495 第29話04:Starlight hour-特別な時間をあなたに-②




 放っておくとあの時のことを思い出されて増々と怒られる気がしたので、レイリーティアはさっさと話題を変える。


「そう言えば、スヴェータさんこそ大丈夫なの? 今日は稽古日じゃあなかったですっけ?」


 確かそうだった筈だ。スヴェータはレイリーティアと違い、元々知名度を持ち合わせている。

 確実に後世にまで残るであろう超名作の主演を見事に務め終えた彼女のスケジュールは、1年近く先までほとんど決まってしまったと聞いていた。

 レイリーティアのスケジュール帳も3カ月先までギッチギチに予定が詰まってきているが、まだまだだ。


 スヴェータは前回の彼女最大の当たり役を演じる前から、次の仕事、全く別のフィクションものの公演に出演することがすでに決まっていた。

 聞いたところによれば、というかスヴェータ自身から聞いたのだが、先々週くらい前からそちらも稽古が始まるという話だったのである。


 だからこそ、レイリーティアはスタンから最初、自分に対してお客さんが来ているということを聞いても、すぐにスヴェータのことを頭に思い浮べることができなかったのだ。


 レイリーティアからの質問を受けたスヴェータは少し情けない表情になってからの笑みを見せる。これは、彼女が困ったときに良くする表情だった。


「……あはは。実は、ね……、こっちの公演が気になっちゃって気になっちゃって、あんまりにも稽古に集中してないって見抜かれちゃってね……。そんなに気になるなら見てこい! ……って怒られちゃった……」


「何をしてるんですか……」


 呆れたように言い、表情もそれに倣う。が、全て演技だ。

 本当は嬉しくて仕様がない。

 スヴェータにしてみれば、既に自分からは放れたプロジェクトの筈だ。それをまるで我がことのようにその成否を気にしてくれているのだから。


「でもね、でもね、ホントは公演を見させてもらってから、その後にリーティとは会うつもりだったの! けれど、さっき裏口から入るVIPの人たちを見かけちゃってさ……。リーティ、耳を……」


 レイリーティアは素直にスヴェータの唇に向けて左の耳を近づける。


「……?」


「……アルティナ女王陛下と、あとたぶん、リィズ様がいらしているわ」


「ええっ!? じょ……!?」


 あまりの突拍子のない衝撃にレイリーティアは大声で今聞いたばかりの言葉を復唱しかかってしまう。

 幸い、半ば予想していたのか眼の前のスヴェータが咄嗟にレイリーティアの口元を塞いでくれたおかげで大事には至らなかった。

 仕切りの特に無いカフェスペースの外から視線を向けてくる者も何人かはいたが、今は客席など公演の準備の最終段階だ。長い時間足を止めていられる裏方などいない。


「……な、なんで? 今は即位したばかりで多忙だから、初日にお越しになるのは無理だってお聞きしていたのに……」


「だから、そういうことなのでしょう? お忍びでいらしてらっしゃるのよ。まァ、よくよく考えてみればナルホド、と思ったわね。今、アルティナ陛下とリィズ様が揃って現れたりなんかしたら、人が押し寄せてきて下手をすればパニックになるからね。誰かから漏れる危険を避けたのね。変装をしていらしたのも、お日取りを明らかにされなかったのもそのためでしょう」


「……変装、ですか?」


「ええ。お2人共、たぶんカツラね。陛下は茶色のもの、リィズ様は金髪のものだったわ。前髪のボリュームがギリギリ不自然にならないくらいまであって、目元までは見えなかったけれどね」


 それは確かに変装と言えるのかも知れない。

 というか、そうなると口元だけを見て判断したことになる。


「スヴェータさんは、よくお2人だって気づけましたね」


 レイリーティアが素直に自分の心情を吐露すると、スヴェータは得意気な笑みを浮かべた。


「当然よ。伊達に陛下の役をやらせてもらってはいないわ!」


 彼女は自信満々の様子で言い放つ。それを見てレイリーティアは即座に納得した。


「あ、そっか。そうですよね」


 前公演で彼女、スヴェータは演じるべき相手、その頃はまだ王女であったアルティナ陛下を何度も何度も観察して、癖とか仕草を徹底的に自分の中に落とし込んでいったのである。

