509 第30話:最終話08 I know who I am④




 仲間内だけの話し合いが終わり、1人と従魔たちのみで自室と割り当てられている部屋に入ってから、ハークは胸元に首よりぶら下げたエルザルドに向かって虎丸経由で話しかけた。


『なぁ、エルザルド。お主、先程の儂らの話を、ずっと聞いておったよな?』


 ほわんとハークの胸元が暖かみを帯びる。エルザルドが起動したのだ。


『聞いておったよ』


『なら、何か言いたかったのではないか?』


『あるとも、いくつかな。だが、今は確定的なことは何も言えない。あのエルフのお嬢さんの仮説を擁護する要素も、否定する材料も無いのだからな。しかし、ハーク殿らは明日から現地に赴くと決めたのであろう? であればそこで、確実なる助言を行うことが可能だ』


『そうか。では頼む』


『うむ。全ては帝都の地にて判明することだろう』


 この時のハークとエルザルドの会話はこれで終わりであった。




   ◇ ◇ ◇




「ホントに行かれるんですかい? 危険ですぜ」


 明くる日、帝都の跡地へと向かうことを宣言したハーク達の準備を手伝いながらも、スケリーが再考を促してきた。彼に対し、ハークは困ったように笑顔を見せる。


「何度も言ったろう? スケリー。どうせ確認はせねばならん、帝都が今どうなっているかをな。時間を置いて行っても危険は減るのか、逆に増すのかは全くの不明だ。であれば、早い方が良いに決まっている」


「そりゃアそうですが……。せめてウチらにもう一度、調査を行わせてくださいや」


「偵察の前に偵察を行うのかい?」


 魔法袋マジックバッグの中にテントを仕舞い込みながら、ヴィラデルが口を挟んだ。


「しかしですねェ、ヴィラデルの姐さん、あの広い帝都をたった4人と従魔さん2体で全て見回るってェのは現実的じゃあありませんぜ。せめて俺らの半分でも連れていってくれちゃあくれませんか?」


「申し出はありがたいが無理だなッ、スケリーッ。かの地には多数のワイバーンが降り立ったと君も聞いたであろうッ」


 モログの言葉に、スケリーは珍しく頭からその事実が抜けていたのか、ペチンと額を叩いた。


「ああ、そっか! あいつら空を飛ぶ上に火を吐く強敵でしたな」


「一部は高レベルともなれば風や雷の魔法を使ってきたりもするぞッ。亜龍と呼ばれるのは伊達ではないのだッ」


「上から襲ってくるモンスターは、それだけでかなり厄介ですからねェ……」


「うむッ。もし数を頼みに一斉に襲ってこられれば君らの安全を確保するのは非常に困難となるッ。それよりここは君らが全員この地に留まりッ、避難してくるであろう帝国の人々の保護を優先して欲しいッ」


「ああ、ナルホド。確かに来そうですねェ」


 帝都周辺にも幾つかの集落は点在していた。その全てが大爆風の影響で全滅、とはさすがに考えたくない。生存者もきっといるだろう。

 その中の何割かが帝都の異常に気づき、同盟国であるモーデルに庇護を求めてこの宿場街のある方角を目指すのは想像に難くなかった。


「じゃあ、今の内から食糧となるものを集めておきましょうかね」


「手伝えなくて悪いね。後のことは頼んだよ、スケリー」


 自分の準備をひとまず終えたシアも話に加わった。


「そりゃあコッチの台詞ですぜ、シアの姐さん」


「そんなに気にすることはないよ。ハークによれば一応の宛てはあるみたいだからね」


「え? そうなんですかい、ハークさん?」


 くるんと振り返ってスケリーは、こちらも自身の準備をほぼ終えつつあるハークに直接的な確認をした。

 ハークは最後の袋詰めした食料を仕舞い込み答える。


「うむ。城と研究所の跡地を目指すつもりだ」


「しかし、部下の話だと何もかんも無くなっちまってたみてえですぜ。正確な場所なんか判別つかねえんじゃあないですかい?」


「大丈夫だ。虎丸が匂いで元あった位置を特定できるかも知れん」


「焼かれても、匂いって残るモンですかね?」


「それは行ってみんと分からぬであろうな。まァ、大丈夫だ。ある程度の位置なら憶えておる。城は帝都のほぼ真ん中にあった。城から見て研究所の相対的な距離と方角を考えれば、大凡の位置は掴めよう。大体からして、研究所の周辺には建物が無かった。瓦礫が周囲にまるでない建物の跡地を見つければ、そこが研究所の跡地であろう」


