第29話:You Make Me Brave

492 第29話01:You Make me feel invincible-あなたの存在は俺を無敵にしてくれる-




 初夏。モーデル王国辺境領ワレンシュタインの気温は急速に高まる。

 これは荒地の上という環境が最大の要因であった。

 この季節からしばらく、半年間くらい雨がほとんど降らないのだ。雲が一日中空一面を覆うことも非常に少なく、晴れの日が圧倒的に多くなる。

 日照時間は伸びる一方なのだから平均気温も上がる一方なのだ。


 かといってワレンシュタイン領の年間降水量が、王国の他地域と比べて圧倒的に少ないかと言われればそうでもない。南にある旧王都、ソーディアンともほとんど差がないくらいである。

 ただし、ソーディアンでは雨が1カ月に渡って1度も降らないということはなく、逆にワレンシュタイン領はこれから半年間に雨が降る日数は片手で数えられる程度。

 このからくりはつまり、ワレンシュタイン領はこれから乾季に入り、これまでが、具体的に言うと数カ月ほど前の冬の時期が、所謂雨季であったことを示しているのだった。


 ただ、雨季と言えど降ったのは雨ではなく、大量の雪であった訳だが。

 ワレンシュタイン領はこの大量の雪をそれぞれの土地にある窪地にかき集めて、乾季の間の農業用水や生活用水の一部として利用する。飲み水などは基本的に魔法や法器から生産するものを使用するが。


 領都オルレオンやその他の村など人の住む場所以外に降った雪は、そのまま融けて大地に消えていくのが常だ。

 残念ながらワレンシュタイン領の土地の多くは吸収した水をそのままに留めておく能力はない。それらはあっという間に表面からは失われ、それ以外の水分は地中深くまで浸透し、地下の水脈を伝って南部の湿地地帯へと集まる。そう考えられていた。


 土地の改良で森林地帯や田畑を多数こさえたものの、ワレンシュタイン領は未だに多くの問題点、改善点が残されているということだ。


 そしてとにかく、今日も天気が良くて暑い。

 日陰に入らねば、立っているだけでも汗が出るし、動けば尚更だ。乾燥しているので気持ちが悪いというほどでもないが、荒地ゆえに常日頃に吹いている風も今日だけは微風に近かった。


 そんな中、領都から十数キロ西の街道から少し離れた場所で、3人の若者が走っている。

 当然ながら全員が大量の汗を吹き出しながらだが、気にする様子もない。余裕もなかった。


「だあああああ、ちっきしょおお! またかよおおお!」


 いつかの既視感を抱きながら、先頭を走るクヴェレ=グランメールが叫ぶ。

 最もレベルが高く、近接戦を旨とする戦士ならではの高いSPスタミナポイントを所持するがゆえにトップを走る彼女だが、続くパーティーメンバーのシュクル=ルーグリュックとタクマラカン=オットーもクヴェレとは1レベルの差しかなくほとんど負けてはない。

 その3人の背後をつかず離れず追い駆けているのが1匹のヒュドラであった。


「くっそーーー! 何でまたヒュドラが出てくるんだよお!?」


 半ば本気のダッシュを維持しながらシュクルもキレ気味に大声を上げた。彼我の距離を測るために確認がてら見るそれは中々に大きく、これまた既視感を誘う。

 同様の感覚を味わう最後の1人、オットーもまた叫んだ。


「これじゃあ、あの時と状況が一緒じゃあねえか!」


 あの時とは、半年近く前にこの3人で、辺境領ワレンシュタインの地を訪れた時のことである。

 あの時も、この3人は領都オルレオン近郊でヒュドラを相手に追い駆け回されていた。

 モンスターは躰の大きさで大体の強さ、つまりはレベルが判断できる。そう考えれば、あの時と全く同じ大きさのように視えた。と、いうことはレベルも同じであるのかも知れない。


 ここまででオットーのボヤキも、さもありなんといった感じだが、実はそうでもない。

 確かに今現在の状況だけで考えればそっくりだと評価しても差し支えないだろう。しかし、それ以外の状況は、まるで異なるのだった。


 まず、前回は特に目的がなかった。適当に街の外で哨戒を行い偶然に遭遇した魔物を討伐するという、冒険者として大切な仕事の一環ではあるものの、誰に頼まれた訳でもない自主的な行動からであった。

