499 第29話08:Breakdown-地上最強の会合-




 連綿と連なる山脈の最深部。

 活火山、どころか現在絶賛活動中の火山に囲まれたこの場所に、生命が生きられる可能性は見られない。溜まりに溜まった有毒ガスが、空間を満たしているからだ。

 特に、人間種が侵入することは絶対に不可能だろう。耐性を持つごくごく一部の強力な魔物でさえ、長時間の滞在は命に関わる。


 しかし、そんな劣悪な環境をものともしない、ごくごくごく超一部の存在が今この場には集いつつあった。

 その最後の2柱が、天空より緩やかに翼を羽ばたかせて降りてくる。


『お待たせー』


『あれれ? 俺たちが最後か』


 巨大なドラゴンであった。大きさは双方共に全高25メートル程度。

 体色、鱗の色も似ている。同じ緑を基調としていた。ただ、一方は鮮やかな初夏の新緑の色に近く、もう一方は光沢を有しつつも奥深く、濃い色合いである。


 2柱の降下地点には5名の人間種が出迎えるように立っていた。

 どう考えてもおかしい。こんな場所で人間種が1秒以上も生命活動を保っていられるワケがない。

 最低でも70レベル以上は必要だ。周囲に充満する有毒ガスは、複数の種類が混ざり合ってしまっているせいか腐食性まで有していた。

 触れた場所から崩れていくし、もし外皮が耐えられたとしても呼吸することができない。一息でも吸い込んだら最後、一瞬でこの世からお別れの筈だった。


 今現在を生きる人間種には、レベル60を超える者すらいない。つまり5名の人間種らしき存在は、絶対に人間種ではない。大体からして内包している力の量が桁違いであった。

 その中の1名、左から2番目の存在が一歩前に出る。大柄な女性でグラマラス、燃えるような赤い髪に同色の扇情的なドレスを身にまとった貴婦人であった。


「ようこそ来てくれた。歓迎するぞ、ブルガリア。そしてボルドーよ」


 大仰な仕草と同時に巨大な胸元の果実2つがたわみ、揺れる。明らかに下着の類を身につけていない。

 紅蓮龍アレクサンドリア=ルクソールの人間体の姿であった。


 SKILL『変身メタモルフォーシス』の効果だ。普段は肉体の内部を一定の速度で循環している魔力を堰き止め、それを自身の奥に抑え込み蓋をして、全身の構成を変化させてしまうSKILLである。

 ただし、注意点として、このSKILLは決して人間種に化ける・・・ものではない。

 人間種になる・・、変わるだけなのだ。


 化けると変わる。具体的にどこがどう違うのかというと、例えばアレクサンドリアは、今の洒脱でセックスアピールの強い女盛りの女性の姿以外には、どう足掻いても変化することはできない。

 男性の姿に変わることは勿論、顔を変えたり、背を高くしたり低くしたり、外見年齢を変化させて子供の姿になることもできない。


 この姿は正真正銘、アレクサンドリアが人間種になった・・・、変化した姿なのである。言わば、彼女が人間種として産まれて落ちていたら、というもしも・・・の姿を具現化しているのだった。


 そんな彼女の前へ完全に降り立った2柱の龍。ブルガリアとボルドーは、数多い龍族の中にあって今や最古の存在となったアレクサンドリアに対して、深い敬愛の念を表すかのように頭を深く深く下げた。

 それでも人間体となった彼女が見上げる側であったのは変わらないが。


 次に、ブルガリアとボルドーの到着を待っていた人間種5名の内、左端に立っていた者が前へ出た。


 男性である。茶系の頭髪に顔の下半分を覆う同色の髭、瞳は深い叡智と彼の清適さを示す。肌の色は髪の色よりも濃い褐色でなめし皮のようだ。

 肉体は過剰な筋肉を搭載するギリギリ一歩手前、筋骨隆々という感じではなく、所謂良い身体をしている部類の範疇に留まるものだった。これを薄い一枚布で左肩から袈裟に流し、右脇腹あたりで留めては膝の周辺にまで届くように落としつつ、腰のすぐ上を帯で締めている。

 有り体に言えば、紀元前の古代ギリシアの服装であるキトンによく似たものだった。


 ちなみにだが、彼らの着ている服が腐食性のガスによって何らかの影響を受けることはない。端から見れば単なる布にしか見えぬだろうが、元は彼らの身を包む鱗、つまりは龍麟であり、これを人間体時の肉体と同じく物質変換させたものだ。構成は多少変化していても、レベル90を超える龍族の鱗がガス程度などの影響を受ける謂れはなかった。


「実に、久方ぶりじゃのお。この前も『大陸間会議』では話もしたが、こうして直接会うのは何十年ぶりかの」


 キール=ブレーメンの人間体である。口調はいつものように爺むさいが、彼の人間体の姿は老人どころか、壮年と言われる年齢に一歩踏み込んだくらいである。


『キール爺、ホントにお久しぶり』


『何十年? 百年超えてる気がするわね……』


 ボルドーとブルガリアが応えつつも、敬愛の念をキールにも示すべく彼に対しても深く頭を下げた。アレクサンドリアが最古ならば、キールはその次点だ。ただし、その差はほとんど誤差とも言える。