「ナルホド、っすねエ」


「そう心配せんでも大丈夫だ。脅威がまだ残っているのかどうかの確認をしてくるだけだ」


「解りやした。ですが、何か嫌な予感がしまさあ。くれぐれもお気をつけて」


「ああ、儂とシアはワイバーンとの戦闘経験が無いからな。なるべくモンスターとの戦闘は避けて進むつもりだよ」


 ハーク達はその日の正午を過ぎた辺りで、帝都に向けて出発した。




   ◇ ◇ ◇




 時差の関係からモーデル王国王都レ・ルゾンモーデルの王城では本日の朝議が始まってしばらくしたところであった。

 今期より書記官に任命されたロードレッド卿が多忙な宰相アルゴスに代わり、朝の報告を行っているところであった。


 最近は午前をロードレッドが担当し、午後はアルゴスが出席する機会が増えてきている。多忙と理由はつけているものの、アルゴスが自分が引退した後を見据えての処置であることは、耳聡い目聡い人物からすれば明白であった。アルゴスは息子が2人いるが、どちらも父親とは別の道に進むことが現時点で既に確定していた。


「昨日もバアル帝国の帝都ラルに『長距離双方向通信法器デンワ』でのコンタクトを試みましたが、やはり繋がることはありませんでした」


「コールを無視しているのではないのですね?」


 ここ数日と同じ女王アルティナからの確認に、ロードレッドは肯く。


「はい。対象との接続ができない状態が続いているといいます」


「リィズ」


 アルティナは自身が座るソファ、その後ろ斜め45度に控える盟友にして姉とも慕う人物の名を呼ぶ。


「はっ、陛下。昨日、筆頭魔術師であらせられるズース様に検証をお願いいたしました」


「結果は?」


 遠くの街や人物との相互連絡を可能とする『長距離双方向通信法器デンワ』の開発、製作は全てエルフが行っている。何かしらの不具合が起こった場合、何が原因なのか一番解るのはエルフ族であった。

 筆頭魔術師の仕事では決してないが、城内にエルフ族はズース=アー=ルゾン=アルトリーリア=クルーガーただ1人しかいない。彼に聞くのが適任であったし、確実である。ズースは、リィズとアルティナ連名での頼みを快く引き受けてくれた。


 実は、アルティナ政権になって以後、最も変わったのは、このズースとの関係性であった。

 ズースは所謂、仕事とプライベートを完全に分ける主義で、以前は自分のその日やるべきことを淡々と行い、それ以上には決して踏み込まないスタンスである。良く言えばドライ、悪く言えば薄情だった。

 しかし、新たな女王とその右腕が孫と友人関係であれば、彼としても思うところがあるのだろう。前政権とは違い、必要とあれば助言の機会も増え、暇な時間は雑談と称して魔法の談義をしてくれるようにもなった。単にアルティナとリィズの2人が老齢に達した人物から好かれやすいというのも大いに関係していたのかも知れないが。


「はい、帝都むこうの魔晶石が尽きてしまっているか、それとも接合部が外れてしまっているのかで起動されていない状況にあるのか、あるいはデンワ自体が無くなってしまっているのかのいずれかであろう、と仰っておりました」


「陛下、接合部系統の不具合でありますれば1日や2日で気づくでしょう。こうまで続いているというのは……」


「確かにロードレッド卿の言う通りですね。帝都、あるいは帝国全体に何かしら大きな事が起こっているのは明らかです。リィズ、あなたのお父様……、いいえ、ワレンシュタイン伯の調査団は今どうなっていますか?」


「はっ。人員の選抜を既に終えたとのことです。今日明日にでも出発できると聞いております」


「解りました。準備を整え次第、向かってくださるよう伝えて。何だか嫌な予感がするわ」





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