507 第30話:最終話06  I know who I am②




「そうか。ならばこの話題はここまでだな。議論は後でまた行うとして、先に進んでくれ」


 出てくる情報はここまでだとして、ハークはとりあえず先を促した。


「了解す。夜になって帝都の跡地から脱出した俺らは、一目散に西へ進路を取りました。逃げの一手でさあ。2時間くらい走らせたところで追いかけられていねえか確認するために一度休息を取りましたが、そこでも妙な事が」


「妙な事?」


「ええ。気が抜けたのか、急に相棒共々体調が悪くなりましてね」


「最初の大爆発の際に、やっぱりダメージを受けてやがったのか?」


 ちょっと苦しいが、それくらいしか考えつく原因はないであろう。


「俺もそう思いまして、相棒と共にポーションを飲みやした。それで楽にはなりやしたが、何か怪我して倒れたみてえな感じじゃあなかったんすよ。上手く言えねえけど……、ガキの頃に風邪ひいてぶっ倒れたみてえな……」


「何ィ? 病気だってぇのか? お前のレベルは30だったよな。じゃあ、それこそ有り得ねえだろ!?」


「具体的に、どんな感じだったの?」


 ヴィラデルが詳細を尋ねる。


「身体が妙に重くって、立っているだけで体力が削られる感じでした。相棒も同じような感じでしたね」


「へぇ……。相棒のお馬サンのレベルは?」


「27です。あいつとは色々ありましてね」


「そう。じゃあ、そっちも病気ということは有り得ないわね」


 ヴィラデルが自身の顎に手を当てて、黙考の体勢となる。


「他には?」


「え? えっと……っすねェ、……あ、そうだ。最初は辛かったんすけど、こっちに戻ってくると段々症状が良くなってきましたね」


「今じゃ、もう大丈夫?」


「はい、心配にゃあもう及びませんぜ。相棒も今は元気いっぱいです」




   ◇ ◇ ◇




 夜。ハークとその仲間たちは拠点としている宿場街から少し離れた高台の地より、一点の方角を見詰めていた。

 当然、その先には帝都があった。あった筈であった。

 宵闇の風がハーク、ヴィラデル、シアの長い髪をかき上げる。


「この先に、もう帝都が無いだなんて信じられないよ」


 シアが結い上げた髪の位置を整えつつ、溜息を吐くように言った。


「……帝都はあるわ。もう跡地だけれど……」


「何の慰めにもならぬなッ」


「……ええ、そうね。モーデルに所属していた身としては敵地が消滅したことになるのだけれど……。喜ぶ気にはなれないわね」


「まったくだッ。日々を生きていただけの単なる一般市民には何の罪も関係もッ、責任も無いッ」


 ギリリという音が聞こえる。周囲の暗さと角度、そして兜に隠れ、歯を喰いしめる様は誰の眼にも見えない。だが、その怒りの感情だけはこの場にいる誰もが感じ取れた。

 ふと、ヴィラデルは視線を顔ごと向ける。


「ハーク」


「何だ」


 ハークは逆に顔の向きも変えない。依然として帝都があった方向へと向けたままだった。


「ずっと無言だけれど、何を考えているの?」


「考えているのはお主のことだ」


 ヴィラデルは珍しく、驚いた表情に戸惑った様子を見せる。


「私? 普段なら嬉しいんだけれど……」


「昼間の会議で、何を深く考え込んでいた?」


「アラそっち?」


 彼女の表情は途端に別方向へ変わった。残念そうなのを隠そうともしていない。


「答えてくれないか?」


「どの時のことを聞いているのか判らなきゃあ、答えられないわよ」


「報告してくれたスケリーの部下と彼の馬が、病気に罹ったのかもという話をしていた時だ」


「ああ、あの時ね……」


 即座にヴィラデルは答えず、考え込んだ。


「あの時も、お主はそうやって考え込んでいたな」


 ハークは姿勢も顔の向きも変えず、視線だけをヴィラデルに移して続ける。


「ヴィラデル、お主ひょっとすると心当たりでもあるのではないか?」


「……よく見てるわネェ、私のこと」


「……まあな。仲間のことだから、当然だ」


「ふふっ、仲間……かぁ。何か嬉しいものがあるわネ」


「いいから。話してくれないか?」


 ハークの言葉にほんの少しだけ若干の照れを、虎丸、シア、そしてヴィラデルは感じた。

 笑みが漏れていたヴィラデルが真顔となる。


「……毒かも知れない」


「毒……?」


「毒は時として、病に似た効果をもたらすの。けれども1つだけ大きな違いがある。毒にポーションは効くけど、病にポーションは効かないわ。どちらの場合でも、根本的な治療とはならないけどね」


