494 第29話03:Starlight hour-特別な時間をあなたに-




「レイリーティアさん、お客さんだよ!」


「あ、はーーい!」


 俳優陣控室のドア外から聞こえてきた声に、レイリーティアは即座に返事をする。

 声の主はたぶんスタンだろう。

 彼はレイリーティア達からすれば所謂本職ではないが、侮る人間は誰もいない。

 彼は今や構成原案とも呼べる立場だ。本公演における題材は事実を基にしており、他の創作物とは一線を画すが、フィクションものであれば原作者と呼ばれても良いくらいである。


 気さくで大らか、博識多芸の何でもできる人物で、前回の公演でも話の基となった人物たちと個人的に知り合いというコネを活かして脚色の使用を認めさせるために奔走してくれるなど、色々と骨を折ってくれた。

 そして何より、まだ演劇への夢を持っていただけの単なる街娘の1人でしかなかったレイリーティアに、今や王都でその名を知らぬ者のいない英雄の役を演じる機会を与えてくれた恩人でもある。


 そんな方を待たせるワケにはいかない。

 レイリーティアは読み込んでいた台本を、既に仔細に渡って頭の中に完全に入ってはいるものの約1時間後の本番に向けて自分を落ち着けるために改めて眼を通していたそれを、丁寧に閉じてから椅子の上に置き、次いで素早く立ち上がった。

 そして他の、自分なりの方法でリラックスしたり、逆に集中したり、ストレッチなど準備運動に余念がないなどの、レイリーティアの他の共演者たちの邪魔をせぬように足音をできる限り立てないように注意しながら、それでも速足でドアへと駆け寄って開ける。


 レイリーティアの予想通りスタンは、ドアのすぐ近くに柔和な表情を携えて待ってくれていた。


「お手数かけてすみません、スタンさん。私にお客様ですか?」


 聞きながらもレイリーティアには、特に心当たりはない。

 レイリーティアは幼い頃から演劇の道を志していたものの、つい最近まではその低い背丈や幼い容姿のせいで子役や端役ばかりだった。

 なので、この業界での深い付き合いの友人というのがほとんどいない。両親を含めた他業界の友人知人はまとめて明日に呼んでいる。

 公演の初日1時間前に訊ねてくるような人物に、レイリーティアは本当に心当たりがなかった。


「ああ、いいんだよ。気にしないでレイリーティアさん。お客さんってのは、あちらさ」


 にこやかなスタンが手をかざして指し示した1人の可憐な女性が立っていた。


「あっ、スヴェータさん!」


 そこには前公演、トゥケイオス防衛戦の模様を描いた舞台劇『黒き呪いを打ち破る英雄譚』にて、公演中に女王として即位なされたアルティナ=フェイク=バレソン=ディーナ=モーデル陛下役を演じ、主演を務めた女優スヴェータの姿があった。




 丁度1カ月前に終了した前公演は前代未聞、前人未到とまで評されるほどの大盛況、大成功を収めた。

 国家的プロジェクトとして巨額の援助を受けたことで宣伝活動だけでなく、演出に幾つかの最新技術や魔法まで使用できていたことも大きい。市民の間でも、他の演目とは迫力が段違いとの評判で持ち切りだったという。

 こういった演劇という芸術要素の強い項目に国家が下手に関わると、表現の規制やなんだと横やりが入って結果的に興行失敗となることも多いらしいが、関係者各位が非常に頑張って力を尽くしてくれたお陰か、最高の状態で千秋楽を迎えることができていた。


 再演が約束されたと言っても良い前回の公演期間中、主演のスヴェータとキーパーソン役であるエルフの英雄剣士、ハーキュリース=ヴァン=アルトリーリア=クルーガー役を演じきったレイリーティアは急速にお互いの仲を深めていくことになった。

 元々、演目中の掛け合いも多い両者だ。相性の良し悪しが公演の成否にも関わりかねない。


 なので、始めこそレイリーティアの方が積極的に距離を詰めていった憶えがあるが、すぐに双方が双方に歩み寄る形となっていった。


「ごめんなさい、リーティ。お邪魔じゃなかった?」


「ううん、大丈夫です。スヴェータさん。かえって落ち着けます!」


 今ではスヴェータはレイリーティアを基本的に愛称で呼ぶほどだ。

 2人は連れ立って、公演会場内に併設されたカフェスペースに移動していた。


「ふふっ、1カ月ぶりね、リーティ。元気してた?」


「もちろんです。スヴェータさんもお元気そうで何よりです」


 2人は笑顔を交わす。

 今回の公演からヴィラデルディーチェ=ヴィラル=トルファン=ヴェアトリクス役で参加することとなった大女優アンダルーシャは、2人の関係を知って、まるで姉妹みたいねと子供のようにコロコロ笑っていた。


 ちなみにヴィラデルディーチェ役に決まったといってもアンダルーシャの肌は白い。初めて間近で見た時はまるで雪のようだと思ったものだ。レイリーティアはまだ本物の雪を見たことはないが。


 なので、公演中は濃い色のドーランをほぼ全身に塗りたくることになる。

 汗をかくととんでもなく酷いことになってしまうから、抑えなくてはいけないのが大変らしい。魔法使い役なのであまり激しく動くことはないのでまだ何とかなると言っていたが、そもそも意識的に汗を止められる時点でスゴイ。レイリーティアはまだその境地には辿り着けていない。


 背が高くてシュッとしてて、それでいて出るところは出ている。レイリーティアからしてみれば、理想の女性体型だ。

 もちろん、そうじゃないとヴィラデルディーチェ役などに選ばれたりはしない。基となった彼女は、とんでもなく整ったグラマラスな肉体を持つエルフの女性冒険者なのだから。


 運命のように導かれたかのような役を授かった今、自分の幼く見られる容姿も悪くはないと思えるようにはなってきたが、やっぱり憧れる体型だ。スヴェータも散々、羨ましいと語っていた。


 レイリーティアとスヴェータがここまでの仲となったのは、2人の境遇がよく似ていたからであった。

 スヴェータは、今年17歳になるレイリーティアよりも2歳年長で19歳。彼女もレイリーティアと同じように子役からそのキャリアをスタートさせている。

 しかし、レイリーティアに比べればまだマシとはいえ、彼女も童顔で実年齢よりも低く見積もられる容姿をしており、一定の知名度は既に得ていたが当たり役というものに巡り合えていなかった。


 そんな時アルティナ女王の王太子時代の役を演じる機会を得て、しかも主演まで務めることになったのである。打ち込まない筈がなかった。

 そして同じように、全身全霊でもって役に挑もうとするレイリーティアに、戦友以上のシンパシーを抱くのも必然だったのかも知れない。


「私のことはいいのよ。リーティ、また無茶したりしていない?」


「あはは。もうあんなことはしませんよぉ」


 とはいえ、どうも危なかっしいことをする娘だとも思われているらしい。

 レイリーティアが語ったあんな・・・こと、とは、かの英雄剣士の刀に似せた模造刀を上手く振ることができなかったレイリーティアが、冒険者を雇ってまでレベル上げを行ったことである。


 結局、関係者にバレてスヴェータを含む共演者たちにこっぴどく叱られてしまった。




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