496 第29話05:You’re My Sunshine-わたしはあなたの一番になりたい-
モーデル王国所属第3軍団。
通称第3軍と呼ばれるこの軍団は、名の通り王国に所属する第3番目の軍隊である。
ただ、第3番目と言いながら、実は最も長い歴史を持つ。王国の前身である前王朝時代にも、既に雛型ができあがっていたくらいだ。正式な設立は、王国の誕生と時を同じくする。
初代軍団長は建国の大英雄、赤髭卿ことヴォルレウス=ウィンベルの養子となり、かの名家を受け継いでいくことになるラギア=ウィンベル。
彼が軍団長である将軍職を別家に託し、国の中枢から離脱した後でも彼が残した理念は変わらない。
則ち、この国の平和を守り、人々のため奉仕することだ。
なので、外からの物理的な脅威が一時的にとはいえ消えようとも彼らの仕事がなくなることはない。無論、自己鍛錬に勤しむ時間は隊別に与えられはするが、それと任務完了後の休暇以外は各地に赴き、人々の生活向上発展がため力を尽くすのである。
これは王国第1軍のように、王都の治安とその北に隣接する大事な貿易路、そして食糧庫である巨大塩湖の安全を守るという恒久的な任務を持ち合わせていないことも大きな要因だった。
デメテイル=マリサ=アルトリーリア=スナイダーは名の一部が示す通り、森都アルトリーリア出身のエルフ族の女性である。
王国第3軍に所属しており、長命種でもあるがゆえに、既に約60年もの長きに渡って同軍に籍を置き続ける、言わば最古参の1人だ。
そんな彼女だが、昨年度の半ばあたりより、身内の事情によって長期の休暇を余儀なくされていた。
故郷の里、森都アルトリーリアにて1人の子供が行方不明となってしまったのだ。
エルフにとって同族同郷出身者は完全に身内である。身内同然ではなく、だ。
デメテイルはこれを解決すべく奔走した。結果として彼女の働きによって解決するのだが、事件は意外な方向に収束することになる。
意外な方向、とは、その行方不明となった少年ハーキュリース、通称ハークが長いエルフ族の歴史全体の中でも類を見ないほどに強くなってしまったことだ。
しかも、その力を活かして、たった1年という短い期間内にこの広いモーデル王国全土に名を轟かすまでの活躍を見せることとなった。
そのこと自体は非常に素晴らしいことだ。そして、称賛をすべきことだ。森都アルトリーリアにとっても、エルフ族全体にとっても、デメテイル自身にとっても。
しかしながら、その高まり過ぎた名声が、未だ成人前であるにかかわらずハークをアルトリーリアに留めておかない。彼の両親や祖父ズースも泣く泣くであったろう。デメテイルはそう視ている。
(けれど、それならそれで、森都の外で生きる私が面倒をみてあげれば良いよね)
実力的には兎も角、年長者として安心感と癒しをもたらしてあげられれば。あのトルファンのお姉さんよりも。デメテイルはそう考えていた。
だが、運命とは酷薄なもので、彼は姿を消してしまう。残念なことに。大変、残念なことに。
ズースによると、お目付け役としてあのトルファンのお姉さんをつけているらしく、大きく水をあけられないかと焦る。しかし、つい先日まで勤続60年間分の長期休暇を消化したばかりで、所属部隊にこれ以上の迷惑をかける訳にもいかない。
外には出さなかったが、正直悶々としていたところ、部隊ごとの出張を命ぜられた。
内容は、街道の整備。
王国第3軍は戦うだけが仕事ではない。むしろ、平和な時期はこういった、ある程度の期間と人員を必要とし、且つ魔物にも対抗できる能力を備えた自分たちにこういった仕事が回ってくることが多かった。
西の地方都市コスタ・デラ・ソルラ近郊に、王都につながる新しい街道を作るのだそうだ。
ただ、その場所がデメテイルとしては問題であった。再び行方をくらませたハークの行き先と、全くの正反対の方面なのだから。
おかげで今、デメテイルは更なる悶々とした日々を過ごしていた。
しかし、悪いことは重なるもので、更なる心労と頭痛の原因が発生する。
朝、デメテイルの所属する部隊が作業を開始すると同時に、
「おお~~、麗しき私の女神デメテイル嬢よ! 今日も大変にお美しい!」
「……またいらしたのですか、フラガル殿」
部隊長が応対してくれる。他の隊員はやれやれといった感じでそれぞれの作業に戻った。もうこれで5日目だ。デメテイルも含めて、慣れたものである。
襲来した
つまりは次期当主だ。そうは言っても、もう年齢は30を超えていた。
「部隊長、任務中済まないが君ではなく、デメテイル嬢と話をさせてくれないかね? お食事に誘いたいのだ」
「勘弁してください。彼女も任務中ですよ」
「それは重々承知している。しかし、私は彼女の美しい指が土木作業で汚れるなど耐えられないのだよ」
「彼女は魔法の技術士官です。直接の土木作業には参加しないので、土に汚れることはありませんよ」
