512 第30話:最終話11 This is WHO YO ARE③




『ここッス』


 虎丸が連れてきた場所にハークは既視感があった。

 加えて言うならば、この場所の周りの状況にも心当たりがある。

 積み上がった瓦礫、その周囲は何もない焼け野原。


「ここはまさか……例の研究所とやらか?」


『そうッスよ』


「え? そうなの?」


「解らなかったよ」


 さも当然とばかりの虎丸に対し、女性陣は言われるまでは全く気づかなったようである。


「どうやらそのようだぞッ。2人ともッ、周囲をよく見るのだッ。この辺りだけ瓦礫が少ないぞッ」


 言われてヴィラデルとシアは初めて注意深く周りを見渡した。


「アラ、ホント。そういえば言ってたわネ、瓦礫が周囲にまるでない建物の痕跡が研究所の跡地だ、って」


「それでさ、生き残っていたそのヒトは一体どこなんだい? この瓦礫の下かな? だったら早く助け出してあげないと」


 シアが眼の前の瓦礫の山を指す。


「そうだな。虎丸、どこなのだ?」


『そっちじゃあないッス。匂いの元はオイラ達の真下からするッス』


「真下?」


 ハークを始め、全員の視線が足下に向かう。不意に主人の肩から日毬が飛び立つと、地面スレスレを飛行して、ある一点の空中で止まってから一声「キュン」と鳴いた。

 ヴィラデルがその場所まで歩き、手をかざしてから言う。


「わずかだけど……、空気の流れがあるわね。下から漏れ出ている?」


 ここで、先程から起動しっ放しであったエルザルドが発言する。


『そうか地下の施設だ! 街一つを簡単に消し去る『カクヘイキ』であっても、地下に頑丈な施設を建造しておけばやり過ごす事も可能だと聞いた!』


「地下だと? 土の下に穴を掘り、そこへ隠れ生き延びたという訳か?」


『その通りだ、ハーク殿。貴殿らの祖先もそうして大破壊の日を生き抜いた』


「儂らの? つまりはエルフ族の祖先が、ということか?」


『いや、彼らはエルフ族だけでなく、今を生きる亜人種共通の祖先なのだ。で、あれば、この場にいる全員の祖先とも言えよう』


「むッ、そうなのかッ?」


「あたしや、モログさんも?」


『おっと、語弊が一つあったな。ラクニ族だけは別だ。彼らは魔族が生み出した種族だ』


「ラクニ族が、魔族に生み出された種族だと……?」


 新しい事実に驚きはしたものの、ハークは妙に納得してしまった。

 ラクニ族とは一度のみ接触したことがあるが、あの醜悪な見た目といい、こちらに一切相容れぬ感じといい、自分を含む他の亜人種とあまりにもかけ離れた感触を受けたものだ。


『ご主人、エルザルド、そこまでにした方が良いッス。下の連中が何事か話し合っている感覚があるッス』


「何?」


 ハークはできるだけ地面に耳を近づけたが、前世から比べて格段に優れたエルフの聴覚でもあっても何も捉えることはできない。聴こえないどころか、下で誰かが何かを話している感じも分からない。

 同じような姿勢をとっていたヴィラデルが顔を横に振る。


「ダメね。アタシたちの耳でも全く、何も聴こえてこないワ。この下、よっぽど分厚いようだワ。逆に、よく虎丸ちゃんはきづいたわネェ」


 ヴィラデルの言う通りだ。虎丸は普段通りに四ツ足で立ったままである。


『足から伝わってくるのだ』


 言われてみればハークも気づく。エルフの五感も特別製だが、虎丸のは更に特別なのだ。


「虎丸、話し合っているということは何人かいる、ということだな。何人いるか判るか?」


『壁、いや……扉ッスかね。コイツが分厚くって……たぶん1メートル前後あるッス。……正確には難しいッスけど……、4人か……5人ッスね』


「良し。そ奴らはこの事態に関与、もしくは最低でも関係者で事情に通じている可能性が高い」


「え? 何で?」


「シア、こういう・・・・事態を予測していなければ、あとは……知らなければ・・・・・・わざわざ穴を掘ってまで地下に施設なんか造ると思う?」


「あ、そういうことか」


「うむ、ヴィラデルの言う通りだ。何とかこの下の奴らの話を聞いてみたいものだが……、虎丸、何を言っているか聞こえたりはせんか?」


『ご主人、申し訳ないッス。そこまでは……』


「そうか、矢張り難しいか。気にするな」


「アタシがやってみるわネ。『指向性音響ハイパーソニック』を使ってみましょう」


「ぬッ、何だその魔法はッ?」


 モログが知らぬのも無理はない。シアも首を傾げている。

 今ヴィラデルが提案した魔法は、風の魔法の中でも特に不人気で、使い手の少ない魔法であるという。

 風の魔法は様々な場面に対応可能で、しかも戦闘に役立つ魔法ばかりの中、この『指向性音響ハイパーソニック』は上級に位置する魔法でありながら、攻撃性を全く持たない魔法なのである。


