504 第30話:最終話03 Smell of the Game③




 長い廊下を抜けて階段を降りると分厚い扉があった。

 場所は地下だ。少し前であれば音が外部に漏れにくい場所に連れこんで何を、と警戒もするところだが、この国はそういうことはやらない。2人もようやく確信を持てる頃になった。

 案内をする城兵の片割れがドアノブに手を懸けて開くと、中から1人の偉丈夫が現れた。上背もかなりある。


 さすがに巨漢であるロルフォンにまでは及ばないが、見劣りするほどでもない。筋肉質だが細身で着痩せするクシャナルからすれば、上も横もひと回り近い差があった。


「わざわざのご足労、感謝いたします。この国の宰相を務めますアルゴス=ベクター=ドレイヴンと申します」


 丁寧な自己紹介と共に、彼の方から握手を求めて片手が差し出された。それを見て、ロルフォンとクシャナルの2人は顔にほんの少しの驚きの色を浮かべ、まずはロルフォンがその差し出された手を握り返した。


「帝国の元13将ロルフォンと申す。こちらこそ、我らの申し出を快く承諾していただき感謝する」


「とんでもございません」


「……しかし見事な身体つきだ。同じ宰相といっても帝国ウチのヒョロヒョロ狐とは似ても似つかないのだな」


 次にクシャナルがアルゴスとの握手を交わす。


「まったくだぜ。アンタなら、戦場に立っても充分な働きができそうじゃないか」


「そんなことはありません。実戦で使った経験はほとんどありませんから。要はバランスです。デスクの前に座って頭だけを鍛えていても、あまり碌な考えが浮かんでくるものではありません。我が国の『国父』赤髭卿の教えに『健全な精神は健全な肉体に宿る』というものがございます」


「ヘェ。じゃあ、ロルフォンよりも俺の方が素早く正しい判断を下せた、ってェのはそういうことなんだな。俺の方がバランスが良いってコトだ」


 帝国を脱出した際の事を話しているのは明白だった。得意げな彼の軽口にロルフォンは苦笑を見せて一言返す。


「黙っとけ」


「はは。お2人とも仲がおよろしいようですね。さ、こちらにご着席ください」


 アルゴスが促す先には四人掛けのテーブルと椅子が用意されている。

 その後ろには人間2人が中へと楽に収まれる程の大きな鉄箱が佇んでいた。箱壁面には20を超えるボタンと作動中を示すランプが淡く点灯しており、ただ1つの窪みの中には受話器が収められている。


 『長距離双方向通信法器デンワ』であった。ここはこのための部屋なのである。

 デンワの前で1人の将校が作業を行っていた。いつでも使えるようにとの準備を整えているのだ。

 また、彼は他の都市や国からデンワがかかってきた際に応対し、その内容をアルゴスなどの然るべき人物へと正確に伝達する業務も担っていた。ここ王城の他にも、デンワを備えている都市や建物内にこういった役目を担当する兵士を置くのは、今や通例となっている。


「アルゴス様、準備完了です。いつでも帝都へと発信できます」


「ご苦労様です。さてお2方、本当によろしいのですね?」


 デンワを担当する将校からの言葉を受けて、アルゴスが顔を引き締め直して最終的な確認を行う。ロルフォンとクシャナルは揃って肯いた。代表して年長者であるロルフォンがまず口を開く。


「無論だ。だが、貴国こそ本当によろしいのか? 帝国を治める好機ではないか」


「そうだ。トップもおらず、キカイヘイという切り札も失いつつある。俺が今更、宰相であるアルゴス殿にわざわざ申し上げる必要は無いと自覚はしているが、ハッキリ言って併呑するチャンス以外の何物でもないじゃあないか」


「先程の会議の際に、我らが女王アルティナ陛下が仰られた通りです。我が国に領土的野心はありません。東の土地は東に住む人々により治められるべき。力によって無理に統合しようとしても必ず歪みが生まれ、やがてそれは修復不能なものとなるでしょう。このお考えは、私も全く同意にてございます」


