503 第30話:最終話02 Smell of the Game②




 予想された答えながら、ヴァージニアは自身の顎に手を置き、考える体勢となる。


「何を考えてる? 聞かせて」


 そう強請ねだるのはアズハだった。

 ただし、この質問に最初に答えたのはヴァージニアではなくガナハの方である。


「ああ。もしかして彼が『ユニークスキル持ち』であるのなら、前世の記憶も持っているのだから、あーいう性格であっても不思議じゃあないのに、とか思ってる?」


 ヴァージニアはガナハの限りなく確認に近い質問に対して、顎に手を置いた姿勢のままで、その顎を引くようにして肯いた。


「ええ、そうよ。人間種の寿命は、私たちから見れば本当に短いわ。子供の頃に出会っても、次に会う時にはお孫さんを何人も抱えたいいご老体となっていてもおかしくはない……」


「もしくは、偏屈な考えに凝り固まった気難しい存在に、とか?」


 ガナハが少し苦い表情をしていた。その理由は、古き龍族の間では有名な話であった。


「ガナハは、そーいう頭でっかちで頑ななだけのと関わり続けるのが嫌になって、人間種と付き合うのをやめたんだっけ」


 ガナハは答えない。だが、その沈黙が何よりも雄弁に物語っていた。


「アズハが今言ったようなのは、……確かに多いね。特にヒト族には。痛い目をみた経験の1つを全ての判断基準にして、自分は全部わかっているのだと勘違いするような輩はね。まぁ、それはともかくとして、話を戻すと、外見から判断するにハークは少なくとも60歳以上」


「ヒト族であれば、ちょうど老齢と言われる年齢に差しかかる頃合いだね。その間に様々な経験を積んでいれば、ううん、半分の期間でも苦労して生きていれば、まぁ、辻褄は合うかな」


「私もそう思ったの。で、ここでの暇な時間を使って色々と個人的に調べてみたわ。彼はこの街の有名人、情報を集めるのは簡単だった。特に、今の私の一番の情報網は、彼の友人でもあるしね。そうしたら、まるで逆ということが解ったわ」


「逆?」


「ええ。彼ね、少なくとも2年前までは生まれ故郷の森都アルトリーリアから出たことも無かったんだって」


「え!? 嘘でしょ? そんなのありえない!」


 ガナハが驚きを表すのも無理はなかった。彼女の記憶の中で、森都アルトリーリアとは人間種が住まう土地の中でも最も安全な都市であったからだ。それはつまり、この地上でも最も安全な場所であると言われても良いくらいである、ということを示している。


 ここでアズハが口を挟んだ。


「それは絶対におかしい。あの映像での彼の動きは実戦に慣れきった者の動きだった。たかが2年程度では、あんな戦い方は絶対にできない。何かの間違い」


 ヴァージニアは肯く。


「私もそう思って、情報の裏取りを何度か行ったんだけど、結局これを裏付けるモノしか出てこなかったのよ。調べれば調べるほど事実として疑いの余地が無いと理解するだけだったわ」


「それでヴァージニアは『ユニークスキル持ち』を改めて疑った? 彼らが前世の記憶や経験、名前を引き継いでいるのは、『異界から呼び寄せた魂の根源から力を引き出す』過程で魂そのものが歪む影響だから」