 しかし、今回は違う。

 街道筋に出没した巨大蜥蜴とかげ系モンスターの集団、どうやら縄張り争いをしており、複数体が付近を通行する人々にとって危険な状態となっているらしく、正式な討伐依頼をギルドより請け負ったのである。


 元々からして別だった。

 前回、彼らは彼らなりの理由を持って、所属するギルド、王国南東端の都市コエドからわざわざ3週間もかけてまでこのオルレオンへと訪れた訳だが、これは彼らの力が必要だったりとかで誰かに呼ばれて来た訳ではない。彼ら自身の目的と計画のためにこの地を訪れただけである。言わば勝手に来たと言ってもいい。

 だが、これも今回は違った。

 彼らは直々にオルレオンの冒険者ギルドより招聘され、今回、この地を訪れたのだ。


 この招聘の大元はどうやらワレンシュタイン軍であるらしい。

 とある遠征の任務で軍の主力部隊の1つが領を離れるので、その間の戦力補強を考えて、とのことのようだ。

 彼らの他にも、様々な主要都市ギルド支部の主力パーティーが呼ばれている。軽く聴いたくらいだが、そうそうたる顔ぶれであった。


 自分たちもその内に名を連ねているということで、俄然、意気が上がってしまうというものである。

 クヴェレたちは昨夜遅くにこの都市に着いたばかりだったが、今朝早速とオルレオンの冒険者ギルドから今回の依頼をお願いされて、意気揚々と出発した。


 依頼通りに相争い合うレベル33同士のジャイアントリザードを発見し、首尾よく討伐したとこまでは良かったのだが、ここで倒し切ったジャイアントリザードの血の匂いを感知してか、1体のヒュドラが突然場に現れたのである。


 ヒュドラは8つもの頭を持つため、空気中の匂いを感知する能力に異常なほど優れる。加えて強敵だ。モーデル王国内に生息が確認されているモンスターの中では1、2を争う程である。

 ジャイアントリザード2体を討ち倒したばかりの消耗した状態で戦う相手ではない。彼らは迷わず逃走を選択した。

 正しい判断の筈である。


 当然に、高レベル冒険者パーティーであるクヴェレたちはまだまだ余力を残していた。

 だからこそ逃走に支障はない。ない訳だが、気分良く依頼を終わらせたら、用のないお邪魔虫的な強敵が突然に出現、一転してこちらが追い駆けられる羽目になるなど釈然としないばかりか、もしこれが運命とかいうヤツであるならば文句の1つや3つ言いたくはなる、というものであった。


「ちっ! 見れば見るほどあの時とそっくりだぜ! おう、どうだ!? やるしかねえんなら、やれそうか!?」


 疾走しながらも首だけで振り返ってのクヴェレからの問いに、オットーとシュクルが順に答えた。


「いけると思うぜ!」


「俺もだ! まだMPマジックポイントの半分くらいは残ってるからな! けどよォ、そいつは最後の手段だろ!?」


「勿論だ! 毎回毎回命を懸ける戦いなんぞやってたら命がもたねえからな! シュクル、足止めに良い場所はあったか!?」


「おう! この先を左に……!」


 そう言いかけたところでシュクルは気づいた。このまま真っ直ぐ前方の数キロ先にある街道の方面から、3人の人物がこちらに接近しつつあることを。

 一瞬、シュクルはぎくりとする。街道から外れた一般人が偶然近くにいたのかと思ったからだ。だが違った。その3人はこちらに向かって駆けてきていたからだ。

 どうやら3人共男性で、見るからに同業者のようだった。両脇の二人は馬鹿デカく、それぞれその巨体に見合った大斧と巨大棍棒を携えている。

 真ん中を走る男性は、ヒト族の青年としては普通の体格である。ただ、その腰に佩いた剣の鞘は奇妙な反りを持つ、最近になって見慣れてきたものであった。それに気づいた時、彼が言った。


「あんたら、助太刀はいるか!?」


 何から何まで既視感があるな、とシュクルが思うと同時にパーティーリーダーであるクヴェレが「頼む!」と返す。


 その瞬間、前方から走ってくるの彼らの速度が倍となる。

 そして、真ん中の青年が背の小盾を左手に装備すると共に、右手で反りのある奇妙な剣、刀をするりと抜き放っていた。





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