「え? そうなの?」


「そうよ、シア。専門的な話になるけど、ポーションは毒に破壊された体内の組織を修復し、活力を取り戻させることができる。けれど、そうは言っても体内の毒素を除去できるワケではない。ポーションは解毒薬とは違うからね。だからポーションだけで何とかするには、経過観察をしっかりと行い、必要に応じて複数回使用しなくちゃあならない場合もあるの。それに比べて、病の場合にポーションを飲んでも、ほぼ意味は無いわ。ホントに一瞬、体力が戻るけどそれだけ。ポーションではその人物の抵抗力を回復すると同時に、体内のウイルスや菌まで回復しちゃうからなの」


「へ? うい……るす? きん……? 金属の金、の事じゃあないん……だよね?」


「あ~~~……、病気の元となるモノ、って感じで考えてくれればいいワ。……って、皆よく解んないって顔ねェ……。ま、眼に見えるモノじゃあないし、しょうがないか」


「ムッ、そうかッ。あの彼とその相棒の馬はッ、毒に身体は侵されたもののッ、一度ポーションを使用することで抵抗力が戻りッ、その後は快方に向かったという認識で合っているかッ?」


 ヴィラデルが驚いたというより呆けたような表情をモログに向ける。ハークとシアも同様である。ちなみに虎丸と日毬も何がなんだか訳が解らない状態なのは一緒だが、表情には出ないだけだった。


「まさかモログが最初に理解してくれるだなんて、思わなかったわ……」


「……ヴィラデルよッ。俺は気にするものでもないがッ、君は何でもかんでも思ったことを口にしてしまう悪癖のようなものがあるようだなッ」


 ヴィラデルが美しく形の整った自らの口に手を当てる。


「アラ、ごめんなさい。気に障ってしまったのなら謝るわ」


「いやッ、さっきも言ったが俺は気にしていないッ。こんなナリだからなッ。慣れているよッ」


「本当にごめんなさいね」


 褐色のエルフの女性が、更に謝罪をして頭を下げる。ただ、2度目の謝罪は、どこか感謝にも似ていた。

 モログが指摘したことは、ハークもこれまで何度か感じてきたことであった。にもかかわらず、表立って注意や批判などはあまりしてこなかったものだ。


「いやッ、本当に良いのだッ。ただ、俺にも経験があってなッ。昔よく師匠に注意されたッ。それを思い出したッ」


「ヘェ、どんなふうに?」


「正解であるからといってそれに固執してはいけない、至る道は1つではないのだから。といった感じだッ」


「ふゥん、面白い教えをする方なのね」


「昔から俺は正解の道を見つけたのならばッ、それに向かって一直線に突っ走る癖があってなッ。それを戒めたものだったのだろうッ。とはいえッ、この悪癖は中々に治らぬッ」


「時には回り道こそが最善の道となることもある……、ってトコロかしら?」


「うむッ。我が師はッ、よくバランスを好んだッ。『健全な精神は健全な肉体に宿る、逆もまた然り』、となッ」


「頭と身体、どちらかに偏って鍛えすぎてもいけない。ということか」


「そうだッ。さすがはハークだなッ」


「成程。芭蘭主バランスか。憶えておこう」


 感心を示しつつも、ハークは前世の若い頃に、内容こそ少し違うが似たような言葉を聞いたような気がしてならなかった。

 懸命にその記憶の底の底から引っ張り出そうとした結果、ハークは該当の引き出しを探り当てる。


 記憶の中の彼は南蛮人で、宣教師で医者だった。まだ、南蛮人だの宣教師だのに偏見を持たぬ頃の話だ。

 彼は言った。

 人が神に願うべきは、健全な精神と健全な肉体で、それ以上は望むべきではありません。この2つさえあれば、後は己で成し遂げれば良いのですから。

 ハークは当時でも今でも神の存在というものに興味は無いが、この言葉は好きだった。




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