493 第29話02:You Make me feel invincible-あなたの存在は俺を無敵にしてくれる-②




「行くぞ! エラン、エレン!」


「「うおぉいさぁあああああ!!」」


 先程までの走りからクヴェレたちは、助力を申し出た同業者らしき3人組のレベルは30を超えていようとも、残念ながら自分たちには少し及ばないものと考えていた。

 ひょっとすると5レベルくらい違うのではないか、とも思っていたくらいである。

 だが、助力の許可を得てトップスピードへと移行した彼らの走行速度から、明らかに自分たちと同レベル帯であると判断することができた。これなら、安心して共に戦える、相手が強敵ヒュドラであろうと。


 ただ、その判断が少し遅かったようだ。

 自分たちと反対方向に進む彼らとクヴェレたちは交差し、勇敢に助太刀を申し出た彼らを突出させてしまう結果となった。


「ぬぉおお!?」


「ぐっ……!?」


「うおっ! ……おい、アンタら!」


 急ブレーキをかけ、反転するも遅い。

 だが、その見事なスピード変化はクヴェレ達だけでなくヒュドラをも虚を突いた形となり、易々とその懐に到達する結果となっていた。


(緩急……ってヤツかよ……!? かなり見事な……!? あの方を思い出しちまうな……)


 半年ほど前にこの地へと赴くこととなった原因の人物の姿がどうしても思い起こされてしまう。彼もああいった緩急の使い方が実に見事だった。3回ほど対戦して、3回ともいとも簡単に間合いを詰められた記憶が、やや羨望と苦味を含んだ経験として蘇る。


(まさか……同門、じゃあないよな……?)


 この世界では先程の青年たちのような特殊な歩法を使う者は珍しい。

 珍しいというか、ここワレンシュタイン領以外では出会ったことがない。

 今では尊敬と憧憬にも似た念を抱いている彼と、この地の鬼族と獣人族の軍人が近いものを実戦で使用しているくらいだった。そして今、4人目5人目6人目である。


(……っと!? 悠長に考えていられる場合じゃあなかったか!)


 眼の前では、クヴェレ達が先行を許してしまった3人組の戦闘が、既に開始されようとしていた。


「ズィモット兄弟! 頭の方を頼む!」


「了解! 『剛連撃』!」


「『剛連撃』! でりゃりゃりゃりゃああ!!」


 左右の2人組が真ん中の1人をその巨体で挟み、包み隠すようにしながらSKILLを発動する。

 良いコンビネーションだ。彼らがヒュドラの首から上を身体を張って受け持っている間に、真ん中の恐らくリーダー格の青年が更に一歩踏み込んだ。

 同時に、彼もSKILLを発動する。


「亜流奥義・『旋風閃華』ぁ!!」


 クヴェレは驚いた。青年の持つ剣、刀が易々とヒュドラの胸部を斬り裂いたからだ。

 しかも深い。分厚い皮下脂肪を確実に貫通している様子が見て取れる。骨が露出するくらいだろう。

 だが、青年の攻撃はそこで終わらない。更に更にと踏み込むと、寸分違わぬ場所に左手で保持する小盾の底を打ちこむ。


 メキリ、と骨の軋む音を感じたような気がした直後、全く同じ個所に連撃が加えられる。

 刀、盾、刀、盾、刀、盾―――

 右手の武器、左手の武器が交互に振られ、重ねられていく。

 高レベル冒険者の眼でさえ追い切れぬほどの連続攻撃が次々と決まり、クヴェレがその攻撃回数のカウントを諦めた頃、都合8度目の攻撃が初撃で斬り開いた傷口を完全に押し広げた。


