497 第29話06:You’re My Sunshine-わたしはあなたの一番になりたい-②




 デメテイルが既に60年という長きに渡って王国第3軍に所属し続けているのは既に書いた。

 この間、彼女はずっと魔法の技術士官として活躍する一方、多くの新人教育にも携わっていた。


 第3軍の中にあって、デメテイルが所属する部隊は少々特殊である。

 全員が様々な分野に精通した専門的知識を持つスペシャリスト集団なのだ。

 そのため、毎年入ってくる新人たちの教育係としての一面も持っていた。各分野の専門家としての知識と経験を活かすのだ。


 おかげでデメテイルは他の部隊に所属する者から、よく『教官』などと未だに親しみを込めて声をかけられることがある。その度に、「キミはもう一人前なのだから、私を教官なんて呼ばないでいいよ」と返すのだが。


 こういうところがデメテイル自身も気づかない彼女の魅力であった。

 気さくで明るく、朗らかで誰に対しても分け隔てない。何よりも落ち着きがあり、優しい。

 安心感があるのだ。包容力があると置き換えても良い。

 そして、驚くほど美しい。のだが、それを鼻にかけた行動は一切した試しがない。


 これは、デメテイルもやはりエルフということなのだった。

 エルフは皆、容姿に優れた者ばかりである。ヒト基準で言えば村一番、街一番の美男美女がエルフの里にはひしめいていた。森都アルトリーリアも同じくである。

 そんな中で子供の頃より生きていれば、容姿の優劣は絶対の指標には成り得ない。全くと気にしないということはないのだが、優先順位はかなり低くなる。副の副の副といったくらいに。だからか、エルフ族で他者に対し、外見からだけで判断する者はいない。


 逆に言えば、エルフ族以外の人間種族、特にヒト族は外見を非常に重視する。

 誰がどう見ても第3軍で最も、どころか彼らの人生でも今まで見たことない美人でありながらそれをひけらかす素振りなく、しかも内面にも圧倒的に優れた存在が、周囲からの人気を得ない筈がない。

 しかも、新人の頃に世話になっていれば尚更だ。そこに男も女もなかった。

 ちなみにではあるが、デメテイルが人生の中で今まで見たことない美人、というのならばフラガルも全く同様である。


 デメテイルは60年もの長きに割って第3軍に勤続している。つまりは今現在第3軍に所属する者のほぼ全員が、彼女の元教え子となっていた。

 高過ぎる一個人への人気と同調意識が、偶像崇拝にまで進化するのはよくあることだ。

 デメテイルは正に本人は全くと気づかぬまま、第3軍全体の高嶺の花だった。

 これは彼女の所属する部隊員、部隊長も同じである。元教え子という意味でも、だ。


 そんな大切な花を横からかっさらおうとするフラガルに対して、デメテイル以外の隊員たちが仕事を邪魔される以上の苛立ちを感じるのも、当然の結果と言えた。

 ただし、男性隊員の中には、同時にその蛮勇さも認めるところでもあったのだが。


「やれやれ。本っっっ当に懲りないねぇ、あの人も」


 苦笑しつつデメテイルに話しかけた男性隊員も、そんな複雑な感情を胸に宿した人物であった。彼は続ける。


「煩わしいでしょう、デメテイルさん。もっと奥で作業してはどうですか? この辺りは、僕がやっておきますから」


 優しい言葉をかけてくる同僚に、デメテイルは少し疲れたような笑顔を返す。


「あはは……。そうね、ちょっと集中できないね。お言葉に甘えさせてもらおっかな」


「はい、任せてください」


「じゃあ……」


 そう断ってデメテイルは今日のミーティングで割り当てられた持ち場を離れ、数日後あたりの自身の持ち場に移動する。

 何をするのかというと、水の魔法を使って地下水脈の位置と深さを調べようというのである。それによって、トンネルを掘る位置とルートを決めるのだ。エルフであるデメテイルは水魔法の適性と親和性が高く、かなり深い位置まで正確に探ることができた。


 彼女が移動中の間も、フラガルと部隊長の口での攻防戦は続いている。

 事件が起こったのは、その数分後であった。

 それは、通常ならば事件にも事故にもならぬ、日常の小さな出来事に過ぎない筈だった。


 彼らは今でこそ土木作業の技術者として働いているが、本来は戦闘を旨とする職業軍人なのである。だからこそ人里からも警備が常日頃巡回する街道からも離れたこの場所でも、特に腕利きの護衛を雇うことなく作業を続けていられるのだ。魔物の1匹や2匹、ものの数ではない。彼らこそが腕利きの集団なのだから。


