508 第30話:最終話07 I know who I am③




「話は戻るんだけどさ、ヴィラデルさん」


 本来の方向から外れかけた会話の流れを引き戻したのはシアであった。


「ン。何?」


「報告してくれた彼が毒を受けたとして、一体どこでやられたんだろう、って思って」


「確かにな、シアの言う通りだ。彼は何かと交戦した訳ではないぞ。毒を受けた相手がいない。そんな話は微塵も出なかった」


「まだアタシの想像なんだけどね、答えは空気中からと思うのよ」


「え……?」


「空気ッ、中だとッ……?」


 ヴィラデル以外の全員が顔を見合わせる。一呼吸おいて、仲間たちの脳に自身の言葉が染みた頃合いで、再び彼女は口を開いた。


「あなた達になら、と思って話すけれど……ね。エルフ族には結構イロイロあるの。『混成魔法』なんかもその1つなんだけどさ、その中でもとびっきりのヤツが『禁呪』」


「きんじゅ?」


「そ、『禁呪』。禁じられた魔法、転じて呪法、略して『禁呪』よ」


「禁じられた魔法? 聞くだけで何かヤバそうだね」


「ええ、そうでしょうね。……この世界には、魔法も含めて誰かが開発したは良いけれど、誰にも受け継がれないまま、あるいは使い手が現れないままに2度と使用されることの無いSKILLが結構あるわ。こういうのを、一般的には『失われたSKILLロストスキル』なんて呼ぶわね」


「『赤髭卿』のSKILLが有名だよね。実際にはモログさんが受け継いでたみたいだけど」


「だがッ、俺も全ての技を習得できた訳ではないぞッ。我が師はステータスの能力値やッ、身体の使い方の習熟が足りないのではといわれていたなッ」


「モログさんでも足りないのかい!?」


「当時のことだッ。修行中当時のッ」


「ああ、そういうことか」


「モログの言った通り、大抵は該当する能力値、近接攻撃SKILLであれば攻撃力や速度能力、あるいは頑強さを示す防御力が適性値を超えれば習得できるようになるけれど、中には特定の技術に精通しなければ使えるようにはならない、ってものもあるわネ。ハーク、解ってるとは思うけどアナタの刀技もこういうのに該当しているのは確実よ。効果だとかどういう技であるとか、今の内にそういうものを詳しく記載して残しておきなさい。でないと、失伝されちゃうわヨ。後世にアナタの技術を残すつもりがないのなら、別に構わないけどネ」


「む。そうか」


「話を戻すけど、使い手が現れないケースって、実は魔法SKILLの方が多いのよ」


「え? そうなの?」


「そうヨ、シア。まず該当する魔法属性との親和性でしょ。次にレベルを上げて、能力値を規定値まで引き上げなければいけないワ。更には魔法に対する深い造詣も、最終的には必要になるからネ。魔法は知識の力。そういった環境が整っていることも必須なの」


「成程、そうか。そもそもの前提条件が多いのだな?」


 ヴィラデルは肯く。


「ええ、そういうことヨ。加えて、そもそも魔法を扱える才覚を持った人物が、魔法使いを目指さないとどうにもならないしネ。特に、水魔法は便利なんだけど直接攻撃手段には乏しいから、下手をすると上級魔法までマスターしているのは、今現在は日毬ちゃんくらいしかいないかも知れないわネ」


「きゅんっ?」


 名を呼ばれて日毬が突然の反応を示す。専門的な話になって興味を失ったところを呼ばれて何事かと思ったのだろう。その頭をハークは優しく撫でた。


「それに比べ、儂の刀技は努力すれば良いのだから、本来の前提条件としては緩い方、か」


「ハークのは逆に特殊だし、難易度が高過ぎるのよ! それに、ステータス増加による恩恵が全く無いんでしょうね……。正直意味が解らないワよ」


「えっ、そうなの、ハーク?」


 シアがハークへと顔ごと視線を向けた。


「うむ。儂の扱う刀技の中で最も難易度が高いと思われるのは、恐らく抜刀術系統の技だ。しかし、『神風KAMIKAZE』を開眼したのはまだレベル的には20にも達していない頃だった。素の攻撃力値も儂の記憶が正しければ50以下であった筈だ。それを考えれば、ヴィラデルの考察は正しいのかも知れん」


「たぶんだけど、刀の攻撃力付加値をどこまで引き出せるのかが重要になってくるのだと思うワ。さて、使い手が現れないSKILLの説明はここで一旦おしまいにして、次は誰にも受け継がれない方のSKILLの話。この、誰にも受け継がれないSKILLって、一体どんなモノだと思う?」