「うぉおおおっ!!」


 そして9度目の攻撃、再度小太刀での攻撃が決まり、ヒュドラの胸元から拳大の魔晶石をかき出していた。


 全力で暴れ回り青年の左右を守護する巨漢2人組に襲いかかっていた8つの首も動きを停止させ、その躰ごと背後にゆっくりと倒れゆく。

 しかし、クヴェレ達6つの瞳は荒地の上に硬質な音を立てて転がる魔晶石に向いており、それが倒れ伏す光景までは見ていなかった。

 決着の瞬間を。


「ふう~~~、やったぜ……」


 深く息を吐く青年刀使いが、戦闘態勢を解いていた。


「す、すげえ……。も……もう終わっちまったぞ……」


「マジかよ……。ヒュドラが一瞬だと……? 信じらんねえ……」


 シュクルとオットーの2人から、驚愕で思わず口から漏れたかのような声が聞こえてきた。

 クヴェレとて、信じられぬのは同じだった。



 助けられたというのにいつまでもぼうっと立ち尽くしている訳にもいかず、クヴェレ達は頷き合うと揃って近寄っていく。


「助かったよ。礼を言わせておくれ」


 ほとんど独力でヒュドラを討伐しきった青年刀使いにまず声をかけたかったが、彼はまだ息を整えているような素振りを見せていたので、すぐ隣の大斧を携えた巨漢戦士に向かって伝える。言い放ったクヴェレとしては、声がかすれたり淀むこともなかった自分を褒めてやりたい気持ちであった。

 対する巨漢戦士は、にっと笑う。

 随分と強面である。そのせいで満面の笑みでも妙に迫力を感じてしまう。


「おう、気にしねえでくだせえや! こういうモンは、持ちつ持たれつ、ってヤツでしょうや!」


 が、発せられた返答は、その表情の迫力とは裏腹なものだった。

 大抵、冒険者のこういった謙遜というのは、慣れていないことによる照れや、他に何か別の狙いや意図が潜んでいるものである。

 しかし、どうにも本心のように感じられた。このテの台詞を言い慣れているように思えたからだ。


(救援専門でやっているパーティーか?)


 そういう冒険者も稀にいる。

 実はクヴェレ達もかつて所属したギルドの支部長から是非にと要請されて、仕方無くわずかな期間務めたことがあった。

 しかし、月の稼ぎの合計が減ってしまい、辞めることになる。1つ1つの仕事に対する成功報酬額は断然高いのだが、頻度が問題だった。


 救援依頼など、毎日定期的にある訳ではない。というか、毎日もあったら問題すぎる。

 それでもいつ起こるとも知れない不測の事態に備えておかねばならず、所属ギルドには常に居所を明らかにしておく必要があり、しかもなるべく近場に宿をとってなどして待機しておかなければならない。

 これが結構暇なのである。効率よく街で時間を潰せる趣味や手段でも持っていなければやってられないと判断したものだ。


 救援依頼専門のパーティーを用意しておくなど、相当数の冒険者を抱える都市、モーデル王国であれば主要7都市のギルドのみである。その中でも、起こりうる回数からすれば、専門まで用意する必要があるのは王都を含めた国の中心に近い4都市に限られる。

 王都のレ・ルゾンモーデルの他、北の地方都市ロ・ルーソン、軍都アルヴァルニア、そして古都ソーディアンである。


 この4都市、及び周辺地域は辺境などと違い、長い間ヒト族が住んでいたおかげで強力で危険な魔物は大体狩り尽くされている。

 おかげで住むには安全だ。モンスターの数も少なければレベルも低い。

 ならば何故、本来危険である筈の辺境の都市に比べ先に挙げた4都市の方が、より救援依頼が発生する頻度が高いのか。

 答えは、その4都市にあるギルド所属の冒険者に初心者の数が多いからだ。


 敵が強力な都市のギルドはベテランが多い。

 ベテランは命の懸け時を知っているから無理をすることが少ないし、ちょっとでも勝敗の帰趨に不安があればクヴェレ達のように撤退する。その方が、結局は他者に迷惑をかけることが少なくなるのである。


(……ん? そういえば最近、専門とはいかずとも救援依頼を積極的に受けつけるようになったパーティーが、随分と名を上げたと聞いたな……。あれはどこの都市だったか……?)