「なるほど、よく解った。時期尚早、という訳か」


「それに、たとえたもとを分かったとはいえ、知らぬまま偽りの存在に忠誠を捧げ続けさせられるのは、あまりに不憫であるとのあなたのお言葉に皆が同意した結果でもあります」


「ありがたい。だが、我らが元同僚に直接伝えたところで、奴らが貴国との融和路線へ舵を切るとは限りませぬぞ」


「ええ。その場合も、歴史の不運な帰結であると受け容れる覚悟はできております。我らとしても、そろそろこの停滞から脱却したいのですよ。既にもう数カ月もこの状態で、無為なる時を過ごし続けておりますから」


「了解し申した。では、交換手担当官殿、お願いする」


「分かりました」


 デンワ交換手は慣れた手つきでボタンを操作する。

 1度目のコールが鳴り終わらぬうちにバアル帝国の帝都、その皇城に控えるであろう交換手がデンワに出た。

 モーデル側のデンワ交換手は相手側と2、3の言葉を交わすと即座に本題に入る。内容は、こちらが伝えた新しい同盟締結案に対しての解答を求めるものだ。


 相手側はすぐに、検討中である、と返す。

 ここまではいつもの流れである。この後、いつもならばまた2つか3つの言葉を交わし、電話を切る。だが、今日の交換手は、まだ切るなと一言注意してから代わる相手がいることを伝えた。

 相手交換手が訝しがる中、受話器のマイクがロルフォンへと手渡される。


「俺だ。元帝国13将、圧殺のロルフォンだ。そちらの部屋に俺の元同僚の1人が控えている筈だ。持ち回りから考えれば、火槌のロドニウスか巨大剣のパルパか? そいつに代わってくれ」


 相手交換手が黙った。驚きで二の句が継げぬのだろうか。部屋内は無音となる。


 ロルフォンとクシャナルの話では、モーデル王国とは違い、帝国ではデンワの警備にいつも持ち回りで帝国13将の1人が就いているらしい。

 これは、魔石はともかく魔晶石の価値が西大陸と東大陸で大幅に違うのが要因で、向こう側で魔晶石を売ることができれば簡単にひと財産稼げるからだった。売ることができれば、というのが問題で、大抵は帝国の政府機関によって安く買い叩かれてしまうが。


 おかげで市井間での需要と価値が年々高まっているのだ。モーデル王国との差は今や歴然たるものとなっていた。

 デンワを起動できるサイズともなれば推して知るべし。危険を冒してまで皇城にまで侵入する輩はかつていた。しかもその際には奪われてしまってもいる。そこで13将の1人までも警備に就くこととなったのだ。


「大事な話がある。直接伝えたい」


 もう一度ロルフォンが語りかけた。再び室内は無音に戻る。

 しばらくして、デンワのスピーカーからカチャカチャと音が漏れた。


「裏切者が何の用だ」


「……その声、巨大剣のパルパだな?」


「そうだ。お前は本当にロルフォンか?」


「ああ。ロングオールドホーンの酒場にはもう行けんが、不自由はしていない。お前とはもう一度くらいは酒を酌み交わしたかったがな」


 ロングオールドホーンとは帝都にある高級酒場である。帝都の中では老舗の1つだ。


「何を呑むつもりだ」


「古酒の赤瓶だ。お前もだろ?」


「フン、どうやら本物か。まず伝えておく。お前の生きた記録はもうこちらには無いぞ。抹消された。家も含めてな」


「結構なことだ。家は惜しいが、虐殺の記録なんぞ元からいらん」


「…………。何故、裏切った」


「家族を守るためだ」


「帝国軍だってお前の家族ではなかったのか?」


「お前らなら自分で自分の身は守れるだろう? それに家長が別人ではな」


「何?」


「本題に入る。今の皇帝陛下は別人だ。誰かが代わりを演じている」





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