510 第30話:最終話09 This is WHO YOU ARE




 予想はしていた。悪い予想は。だが、常に最悪を超えることはある。


「何だこれは……」


 仲間たち全員が言葉を忘れたかのように沈黙する中、ようやくと絞り出すような声がハークの口より漏れ出ていた。


 ハーク達はいつかのハイペリオンの下に集っていた。

 かつてあった研究所に忍び込んだ際、再集合の目印にと選んだ場所だ。周囲よりも高台となっており、わずかだが帝都を見下ろせる位置にある。

 だが、今眼下にあるのは荒涼とした街の残骸のみである。街を囲む城壁も城門も、その上に突き出た黒き皇城の頂も、ハークの前世では見ることの無かった巨大建造物は何もかもその姿を失っていた。


(ここまでの破壊を、行って良いものなのか……)


 在りし日の帝都の面影はまるで無い。探しても見つかりようも無い。根こそぎ破壊されているのだから。


 帝都ウルの歴史はそれほど長くないと聞く。帝国が形を成してからだから、30年かそこらであろう。


 だが、それでもこの街で生まれ、あるいはこの街で死した人間は大勢いたに違いない。

 その大勢の人生を、生きた足跡を根こそぎ奪う蛮行のように思えた。


 ハークの知る前の世界、日ノ本でも焼き討ちや皆殺しが行われた歴史はある。しかしながら、規模がまるで違う。

 おまけに相手も力無き者では決してなかった。武装した集団であり軍勢であったのだ。今回のようにただその日を生きる市民相手を狙うように行われたことなど、ハークが知る限りは無い筈だった。


 更に言えば、皆殺しとは申せ言葉通り実際に達成できた試しは無い。

 絶対に討ちもらしや逃げ出す者、或いは人為的に見逃される者が出る筈なのだ。だからこそ愚行として後の世に伝わる。


 そう、愚行なのだ。


 仲間はこの大破壊が龍族の手で行われたのではないかと予測していたが、どうにもハークにはそうと思えなかった。


 ただ、もし人類がこれほどの愚行を犯したとすれば、神や仏がたとえ存在したとしても、人類を見放すに違いないだろう。或いは悪魔のように罰するかも知れない。


「聞きしに勝る、ってこのことだね」


 シアの言う通りだった。実際に現場を見るのと聞くのでは大きな違いが確かにあった。

 元が何であったかも判らぬ黒焦げた物体がそこら中に散らばっているのが、ここからでも見て判る。同じく灼けた痕跡を残す瓦礫が所々で積み重なって小山を形成し、その頂点に小型の竜らしき魔物が鎮座していた。


 ワイバーンである。それが帝都中にいた。


「……これは、……きっとドラゴンの仕業ではないわね……」


 ふと、一点を見詰めていたヴィラデルがそう発する。全員の眼が彼女に集まった。


「何故分かるッ?」


「あそこを見て」


 モログの質問に答える形で、ヴィラデルは先程まで自身が見詰めていたある一点の方角へと指を向けた。

 それは、ここから見える街の、帝都の中心地に極めて近い地点であった。近づいてみなければ確かなことは言えないだろうが、健在であれば皇城が天に向かって高く聳え立っていた場所の付近ではなかろうか。


「あそこが、どうかしたの?」


「あの場所が、恐らくこの大規模破壊をもたらした爆発の中心点よ。爆心地とも言えるわね」


「ええっ!?」


 シアが驚きの声を上げたが、ヴィラデルの言葉に驚愕を示したのは全員であった。

 改めてハークも、ヴィラデルの細く整った人差し指がいまだに指し示す地点を凝視する。それで彼にもヴィラデルの言いたいことが解った気がした。


「……成程。あの地点のみ損傷が、被害が激しい。おまけに何もかもが綺麗に吹き飛ばされておる」


 瓦礫の1つも残っていない。黒く灼けた大地が覗いて見えていた。


「よく見えるなッ。俺にはこの位置からでは不鮮明だッ」


「じゃあ、あの位置から周辺に向かって視線を這わせてみて。瓦礫がある一定方向からの力を受けて散らばっているのが解るでしょう? それが放射状に広がっているのが見えるかしら」