「えっ、どんなモノ、かぁ……。う~~~ん」


「使い物にならないもの、上位互換となるようなスキルが現れて習得するうまみ・・・が消えたもの、などではないか?」


 廃れる技術や文化は大抵がそういうものらしい。この世界の歴史の授業で習った。

 ヴィラデルはハークの方を指差す。


「ハーク、正解! んで、こっからが本題なんだけど、そういった誰にも受け継がれなくなったSKILLの中には、エルフ族が意図的・・・に誰にも受け継がせない・・・・・・・ようにしているものもあるの」


「エルフ族が?」


「ええ、そうよ。ハークは子供だから知らないのも当然ネ。これの理由は、危険だからよ」


「それが『禁呪』か」


「そう。同じような効果を持つものは名前を変えたりするとSKILL化されないワ。これを利用して危険なSKILL、特に魔法が伝わらないように封じ込めているのよ。その中でも特に危険なモノの1つが『毒の霧キラー・クラウド』。発動してしまうと致死性のガス、空気を周囲にばら撒く魔法よ」


「致死性の……空気だと……!?」


「その空気を吸うと、術者の魔導力よりもいくらか抵抗力の落ちる者は全員死ぬ」


「何だって!?」


 シアも驚愕し、他の面々も眼を見開くが、ヴィラデルは構わず続ける。


「毒の空気は広範囲に渡って数日残るそうよ。風が吹かなければ数日その場に留まるし、吹けば死者の数はどんどん増えていく。条件さえ整えば街1つを飲み込んでしまうこともあったらしいわ」


「何だそれは!? 危険過ぎるだろう!?」


「でしょ? そうなのよ。あまりにも危険だった。だから龍族が対処することになったわ」


「龍族が? 何故?」


「当時は……、アタシも生まれるずっとずっと前のことだけど、龍族とエルフ族の繋がりは今より深かったの。ま、それで結局その『禁呪』の開発者も消されることになったわ。エルフ族が外界に魔法の技術を伝えた20年後のことだったそうよ。開発したのはヒト族の天才で、魔法を史上初めて戦争に使用した人物。……今のモーデル王国宰相の遠い先祖よ」


「何だって!? アルゴス殿の!?」


 立て続けの新事実にさすがのハークも眩暈を覚えた。

 そういえば彼、モーデル王国現宰相アルゴス=ベクター=ドレイヴンの遠い先祖は現在でも語り継がれる龍族研究の第一人者であるとも聞いたことがある。『禁呪』を開発したその人物とは別人だとも思うが、だとすると彼の一族は何世代も前から善悪に関わらず、ヒト族の歴史に影響を与えてきたことになる。


「彼は天才の家系なの。こういうこともあって、エルフ族は外界に自分たちの知識や技術を伝える際、特にヒト族へと伝える際には非常に慎重となっているわ。臆病とすら言えるくらいにね」


〈父上と母上も懸念を示していたな〉


 一度、森都アルトリーリアへ帰った時、初日の夕餉の語らいの中であった。


「慎重で、臆病か。そうとも言えるかもな」


「だが、その気持ちも解るッ。そのように強力で無差別な魔法ではなッ」


「まぁね」


「待って。じゃあヴィラデルさんは、何者かがその『禁呪』を帝都で発動したっていうのかい!?」


 ヴィラデルはシアの確認にすぐには答えず、全員の顔を見回してから言う。


「恐らく、ね。ただ、『毒の霧キラー・クラウド』で生成された毒の空気は熱に対して極端に弱いの」


「だから対処は龍族が行ったのか。……では、あの大爆発はまさか!?」


 ハークの脳裏に浮かんできた展開を、ヴィラデルが具体的な言葉へと紡ぐ。


「アタシの予想はこうよ。誰かが禁じられた魔法を帝都で使った。その対処のために龍族、恐らく最古龍の1体が介入、そして対処した。最大出力の『龍魔咆哮ブレス』でね。アタシも上位クラス専用SKILLを得て、実力を大きく伸ばしたけれどもあんなデカい都市を丸ごと消し飛ばす芸当なんて、とてもできないわ」


「辻褄は合っている気がするな。報告者の彼は、焼かれ残り、弱った毒でやられた、と?」


 ヴィラデルは少し苦い表情となる。


「ん~~~……、チョットだけ苦しいかもネ?」


「そうだな」


 ハークも認めざるを得ない。推理の元となる重要な情報が、まだ足りない気がする。


「ではどうするの?」


「直接確認してみる以外あるまい。我らでな」





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