511 第30話:最終話10 This is WHO YOU ARE②




 モログを先頭、遠距離魔法のヴィラデルを最後尾に、万全の態勢で旧帝都の跡地へと侵入した。

 が、そこで思わぬ事態に遭遇した。良い意味で。


「本当に……、全くの言った通りだワね……」


「うん。こっちに攻撃をしてくる気配がまるで無いよ……」


 ヴィラデルとシアの口から出た感想が全てだった。

 スケリーの部下が何もかも報告してくれた通りなのである。


 恐らくは大通りであった道らしきものを進むハーク達は、既に無数の翼ある魔物に囲まれていた。

 ワイバーンである。

 亜龍とはよく言ったもので、確かに前足が無いだけで全体的には龍族によく似ている。

 ただし、頭部は蜥蜴というよりも蛇に近いように見える。また、龍族のように個体ごとの違いはあまりないようだ。レベルにより大きさが異なるくらいである。


「こちらを認識していない、訳ではないな」


 そんな訳がなかった。ハーク達は極力瓦礫が少ない場所を選んで歩いているのである。当然に瓦礫が積み重なって死角となる箇所はいくらでもあるが、どの頂点にもワイバーンが居座っているので隠れ場所として使用するのには無理があった。

 恐らくはこの数日間で数が更に増えているのだろう。爆発直後にこの地で状況確認を敢行した彼はまだ身を隠す場所があったというのだから。


『ご主人、奴らはモチロンこっちを見ているッス。チラチラと様子を覗ってるような感じッスね。警戒でもしてるみたいッス』


「警戒ネェ……。モログに対して、かしら?」


「だとしたらお主にもだな。後ろを見せても同様というのはそういうことだ」


 四方を魔物に囲まれているというのに、こうして他愛のない会話をすることも可能だった。襲われる気配がまるで無いのである。

 戦意というものがまるで感じられない。


 前世での旅芸人一座の中に熊を扱うものがいたが、その時の飼い熊に雰囲気が似ていた。

 集まる客に対して警戒感を抱いて、というか怖がってもいたのだが、指示を出してくる者への信頼感と従っていれば常に腹を満たしてくれるためか、周囲に威嚇することもしないということが視てとれた。


 この場のワイバーンも似たようなものだ。つまりは満腹状態なのである。これも、スケリーの部下の青年が報告してくれた通りであった。しかし何故満腹状態なのだろうか。それが不明だった。


 見たところ食糧となるものも周辺には無い。

 いや、恐らく大爆発直後は大量にあったのだろう。焼け焦げた人間の死体が。

 果たしてそれがどの程度、魔物の食糧になるのかなどハークには分からないが、この数日で全て喰い尽くされてしまったに違いない。

 人が焼けた匂いは一種異様だ。ハークは知っている。

 それが感じられないということは、少なくとも周囲に死体はもう1体も残っていないことを証明しているのだった。


 おかげで非常に甚大な被害を受けた現場を進んでいるにもかかわらず、凄惨な印象が薄い。ある意味、ありがたくも感じられる。


「とにかく、ワイバーンは安全そうネェ。アタシ達にあんまり興味が無い感じヨ」


「うむッ。どうしてかは分からぬがッ、どうやら腹が満たされているようだなッ。こちらが手を出さねば襲ってくる気も無いようだッ」


「ああ、本当にの報告してくれた通りらしい。だが、その理由が分からぬ」


「そうだねェ……。旧帝都の中にはどうみても千体以上はいるように見受けられたけど、あんな数のワイバーンの腹を満たす食糧がこの地にあるとは思えないよ」


『シア殿の言う通りだ。彼らの腹を満たしているのは食糧ではない。別のものだ』


 まったくだとシアに返そうとしたところで、エルザルドが会話に割り込んだ。非常に珍しいことである。ハークの依頼なく会話に参加すること自体が既に大変に珍しいことであった。