 現れたのはキマイラだった。

 西の辺境からもほど近いこの場所には、生息の記録はなくとも時々紛れ込むことがある。隣国から流れてくるのだ。

 キマイラは魔物の中では非常に頭の良い魔物として知られている。人語もある程度理解し、それでいて人間種が扱えないような部類の魔法を使用したりもする。しかも、狡猾で残忍。正に、魔の生物であった。


 現れたそのキマイラが、ただ1人突出した、群れを外れたように1人でいる女性をその殺戮と補食の対象として狙うのは、ある意味自然だった。


「拙いぞ、部隊長! すぐに彼女への援護を命じるんだ!」


「あなたの安全も確保せねばならんでしょうが!!」


 フラガルはモーデル王国の西地域中の貴族連中を束ねる大貴族の跡取り息子だ。傷ついて、下手に重傷でも負うことにでもなれば、この場の人間を含めて何人のクビが飛ぶか分かったものではない。

 彼の護衛が最優先事項だった。この判断に間違いはない。当然にフラガルの方も、彼自身の家が雇った護衛が数名いるが放って置くことなどできはしない。そして、その対象自体には自覚は無かったりする。


「私のことは良い! 頼む、彼女を! 私の未来の妻を守ってあげてくれ!」


「誰が未来の妻ですか!?」


 彼らが口論を続ける間にも、キメラは自身が標的を定めた相手に向かい、脇目もふらず突進する。


「カカカッ!」


 奇妙な擦過音が響いた。ある一定のレベルに達したキマイラは、人間種には原理の良く解っていない『振動波』の魔法を使い、言葉に似たものを発することができるようになる。それを使って獲物となる対象の恐怖を煽り、楽しむという酷薄なところがあるのだ。そう考えれば、あのキマイラのレベルは25以上は確実であり、身体の大きさと速度から察するに30を超えているようにも思えた。


 デメテイルのレベルは29。しかし、部隊長は安心して見ていられる。


「ご安心ください。彼女は決して、綺麗なだけの花ではありませんよ」


「ハナ?」


 そうこうしているうちに、キマイラが攻撃範囲に入ったのか走りながら跳び上がった。巨大な獅子のあぎとによって、他の人間からの邪魔が入る前にデメテイルを一気に仕留めてしまおうという算段に違いなかった。


「危ないっ!」


 フラガルが叫び声を上げるのと同時であった。

 突然、跳び上がったキマイラの下から凄まじい量の水が立ち上がったのだ。

 間欠泉である。

 無論、デメテイルが魔法で発生させたものだ。それが正確にキマイラの腹を叩いた。


「グオッ! ナッ、ナンダ!?」


 驚き慌てるキマイラ。だが、それはすぐに収まった。ダメージが無かったからだ。

 大量の水でこちらの動きを一時的に止めているに過ぎない。何もない場所でいきなり下から大量の水が飛び出すことなどないから、これは魔法に違いない筈だ。効果が切れれば終わり、つまりは一時しのぎである。キマイラはそう考えた。


「カカカカカッ! ジカンカセギノツモリカ!? イミナドナイゾ!」


「それはどうかしらね」


「!?」


 水量が増した。重ねがけなのだが、キマイラには解らない。


「オッ、オッ、オッ、オッ、オオッ!?」


 ぐんぐんと己の身体が持ち上がっているのは解った。

 気がついた時、キマイラは遥か上空から、豆粒のような大きさの標的を見ていた。


 フッ、と持ち上げられる感覚が失せた。

 一瞬の浮遊感の後、キマイラは元いた場所に向かって垂直に落下する。

 キマイラに飛行能力は無い。それに準じる魔法も無い。


「ギッ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」


 やはり、事件にも事故にもならぬ、日常の小さな出来事に過ぎない結果となった。

 そう。魔物の1匹や2匹、ものの数ではない。彼らは腕利きの集団なのだから。


 けたたましい音と衝撃を生んで、まともに残った器官は魔晶石くらいしか見られない状況を見て、フラガルは叫ぶように言った。


「やはり私の妻に相応しい! 是非、結婚してください、デメテイル様!」


「「「「「うおぉおい!?」」」」」


 多くの者のツッコミの声が重なる中で、たった1つの溜息音が誰の耳に届くワケはない。

 デメテイルの受難は続く。




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