「むうッ」


 彼女の言う通りであった。瓦礫はヴィラデルが指し示す一点より放射状に広がって折り重なっていた。


「しかしヴィラデル。それが何故、龍族の『龍魔咆哮ブレス』によるものではない、との話とつながっていくのだ?」


 ヴィラデルはハークを正面から見詰め返した。


「ハークは憶えてるでしょ? ソーディアンを襲った巨大龍が最大出力で放った『龍魔咆哮ブレス』を」


 この一言でハークも思い起こす。

 正気を失い、古都ソーディアンを強襲することとなったエルザルドが、ソーディアンの城壁守備隊に向けて撃ち放った一発のことだ。


 この時、内なる意識のみは取り戻していたエルザルドは、人々を守ろうと奮闘するハークと虎丸への援護のため、どうせ撃つならと機転を利かせて放つ『龍魔咆哮ブレス』にほぼ全ての魔力を注ぎ込んでいたのであった。

 おかげで憐れな守備隊30名が跡形もなく消し飛んだだけでなく、ソーディアン近くの森の一部が消失し、山の形まで変形させてしまうことになる。


 あの一撃が、もしソーディアンに向けられていたかと思うと、今更ながら心胆寒からしめられる思いがするものだった。街に向かって放たれていれば、古都ソーディアンも間違いなく今の帝都と全く同じ運命を辿っていただろう。

 だが、ヴィラデルが指摘した通りに、龍族の『龍魔咆哮ブレス』による末路とは、異なる点が確かにある。


「……そうか。アレであれば、瓦礫は全て同じ方向へと吹き飛んで然るべきだな」


「その通りよ」


 ヴィラデルが肯く。言われてみればガナハのものも同じくであった。つまりは爆発ではなく、放射なのである。ハークの秘奥義・『天魔風震撃』も原理としては同じであった。


「だがッ、そうなるとあの帝都の大爆発痕はッ、ヒュージクラスドラゴンの最大火力と全く同程度の威力を有する何らかの手段を持つ存在がッ、ドラゴン以外にも他にいるということを示していることになるぞッ。こうして見ればッ、爆発の中心点はたった1地点のみであるのだからなッ」


「……モログの言う通りだな……。懸念する材料がむしろ増えてしまったか……。ヴィラデル、今のお主の実力で、『混成魔法』を駆使すればここまでの事は可能か?」


 無論、不可能だとハークは思っている。確認の意味でもあった。

 彼女の言葉は即答だった。


「無理に決まってんでしょ。『爆裂魔法フレアストーム』は中級魔法同士の混成で、まァ、建物1つが跡形もなく消し飛ぶ程度の威力だけど、アレを1段階引き上げた上級魔法同士であっても、全魔法力籠めたって街の1区画が精々よ。半径4~50メートルってトコロくらいかしら。まだ試していないけどね」


「矢張りか」


 冷静に考えれば、それだって恐ろしく過剰な威力の筈である。今眼前の光景によって己たちの感覚が麻痺していることが感じられたが、ハークは皆まで言わずに話を進める。


「では、お主の他に、これと同じ惨状を再現できそうな人物の心当たりはあるか? 特にエルフ族の中で」


 今度も即答だった。


「いるワケないわ。アタシの記憶上では、今のアタシを抜かせば最もエルフ族の中でレベルが高かったのはアナタのお爺さん。ズース様だったもの。あの方なら、アタシより遥かに効率良く魔法力を使って、アタシよりも高威力を引き出すことも、もしかしたら可能かも知れないけれど、どう高く見積もっても倍くらいまでが関の山よ」


「だろうな……。とりあえず、このままでは埒が明かん。帝都の跡地に足を踏み入れよう」


「うむッ。賛成だッ」


「ワイバーンがいるけどね」


 シアが特製の『法器合成槌』を肩に担ぐ。戦闘への心の仕度を整えたかのようであった。


 彼女の言う通り、帝都の跡地中に無数のワイバーンが居座っている。

 数えるのが面倒なくらいだった。あれの全てともし争うことになれば、この面子でも相当に苦労をすることだろう。今の内に覚悟を決めておくのも重要と言えた。

 しかし、ヴィラデルが言う。


「そのワイバーンなんだけどね、シア。アイツら既にアタシたちの存在を、完全に認識しているみたいよ」


「えっ!?」


 じゃあ何で襲って来ないのか、とも言いたげであった。


「空を飛ぶ生物ってのは、魔物に限らず何かしらの感覚器官が例外なく優れているものなのヨ。ワイバーンの場合は眼ね。チラチラとたまに、こっちの様子を窺うように見ていたワ。ハーク、気づいてた?」


「うむ。我らに対し警戒をしているかのようだった。強い興味を持っている訳ではなさそうだが。とは言え、油断無く進むとしよう」


「よしッ。ここは俺が先導するとしようッ」


 モログは間違いなくこの中で、というか人間種全体であっても間違いなく最も頑強で強靭な身体の持ち主である。彼の提案に異を唱える者などいなかった。




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