 クヴェレとて情報の重要さは、多少は理解しているつもりだ。だが、どんな情報の取得にも金がかかる以上、厳選する必要がある。

 かなりの倹約家である彼女は、収集する情報を自身の所属するギルドの都市と、その周辺に絞っていた。

 だが、半年ほど前にオルレオンを訪れて、これではいかんと痛感することとなった。

 とはいっても、長年の癖というのは侮れぬものである。即座に思い出せぬというのはそういうことだろう。


 クヴェレがそんなことを考えている間に、シュクルが巨漢のもう1人の片割れ、巨大棍棒を担いだ顎髭面の方を見て言う。


「なぁ、ところであっちの人は大丈夫なのかい? 顔色がどうも悪いようだが……」


「む? おう、エレン、どうした?」


 いつも残念なシュクルが珍しく他者の異常に逸早く気づいた。確かにエレンと呼ばれた方の巨漢の顔色は優れない。息も荒い。


「攻撃を喰らったのか?」


 リーダー格らしき刀使いの青年も話に加わる。彼の方は既に息を整え終わっていた。


「いやあ、噛みつかれはしませんでしたがね、毒液までは躱せませんでしたわ。ひっかけられちまいました」


 見ればエレンと呼ばれた男の左腕が紫色に腫れあがっていた。

 クヴェレはそれを見て、パーティーの倉庫番であるオットーに向かって即座に指示を飛ばす。


「コイツはいけないね! オットー、回復薬だ! 早く!」


「お、おう! 了解だぜ!」


「え。良いんですか?」


 マジックバッグから取り出された高級回復薬を見て、刀使いの青年が問う。


「良いも悪いもねえさ。助けられたのはこっちなんだ。遠慮しねえで使ってくれ」


 やや無理矢理気味に手渡すのを促した。かなりの深手でも一瞬で治す優れモノだ。

 でも惜しくはない。クヴェレは時々ケチとまで罵られる倹約家だが、倹約にもするべき時とするべきではない時がある。


「ありがとう。恩に着ます」


 青年はそう言うと巨漢の左腕に受け取った高級回復薬をかけて、残りを飲ませた。

 すると、全体的に紫色だった腕がみるみる元の正常な状態に戻っていく。

 それを見て巨漢の仲間たちは安堵の息を吐いた。横で見ていたクヴェレ達も同様である。


「ぷう。……助かりましたぜ。ありがとうございまさあ」


「礼はもう良いさ。本来はこちらが言う方なんだからさ。ところでアンタらレベルいくつなんだい? 抵抗レジストできなかったってことは、まさかレベル31より下か?」


 ヒュドラの毒は持続ダメージを受け続ける非常に強力で厄介なものだが、噛まれて注入されたものならばともかく、かけられた程度なら同レベル帯であれば抵抗レジスト可能な筈である。持続ダメージの部分は受けずに済ませられるのだ。


 高レベルともなると病気にかからなくなる論理と同じなのだと、昔、ギルド寄宿学校で習った。

 より高レベルの強力な毒によるものでなければ通じなくなるらしい。

 肌接触による毒攻撃への抵抗は、個人差もあるが大体レベル差3くらいからいけると聞いた。

 討伐されたばかりのヒュドラのレベルは恐らく目算で35。逆算すれば31から下は抵抗力が足りなくなる計算になる。


 最初にクヴェレが話しかけた方の、口髭の巨漢が首をひねりながら答えた。


「ええと、俺らいくつでしたっけねぇ? シンの親分がレベル31でしたから、それ以下なのは間違いねえんですけど」


「はぁ!? 31ィ!?」


 オットーが素っ頓狂な大声を上げる。クヴェレにもその気持ちは解った。ヒュドラはタフなモンスターだ。それを、仲間の援護によって攻撃に専念できたとはいえ、一瞬で倒し切るのは尋常ではない。

 レベルで勝っていれば不思議ではないが、逆に負けているというのにもかかわらず、というのは余程の攻撃力が無ければ不可能だ。何しろレベル38の自分でさえ、あんな短時間に倒し切れと言われたら自信がない。


「すげえだろぉお? ウチの親分の攻撃力は天下一品だぜぇ!」


 先程まで青い顔をしていた巨漢が自分の事のように自慢げに言う。だが、自慢したくなる気持ちも解るというものだった。


「おお、大したモンだよ。ハークさんを思い出すなぁ。あの人の攻撃力はトンデモなかった……」


「はは……。師匠の刀は一撃必殺だからね。まだまだあの人の境地には……」


「あ!? 師匠!?」


「……あ」


「はははっ! 聞いたことねエですかい!? あのお方の一番弟子の名を!」


 今度は口髭の方が自慢げに語る。

 クヴェレ、シュクル、オットーの3人にも聞いた憶えがあった。


 古都ソーディアンで最近、急速に名を上げたパーティー『冠鷲クレステッド・イーグル』。その若きリーダーは、とあるエルフの英雄剣士、その技巧を受け継ぐ彼の一番弟子であると。


 そして、自らの剣術を『エルフ正統流刀剣術・亜流』と名づけていることも。


「「「――――じゃあ、アンタが……シン!?」」」


 3人の迫るような大声に、青年は赤面して頷いた。



 彼らがこの後、同じ人物に大いなる影響を受けた者同士として、親交を育むのは言うまでもない。




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