「けれど、ハークにはユニークスキルなんて無い。っていうことは、前世の記憶持ちでも異界から来た魂でもない」


 アズハの台詞をガナハが補完する。それを見つめ、ヴァージニアは言う。


「本当にそうなのかしら」


「え?」


「どういうこと?」


「前に言ったでしょう? 私の息子の矯正のために全ての前世の記憶を呼び起こしたって」


 アズハとガナハは同時に肯く。

 ヴァージニアは続けた。


「この姿の時の私の戦い方、知ってるでしょう?」


「うん、パンチやキックで戦うやつだよね」


「そう。その戦い方の大元、源流を知ってたんだよね、息子が」


「ヘェ。随分と昔の映像記録だったんでしょ? 年代測定ができないくらいの。その頃の記憶を持っているってこと?」


「ええ、そうなの。そして、私の昔の仲間の、そのリーダーも私の戦い方を知ってた」


「え!?」


「どういうこと!? だってヴァージニアの最初の仲間、『最初の9人』のパーティーリーダーって、初めての『魔王』の襲来から人間種を守った2代目の『勇者』でしょ!?」


「そうよ」


 ちなみにではあるが、その人物を2代目と称しているのは龍族のみで、人間種からはこちらが初代と認識されている。

 本当の初代が人間種たちの記憶と記録から失われて伝説扱いになり、歴史から忘れ去られてしまったからだ。初代の頃は文字も無かった。正確にはあったのだが、不完全な上に地域ごとにバラバラで後に使い物にならなくなってしまった。口伝のみでは本物の歴史と認められないのは人間種の間ではいつものことだ。


 更に『勇者』呼びや、封印の地より抜け出して他者を操り人間種の土地で暴れ回った魔族を『魔王』と呼称するようになったのも、2代目勇者の時代からだった。彼自身がそう広めたからでもある。


「彼は当然、ユニークスキル持ちで異界の記憶を持ってた」


「そのヒトって、『主人公補正セーブポイント&ロード』を持ってたヒトだよね。殺されても決して死なずに、事前に設定した安全地帯で蘇ったり、任意にその場所へ仲間ごと瞬間移動できたり」


「そうよ。もっとも、判断力はある人だったから、殺されたのは出会い頭に魔王と出会った1回のみだけだったけどね。彼は大きな出来事を誇張して話す癖があった。そのおかげで人間種には彼のユニークスキルの効果が断片的にしか伝わっていないのには、笑えるわ」


 ヴァージニアが懐かしそうに語るのは、もう数千年も昔の出来事である。


「その人がヴァージニアの戦い方のことを知っていた? ってことは前世の、……異界の記憶で、ってこと?」


「私の戦法を武術と呼んでいたわ。あんまり詳しくはないけど、見覚えがあるって言っていたの」


「え? っていうことはあの映像記録って異界の映像記録だったの? ヴァージニアの戦い方の基となったものが?」


「でもそうなると、ヴォルレウスが知っているのは不思議。おかしい」


「偶然の一致かな?」


「そうかもしれない。むしろ、あの子の方が詳しいくらいだったしね。基となった動きを行っていた人物の名さえ知ってた。あの子自身の前世の名さえ忘れているっていうのに、奇妙なものよね。あの時は特に不思議には思わなかったのだけれど……」


「ハークが現れて、その2つを結び付けて考えるようになって、変化した?」


「ええ、そうよ」


「結論は?」


「まだ、出ていないわ。でも、それを一緒に考えて欲しくって」


「ああ、話したいことって、そういうことね」


「ね、1つ頭に浮かんだことがある」


 アズハが1本指を立てて言った。


「なぁに、アズハ?」


「異界って、本当にあるの?」


 歩きながら、ガナハとヴァージニアは見つめ合った。次いで、ヴァージニアが視線をアズハへと戻す。


「あると思うわよ、『勇者』たちの証言はどれも一致しているし」


「向こうは私たちのようなモンスターもいなければ、人間はヒト族ばかりでエルフ族も獣人族もいない。魔法も無くて、代わりにジュウっていう鉄の塊を撃ち出す兵器や、街を吹き飛ばしちゃうカクバクダンなんてものが無数に存在しているんでしょう? この世界とは違いすぎるよ」


「でも、その世界を私たちを始め、誰も見たことが無い。逆はあるのに」


 ガナハとヴァージニアは再び互いを見つめ合った。




   ◇ ◇ ◇




 同じ時、王都レ・ルゾンモーデルに2人の元帝国人が招かれていた。

 彼らの名は、元圧殺と元自在剣を冠したロルフォンと、そしてクシャナルである。




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