502 第30話:最終話01 Smell of the Game




 2体の巨龍が空中を滑るように進む。……とはいっても、1体はそれほど躯が大きくない。片割れの半分ほどだ。

 人間種であれば大人と子供の差、未満、大人と幼児の差である。個体差の激しい魔物、とりわけ龍族であっても同じ成体でここまでというのは珍しい。


 ガナハとアズハであった。

 互いの安全を確保するために、アレクサンドリアによって1組とさせられたのである。

 また、龍族最速で今回の件では元々の発端者ともなったガナハと、基本的に怠惰なアズハを組ませることで、他との歩調を合わせることも目的の1つとしてあった。


 が、こちらの面では成功していたとは言い難い状況だった。アズハは常に怠惰という訳ではない。特に今回の件では。

 彼女らは既に自分たちの第1担当区域を終了していた。恒星から見て大地が7回転半する期間内に、この星の10%を一筆書きで塗りつぶすかの如く飛行し終えてきたのである。


 わずかに先行するガナハが、大地に向けて右手人差し指をクイッと向けた。

 眼下には見渡す限りの荒野が広がっている。

 アズハが肯くと両者は速度を落としつつ、それに伴い高度も下がっていく。

 着陸する寸前、ガナハとアズハは『変身メタモルフォーシス』を発動して人間種の姿へと変わる。

 両者とも着地はちゃんと後ろの2本足で行い、勢いを止めるのもわずか数歩以内で済ませた。


「私たちが1番」


 龍の時とは逆に、ガナハに比べて随分と小さく、まるで少女のようなアズハが得意げに言った。

 相変わらずの無表情だが、ガナハには分かる。


「ふふっ、きっとそうね」


 ガナハもにこやかに同意する。

 アズハと組まされた時、ガナハは彼女が持ち前の性質を充分に発揮するだろうと予期していた。則ち、存分に怠けるだろうと思っていたが、全くの誤りであった。


 考えてみればアズハは、彼女たち2者を含めたヴァージニアにアレクサンドリアの4者のみしか参加していなかった時にも、常に己ができる限りのすべきことを行っていた。参加者の数が少なくてアレクサンドリアに眼をつけられるのが怖いからではなかったのだ。


 同胞、しかも最長老でもあったエルザルドが弑された今回の件に対し、アズハもアズハなりに思うところがあるのだろう。ガナハと共にほぼ不眠不休で第1段階のノルマを終わらせてきた。

 この場に来たのはその報告のためである。先程の言葉は自信の表れだった。


 ガナハとアズハの視界の先に、こちらへ急速に近づいてくる人物の影が見えた。相当な高速である。起伏の激しい岩場の段差も楽々と飛び越えてくる。

 それで解った。ヴァージニアの人間種体だ。


「やっ。よく気がついたね」


 ガナハが片手を上げて人間種風に挨拶をしようとする頃には、もう眼前に到着していた。


「真上を通過するあなた達が一瞬見えたのよ。定期報告だとすぐに解ったわ」


「えっ、ボクたちが見えたの?」


 ガナハは驚いて訊く。自分たちは超高々度を飛行していた筈である。人間種の街の上空をヒュージドラゴンが掠めただけでも普通ならば大騒ぎとなってしまう。だからこそ、彼らの視力ではどうあっても豆粒ほどにしか映らない高さで飛行していたのだ。


「ええ。私はあなた達の誰よりもこの形態・・・・に慣れているのよ。使い方は習熟しているわ。それに何より、そろそろだと思っていたから。一昨日もキールとアレクサンドリアが来てくれたしね」


 それを聞いて、珍しくアズハの表情が大きく動いた。


「ええっ。1番乗りじゃあなかった?」


「ああ、狙っていたの? それなら大丈夫よ、あっちは近くを通ったついでに寄ってくれただけだから。あの時はまだ半分も終わっていないってボヤいていたしね。だから安心して。あなた達が1等賞よ」