 つまりは習得難易度が高いことに反して、使い勝手が限られるものなのだ。ハークも知識を持っているだけである。


「遠くの、術者が伝えたい相手だけ・・に声を届ける魔法だよ。遮蔽物が無ければ数キロ先まで、場合によっては可能という風の上級魔法さ」


「ほうッ、便利そうな魔法だというのに聞いたことが無いなッ」


「習得難易度に見合わないそうだ。儂も知識があるだけだよ」


 ただし、この場面でどう使う気なのかが分からない。そんなハークをヴィラデルは少し意外そうな顔で見る。


「逆に、ハークは良く知っていたワね。マイナーな魔法なのに」


「儂にも一応は風属性の適性があるからな。将来的には習得を考えておった。『念話』の代わりにもなりそうだったからの」


「ナルホド。でも、その知識は『指向性音響ハイパーソニック』の効果の一端ネ。この魔法の真の効能は、音の振動を増幅して指定した方向へと開放するというものよ」


「何?」


「見てて。『指向性音響ハイパーソニック』」


 ヴィラデルが魔法を発動すると、微かだが、反響して雑音も混ざっているが、確かに人の声のようなものが耳に届いてきた。


「よしっ。成功ネ」


「でも、何を言っているのか、解らないよ」


「儂らの耳ならばいけるかも知れん。少しの間、静かにしておいてくれ」


 了解代わりにシアとモログが肯き無言となる。

 本当に小さい声だが、エルフの耳であれば何とか解りそうだった。ハークとヴィラデルは顔を一度見合わせてから揃って意識を傾ける。


「……ザ……ザザ……、……早くしろ。そろそろ外のホウ……ザザ……ノウも薄れている頃だ。今日中に……ザッ……な機材を運び込め……」


 ハークとヴィラデルはもう一度顔を見合わせては頷く。お互いに聞こえている、という合図だった。次いで、ヴィラデルが少し魔力を操作すると大きさは兎も角、音質は増していく。


「は……はい……」


「……しかし……所長……帝都は……私の家族は……、妻と……娘は……」


「君の家族のことなどボクは知らないよ。決行はあの方の指示だ。それとも何かい? 君たちが有能で研究に必要だからと、わざわざ助命を嘆願したこのボクの努力をムダにする気なのかな?」


「い、いえ……いいえ、……そんなことは……」


「か……感謝……しております……」


「そうか。分かったら、すぐに手を動かせ。あの方々はボクのように優しくはないぞ。もうタルエル様あたりが様子見に来られるかも知れないぞ」


「ヒィッ、す、すぐに……」


「ハ、ハイッ」


「了解です……」


 それきり意味のある言葉は聞こえなくなる。具体的に言えば、所長と呼ばれた人間の舌打ちや、まったく、などといった愚痴だ。


〈どうやら関係者以上は確実だな〉


 ハークはそう判断すると意識を切り替えた。


「虎丸、下は4人だ。位置は特定できるか?」


『できるッス』


 虎丸が肯きつつ答えた。最近、こういうところはどことなく人に近づいているような印象を受ける。妹分である日毬の影響であろうか。

 ハークは先程聞こえてきた内容をヴィラデルと共に他の面々にも伝えた後、それぞれの位置を指示する。


「皆、生け捕りにするぞ。下の連中を捕え、尋問しよう」


「オーケー」


「了解だよ」


「モログ。この真下に厚さ1メートル前後の鋼鉄の扉があるようだ。砕けるか?」


「問題無いッ」


 兜の間に垣間見えるモログの口の端が上がったのが解った。同時に彼は拳を振り上げる。いや、振り被る。


「良し、皆、飛べっ!」


 自分以外の全員が空中に飛び上がったのを確認したモログの拳が打ち下ろされる。けたたましい音と共に大地が砕け、割れた。




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