「では、ますますお連れしてもよろしいということかな?」
「……そんなワケがありますか。彼女がいなければ正確な地下水脈の位置が分かりません。工期が延びることになりますよ。大体フラガル殿、今回のトンネル工事はあなたの領と王都を新しく結び直して時間的距離を大幅に短縮するものです。言わば、あなたの領のために行っているようなものなのですよ?」
「それは解っているのだがね……」
「理解してくださったのでしたらもうお帰り下さい。相手は最も川幅が狭い所でもキロ以上ある大河です。途中でその大河につながった地下水路にかち合ってしまったらアウトです。全て台無しのやり直しですよ。こんなの、ウチのデメテイルくらいしかできません」
「おお! さすがはデメテイル嬢! 我が未来の妻だ!」
「誰があなたの妻ですか……。話を聞いてください」
丸聞こえである。つまりはそういうことなのだ。
王国の7大都市の1つを擁する大貴族の跡取りが、何の因果か王国軍の1兵士に対し、強烈なラブコールという名の求婚をしているのだ。
やれやれ、と思う。
正直、嫌な人間ではない。デメテイルも同僚たちも部隊長も、仕事を邪魔されて多少イライラはするものの、向こうが強引な手段には決して出ない分別を有しているためか、怒りを
彼は中々のヤリ手として有名である。比較的、無能も多いと言われる王国西の貴族としては本当にマトモな部類だ。
王国西の地域は、モーデル建国当時、この国の発展スピードに周辺国家がついてこれず反乱等が次々と発生し、混乱を治めるためにモーデル王国がやむを得ず結果的に併呑した歴史がある。
その際に一刻も早い民の安寧を求めんがため、吞み込んだ土地を治める貴族たちもほぼそのまま取り込んだのである。
ゆえに所謂、悪い意味で貴族らしい貴族が、この西側には集中しているのだった。
相当な贅沢をしているのか、肥えているとまでは言えないが恰幅は相当良い。
それでも彼の発する言葉は、たとえ相手が軍の一部隊長程度であってもこちらを侮るようなものは無い。だからこそ、デメテイルたちは悪感情までは抱いていなかった。
それに彼の熱烈な求婚も、部隊長が個人的に調べてくれた限りでは、どうやら本気かも知れないらしい。というのも彼は30歳を超える貴族の長男としては実に珍しく、未だ結婚していないようなのだ。
どこか他の貴族の娘との婚約関係があるとの噂も、きれいさっぱり無い。
更に表情を見る限り、明らかな真剣さが漂っていた。
ただ、残念なことに彼、フラガルはデメテイルにとって明らかな守備範囲外である。
エルフとしてのデメテイルの実年齢はフラガルよりも遥かに上だが、彼女をヒト族に置き換えるとまだ20代真っ盛りなのである。外見もそれに準じるデメテイルからすれば、恰幅が良いせいで実年齢以上にも見えるフラガルは、既に外見上でかなり年上であった。
こういうのを可愛いと思うエルフもいるだろう。日々変化していく様も愛おしいと。
だが、デメテイルは駄目だ。年下なのに外見上は上、オマケに貫禄もあるパートナーなど趣味ではない。
そもそもデメテイルは年上の異性に対して恋心を抱くようなタイプではなかった。
かといって、年下に対して積極的に行く方でもない。
だからか彼女はヒト族の同僚たちから相当な奥手か、もしくは恋愛に興味のない人物なのではないかと思われていた。
デメテイル自身も、自分はそういうタイプなのではと考えるフシがあったが、最近になってそれは誤解だと気がついた。原因は、彼女自身の異性に対する稀有で特殊な好みの質、所謂ストライクゾーンの狭さにあった。
デメテイルの異性に対する好みは、外見は自分と同年齢程度までか下、それでいて内面的には落ち着きがあり安心感のある包容力を持つ者。
普通に考えれば解ることだろう。そんな存在がいる訳がない。特に後半が厄介である。エルフの女性であるデメテイルに対し包容力まで感じさせる異性ということはつまり、彼女よりも内面的な年齢で勝っていなければならないということになるのだ。
だがしかし、何事にも例外はあり、奇跡も存在するのである。
それがハークだった。
デメテイルにとって、ハークは理想そのもの。ほぼパーフェクトだった。唯一、実年齢だけがほんの少し足りないが、そんなものは4~50年くらい待てばいいだけだ。長寿命のエルフ族にとって、その程度の時間など無いも同じであった。
そんな彼女にとって、フラガルからの求婚は、どんなに彼が立派な貴族であっても煩わしいだけだった。
そして、彼女の同僚たちもまた、表面上はともかく心の奥の奥では同じようにフラガルを煩わしく思っていた。
実はデメテイルは王国第3軍の所属兵たちにとって隠れファンの多い、アイドルのような存在だったのである。
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