「ぬッ、今の声は虎丸殿の念話ではないなッ!?」


「ああ、モログは初めてだったワね。この声はエルザルドっていうの。ハークが首から下げてる小袋の中にいるワ。ハークが少し前に倒したヒュージクラスドラゴンの意識のみを移した存在らしいワね」


「ヒュージクラスドラゴンッ!? ハークならばドラゴンスレイヤーであったとしても不思議ではないとは思ったがッ、まさかヒュージクラスとは想像もしていなかったぞッ!」


「それに関しては色々あるんだケドね。ま、それは後にしましょ」


「意識のみというのも謎だがなッ。俺は出会ったことが無いがッ、伝え聞くゴーストのようなものかッ?」


「私もゴーストには詳しくはないけど、似たようなものかしらネ。知識と共に生前の意識パターンを魔晶石に移した存在、らしいワよ。まァ、それはともかく、何か判ったのかしらエルザルドさん?」


『うむ。まさかとは思ったが、ここに来て判明した。これは瘴気だ!』


「瘴気!?」


「何だって!? あの、歴史で習ったヤツかい!?」


 ハークも思い出した。この世界の最初の記録によると、世界の始まりは瘴気に覆われていたという。

 瘴気は吸えば病にかかり、触れるだけでも身体に異常が生じるというほどに毒性の強い、恐ろしいものだったらしい。


「そうか、だから報告してくれたコはお馬サン共々病気になったのネ。でも、それとこの状況、っていうかワイバーンに一体何の関係があるの?」


「待って待って! って事はあたしたちも今、瘴気の真っ只中にいるって事でしょ!? 大丈夫なの!?」


「確かにそういう話であったな、物凄く毒性が強いと。どうなのだ、エルザルド?」


『順を追って説明していくとしよう。まず、現在の貴殿らにはほとんど影響はないであろう。レベルも人間種としては高いことであるし、純然たる亜人種、もしくは血を濃く受け継いでもおるようだからな。元々亜人種は瘴気に対する耐性が高いのだ』


「そうなのか?」


『うむ。我が生まれた頃の創世の時代には、現在の何十倍、何百倍も瘴気が濃かったからな。それに比べれば、今のこの地も大分薄くなっておる。最早、人体に影響が出るほどではあるまい』


「薄くなるッ、だとッ?」


『そうだ。我が生まれた頃のヒト族たちは『ホーシャノー』とも呼んでいたな。これを我ら龍族を含め、原始的な魔物はエネルギー源として使用していたのだ。つまり、この地に集まったワイバーンが吸収し、この地を浄化したことになる』


「瘴気を……吸収、ですって!?」


 ヴィラデルが驚きの声を上げていた。


『ワイバーンは我ら龍族に比べれば、その思考と行動は本能に依っている。それゆえにこの地の濃い瘴気に反応し、誘われて集まったのであろう』


「初期の魔物たちがこの世界の瘴気を薄めた、というのは歴史の授業で聞いてはいたが……。妙なところで裏付けが取れてしまったな。だからあのワイバーンどもは満腹であるということか」


『その通りだ。そして、この地に濃い瘴気がばら撒かれたということは、失われた過去の遺物がこの地で使われたという事態を表してもいる。かつての先史文明を完全に滅ぼして環境までをも激変させた悪魔の兵器がな。あれならば、この都市が一撃で消え去ったのも不思議ではない。むしろ当然であったろう。その名は『カクヘイキ』という』


「『カクヘイキ』……。それが儂とヴィラデルがあの日見た、奇怪な雲を発生させた原因か……」


『うむ。あの形の雲は、『カクヘイキ』特有のものなのだ。だが何故だ、アレを造り出す技術はとっくの昔に失われている。残っているものも無い筈であるし、もしも万が一残っていたとしても、とっくに使えなくなっていて然るべきなのだ!』


「その辺のことも、我らで調べてみる必要があるな」


 ここで、改めて虎丸から念話が届いた。


『ご主人、生きている人間の匂いを感知したッス』


「この状況で、生きている人間だと!?」


 ハークの中に嫌な予感と、この事態の解明に近づく感覚が同時に沸いた。




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