 最初の挨拶は終わったと見て、残りの3名も前に出た。

 右から順に、アレクサンドリアのものにもよく似た紅の髪をなびかせた、肉感的でありながらもどこかスポーティーな雰囲気を漂わせる稽古着姿の淑女。

 髪も肌も白いという印象を抱かせる少女。ただし、帯のような布で身体のあちこちを、特に重要な部分を包むその中身は、5名の中で最も高さが低いながらも幼さを抱かせることは決してなく、成熟しきっていた。所謂、トランジスタグラマーというヤツである。


 この2名の正体までは、ブルガリアもボルドーもすぐに気がついた。

 前者はヴァージニア=バレンシア、後者はアズハ=アマラそれぞれの人間体だ。

 これらに関しては知識を持っている。だが、最後の1名、5名の中で真ん中に立つ者のみ、ブルガリアとボルドーも全く知らぬ人物であった。


『誰?』


 単刀直入に尋ねたのはブルガリアだ。彼女の言葉の意味するところは、誰の人間体なのか、である。

 その人物、メリハリを残しつつも均整のとれたボディに、長いロングの髪の毛と同じく抜けるような青空の色を宿したワンピースをまとい、整いすぎた顔で人懐っこそうな笑みを浮かべた人間種の女性が片手を上げた。


「やっ」


 それでブルガリアもボルドーも気がついた。


『あっ、まさか……』


『ガナハかい?』


 言う通りであった。空龍ガナハ=フサキの人間体であったのだ。

 ガナハは肯く。


『良かった。無事だったんだね』


『ま、あたしは心配していなかったケドね』


 2柱のヒュージドラゴンは片方は実に嬉しそうに、片方は興味無さげに顔をあさっての方向へ向けて言った。ただ、顔をそむけた方も横目でガナハをちらりと覗うところから、本心は丸わかりである。隠すつもりもないのだろう。


「ウン。心配かけてゴメンね」


『良いんだよ。それで? 今日集まった目的は何なのかな? まァ、大体想像はつくけど』


『そうね。ガナハがいるってことは、だもんね』


 2柱の視線が再びアレクサンドリアの人間体に移動する。呼び出したのが彼女であるからだ。

 そしてガナハは、この星が恒星の周りを半周する前くらいに行われた、前9899回『大陸間会議』より、誰にも音信不通の状態で、当時の最高齢龍エルザルド=リーグニット=シュテンドルフの死の真相を調査している模様だと、この場にいる龍たちは知らされていた。


「そのことに言及する前に、ブルガリアとボルドーも人間体に『変身メタモルフォーシス』してくれぬかのう」


 そう言ったのはキールの人間体であった。キールとブルガリア、ボルドーは気質が似ているせいか仲が良い。行動を共にしたこともある。かなり昔の事だが。


『それって、直接回線で話し合っても履歴ログに残るから、って考えで良いのかな?』


 ボルドーが事情を確認する。キールはその通りだと首を縦に振った。


『なんで? 後で消せばいいじゃない、そんなの』


『タイムラインとかも消さなきゃいけないから、結構面倒くさいんだよ、アレ』


『そうなの!?』


『そッ。消し忘れが残ると、苦労が無駄になっちゃうこともあるだろうしね』


『そっか。でも残念、あたしたち『変身メタモルフォーシス』はできないわよ。習得していないもん』


『あ、俺はできるよ。『変身メタモルフォーシス』』


 宣言通り、ボルドーは『変身メタモルフォーシス』を即座に発動してみせる。

 彼の躰はぐんぐんと縮み、数瞬後、ボルドーが立っていた場所には、すらりとした肉体に革の鎧をまとった、濃すぎる緑なゆえに黒髪にも感じられる長髪の美形が現れていた。


『あ……、アンタいつの間に……』


『最後に会ってから何年経っていると思っているんだよ。さっ、あとはブルガリアがこれを習得すれば良いだけだね』


『えっ、マジ?』


本気マジじゃ」


 言ったのはアレクサンドリアである。他の4名も追従するように首を縦に動かしたことで、ブルガリアは反論の言葉を失った。


「大丈夫。ボクも使えなかったけど、『完全再現リプレイ』を使えばスグだから」


 経験者は語る、という感じにガナハがあっけらかんと言い放った。


 ガナハの言った通りで、歳経た龍族には龍言語魔法『完全再現リプレイ』という便利なものがある。一度自身の眼で見た技術や技、魔法などを、原理から完全解析し、それが自らの肉体、魔法力で再現可能ならば、名の通りに完全に再現してしまえるという、他種族からすれば完全なチート能力だった。


 ただ、ここにも落とし穴というか、苦労が無いワケではない。前提となる技術や知識を、全く習得していなければ、さすがに再現は不可能なのである。複雑な計算式の解答方法を示されたとて、足し算引き算も解らないようでは意味が無いのと同様だ。

 一を知り十を修めるには有効だが、ゼロでは無理、ということである。

 ブルガリアには、体内の魔力を少しでも動かした経験は皆無だった。


「大丈夫だよ。数時間練習すれば、できるようになるさ。要はライカンスロープの『変身』みたいなものなんだから」


 弟分であるボルドーにまでそう言われてしまっては、ブルガリアがこれから行うべきは1つだった。




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