魔晶石の明かりが覗く。


「今だ、シア!」


「『瞬撃』ィー!!」


 一度左に大きく移動したシアは、迂回するように進路を途中で変えてタルエルに近づき、最後は『瞬撃』によって一気に距離を潰していた。

 全力で振るわれた彼女の法器合成槌がタルエルの魔晶石に達した瞬間、シアの手が握り込まれトリガーが押し込められる。


 ドッガァァアアン!!


 発生した轟炎がタルエルの魔晶石を呑み込んだ。




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