 公式に面会させてもらった時はもちろん、市民達に演説を行っている時もわざわざ会場にまで必ず足を運んでまで。

 そんな彼女にとって、アルティナ女王陛下はもう家族よりも身近な存在なのである。一目で気づかないハズがない。


 観察力が無くては良い演じ手にはなれないとは良く聴いた話ではあるが、一流となるには一流の努力が必要なのだと思い知り、レイリーティアも演じるべき相手の修練風景などを毎日見に行ったりしたものだった。

 ただ、こちらは見物客が多過ぎたというか、元々他者に見せるものでもないからか、早々と王都の外で行われるようになってしまい、そうそう上手くはいかなかったが。


「ねぇ、リーティ。あなた達、今日陛下がいらっしゃることを知らなかったってことは、なぜ変装してまでって、もう一つの理由も解らないわよね?」


「は、はい。もちろんです」


 当然だ。見当もつかない。

 戸惑いを見せるレイリーティアのテーブルの上に置かれた手を、スヴェータがその両手で包み込むように握った。


「ス、スヴェータさん?」


「よく聞いて、リーティ。私も先日、関係者からまだ噂の段階だ、って念押しされてから聞かせてもらったんだけど、私たちが前公演で演じたあの舞台、あれを今日からあなた達が演じる『凍土国遠征譚』を含めて3部作とする構想が持ち上がっているらしいの」


「えっ!? ……ということは、今回の後にもう1作品っていうことですか?」


 スヴェータはしっかりと肯く。


「そうよ。3本目の題材は恐らく先の王城で行われた『模擬戦争』の模様と、その後の『巨大水生魔物の討伐戦』じゃあないかしら」


 なるほど、と納得できる話だった。ただし、記憶に新し過ぎる。まだ2カ月ほどしか経過していないのだ。水面下で仕事が進められていても、本当に構想段階なのではないかと思われた。

 とはいえ、演目の題材としてはスヴェータが言う通り適切だろう。

 あの戦いは最後の方で西大陸ナンバーワン冒険者が急遽参加している。あの人物を演じられるキャストを見つけるには、また骨の折れることになりそうだった。


 そこまで考えて、レイリーティアはある事実に気づく。


「それじゃあ、スヴェータさんも!?」


 そうなのだ。先の王城で行われた『模擬戦争』を舞台化するならば、アルティナ陛下の役は必要不可欠である。


「そうよ! もう一度、アルティナ陛下を演じられるかも知れないの! あなたと一緒にね!」


「そ、そうなったらすごく嬉しいです!」


「ありがとう、私もよ! あなたか私、どちらが主演になるかは分からないけれど、出資元もかなり乗り気って話なの。大成功した暁には、モーデル王国の主要7都市を同じ構成、同じキャストで回って上演するって計画もあるみたいなのよ!」


 出資元とは国の首脳部ということだ。その中心中の中心人物が、本日この劇場に足を運んでいるということは。


「そんなの絶対にやりたいです! ……ハッ、じゃあ今日の突然のご来訪は!?」


「ええ、その通りよ。この先に続くプロジェクトの、大事な大事な試金石になる可能性があるわ、今日の舞台は!」


 急に重いプレッシャーを貰った気がした。しかし、すぐにそれは強い高揚感へと変わる。やってやるぞ、という意思に変わる。

 大体からしてプレッシャーを受けるなど演劇ではいつもの事だ。はね返してこその役者である。

 レイリーティアもスヴェータの両手をぎゅっと握り返す。


「分かりました、スヴェータさん。私、すっごく頑張ります! きっと今日の舞台を成功に導いてみせます!」


「その意気よ! 私は今日、何もできないけれど、せめて客席で応援しているわ!」


「はい!」




 それから1時間後、舞台開始予告のアナウンスが城内全体に流れた。

 舞台袖に待機するレイリーティアに、いつものようにスタンがあの英雄剣士の武器を模した模造刀を手渡してくれる。

 小さく礼を言ってそれを背に括りつける頃、スタンを含めた共演陣はいつも驚く。

 最早レイリーティアに、先程までの小さな少女のような面影は消えているからだ。

 凛々しく、自信に満ち溢れ、鋼の意思を宿した瞳に。


 レイリーティアは自身に言い聞かせる。いつものように。

 今から自分はモーデル一の剣士、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガーなのだと。




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