 ヴァージニアの言葉を聞いて、アズハが腰に両手を当てて胸を張り、フンスと鼻から息を吐いた。かなり自慢げだ。

 その様子をにこやかに眺めたヴァージニアは、次にガナハへとその視線を移す。


「それで、どうだった?」


「進展は無い、ってことが報告かな」


「あら、そんなことはないわよ。あなた達が調査を終えた場所にはいない、ってことだけは判明したじゃない。ちゃんと進展しているわよ」


「そうかな?」


「そうよ。だから、そんな浮かない顔しないで。今日は宿をとってあげるから、1晩ゆっくり休みなさい。どうせこの一週間ほとんど休んでいないんでしょう?」


「いや、大丈夫だよ。すぐに次のポイントに向かう」


「あなた達だけが突出してもあまり意味はないのよ? だから休んでいきなさい」


 なおも固辞しようと手を振りかけたガナハだが、裏切り者が現れた。


「ガナハはこの姿で寝ている内に『変身メタモルフォーシス』が切れるんじゃあないかって心配している」


 いとも簡単に内情をバラした期間限定の相棒に対し、ガナハは言い返すこともできずにただジト目を送る。

 言われてみればガナハは『変身メタモルフォーシス』を習得してからまだ日が浅い。そうヴァージニアは思い出した。


「ふふ。大丈夫よ、急に切れたりはしないわ。寝惚けて解除しようとしたら、私が止めるから心配要らないわ。それに、この姿で寝るのも中々にイイモノなのよ」


 ヴァージニアの言葉に、ガナハは少し惹かれる。元々彼女は好奇心旺盛な性質があった。


「そうなの? じゃあお言葉に甘えよっかな」


 頷くガナハにアズハは小さくガッツポーズをとる。

 たとえヒュージクラスのドラゴンであってもさすがに一週間ほぼぶっ続けの飛行には疲れがたまっていた。空龍と字名される存在でもなければ当然のことだ。

 しかし、これに喜び示したのは彼女だけではなかった。


「良かったわ。少し話したいこともあったから」


「そうなの? 今話そうよ、ヴァージニア」


「ん、そうね。歩きながら早速話しましょうか」


 全員が、ヴァージニアが今来た方角へと歩みを進め始める。この数キロ先にはワレンシュタイン領の領都オルレオンがあった。


「それで、なぁに?」


「前回のミーティングで皆と別れた後に、私はここで他の皆からの連絡待ちだったから、その間に結構色々と考えちゃってね」


「色々って?」


「まず、……そうねぇ。ガナハは前回のあの動画の、エルフの子と会ったんでしょう。どう思った?」


「どう思った、って……ヴァージニアも会ってるでしょう。ボクよりも何度もさ」


「ええ、そうね。でも答えて欲しいの」


 歩きながらもヴァージニアの真剣な視線が送られてくる。ガナハは、これを無視するような性格ではなかった。


「すっごく泰然としてて堂々としてて、何か……安心感があったな。とっても落ち着いててさ」


「そうよね。私もそう思った。おかしいと思わなかった? まだ、明らかにエルフとしても年若い、というより子供なのに」


「……あ。えっと、ボクはヴァージニアほど人間種のことについて詳しくはないから。でも、確かに今考えてみればそうかも」


「どういうこと?」


 話についていけないとアズハが口を挟み、解説を求めた。


「エルフ族ってね、寿命が人間種の中じゃあ圧倒的に長いのだけれど、成長速度もすっごく遅いのよ。内面もそれに準じて成長していくわ。勿論、生きてきた経験年数が違うから、他種族の子供と同一視はできないけれど、子供は子供だった」


「その子が特別早熟だった、とかではない? 強かったのもそれが原因とか」


「私もそう思ってたわ。でも、よくよく落ち着いて考えてみたらちょっとおかしく思えてきてね。話していた時、まるでエルザルド老がもう1柱いるかのように感じたこともあったわ」


「それはかなり、おかしい」


 アズハも認める。


「ねぇ、ガナハ。あなたは彼と初めて遭遇した際に、詳しくステータスを見たのでしょう? 私は何度も彼と話したけれど、事前に彼のことは聞いていたから詳しくまでは見なかったのよ。彼はユニークスキル持ちでは、なかったのよね?」


 ヴァージニアからの確認に、ガナハは首をしっかりと、縦の方向に振った。


「うん。彼は、ハークは『ユニークスキル持ち』ではなかったよ」




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