485 第28話24:血を流す者、血で贖う者②




 当初、モーデル王国側は帝国との全面戦争に乗り気ではないように感じられた。

 それならそれで何度か講和を重ね、領土や賠償金を少しずつ毟り取り、最終的には丸裸としてやれば良い。そういう進言も多かった。が、実際にはモーデル王国は何かしらの国内問題に対処中であったらしく、ひと通り完了した後は猛然と反撃を開始してきた。


 それは正に痛烈であった。

 当初はモーデルの王都レ・ルゾンモーデル近くでの最終決戦を目算できかけていたほどだったが、どんどんと侵攻部隊も追い戻され、結局は両国間の緩衝用不可侵領域であった荒野、現在のモーデル王国辺境領ワレンシュタインにて最後の対決が行われることとなった。


 開戦時からしばらくしての勢いは、帝国軍のものであった。

 領土内からかき集められるだけかき集めた人員雑魚共を数を頼みに突撃させ、一時的にでも王国軍中央部を押し込むことに成功したのだ。

 これにより王国軍の厄介な強者を引き付け、その隙に本命である敵軍総大将、国王の命を狙うべくこちら側の強者たちを敵本陣へと突入させる下地が整う。帝国軍必勝の形であった。


 しかし、この作戦は敵本陣近くに詰めていた1人の若造によって阻止されることとなる。

 若造の名はランバート=ワレンシュタイン。

 ランバートは本陣突入組を自身と手勢100人で返り討ちにする。

 そして、そのまま最前線の戦闘に参加、王国軍全体を盛り返すと今度は逆に帝国本陣を強襲した。


 バアルはこの時、帝国4将軍の内3将軍までも参加させていた突入組が失敗し、全滅したという報せを伝令から聞かされたばかりだった。

 直後に襲われ、バアルはわけも分からず捕縛されることになる。


 紛れも無い初めての大敗であった。

 以降、この捕縛から圧倒的に帝国不利な条件での講和協定調印を半強制的に結ばされる流れを、栄光に彩られた皇帝バアルの唯一の屈辱的な期間として捉え、25年以上の月日が流れようとも彼の王国への復讐心が全く衰えず、たぎる要因であると考える側近、将兵は多い。


 だが、それは全くの間違いだ。

 バアルが王国への憎悪を募らせた、いいや、こじらせた本当の原因は、モーデルでの調印を終え、解放されて帝国へと帰国した時期にあった。

 ようやく帰国したバアルを出迎えた人々の列の中に、バアルの愛しの君はいなかった。

 なぜか、と近衛の責任者に慎重に問えば、すぐに判明した。


 バアルの愛しの君は死んでいた。

 ランバートの帝国本陣急襲の際だ。

 バアルを守って死んだとも言える。バアルのせいで死んだとも言える。

 そして、もう1つ。ランバート率いるモーデル王国軍の急襲が無ければ、今も生きていたと言える。


 どの要因も真実である。全てがバアルの心を消えることなく苛んだ。

 だが、最後の1つが王国に対する、そしてランバートに対するバアルの復讐心を、絶えること無く滾らせることとなった。


 屈辱というものは、たとえ忘れることができないにしてもいずれは慣れる。薄れる。

 ところが、自分の人生にとって最も大切な人物が居ないというのは、慣れることはない。薄れるとしても一瞬だ。次の日の朝、目覚めると共になぜ横に居ないのかと疑問に思い、原因を思い出すと共に元に戻る。


 バアルが帰国した時には、戦後処理のほとんどが終了しきっていたことも、彼のモーデルとランバートに対する執着心のごとき拗らせを、一層深刻化させる一因であった。


 バアルはごく限られた数名の部下にしか、自分と彼との関係性を明かしてはいなかった。

 彼に近い配下の中の多くが、こういった同性同士の関係に理解も興味も無かったからだ。特に宰相イローウエルなどはその傾向が顕著であった。

 よって、バアルと愛しの君との関係を知らぬ多くの者にとっては、当然にその死も単なる近衛兵1人の死に過ぎない。

 遺体も戦死者を弔う合同追悼式にて既に葬られた後であり、バアルが帰国した頃には影も形も無かった。


 誰が悪いでもないこの結末が、バアルの王国憎しの怒りに更なる油を注ぐことになる。

 その業火は5年経とうが10年経とうが20年経とうが25年経とうが大きさを変えることはなかった。


 これがただの恋人であれば、別の人を見つけることで少しは鎮まるのかも知れない。

 だがバアルは男性を恋人としたのではなく、彼だから・・・・こそ恋人としたのだ。別など、元々不可能な話であった。


 業火はまだまだ燃え盛ることだろう。この先30年だろうが40年だろうが50年だろうがバアルが生き続ける限り。

 逆に言えば、バアルが死ねば終わりだ。誰もその業火を引き継がない。引き継がせる気も無い。

 だからこそ、自身の寿命を延ばすことにも執着し、様々な対策を講じさせていた。熱心だったレベル上げも、その一環であった。


 だが、今すべてが終わることになる。




   ◇ ◇ ◇




 洞察力の高いハークとて、さっきの一言で全てを知ることなど無理な話である。

 それでも、前世のハークには無用だったとしても、戦場に女子おなごを連れて行くことはできぬなどの理由から、武将にとって衆道とは嗜むべき道の1つであったがために、理解の一助とはなった。

 ただし、前述したように武将たちにとっても嗜むのみで、本当の意味で熱を上げた者は少ない。同じような理由でハークも本当の意味での理解にまでには遠く及んでいなかったのだが、肝心なところはそこではなかった。少なくともハークにとっては。


「ふうむ。……このさい逆恨み云々は置いておくとしても……、戦いを仕掛けたのは元々帝国側からであると聞いておる。戦争となれば刃は誰の喉元にも届き得るものだ。まさかそのことを認識していなかった、のではあるまいな?」


「…………責任は全て帝国側にあり、王国側には無いとでも言いたいか」


「そうではない。結局戦争となれば、両国間に死傷者は出るのだからな。ただ、聞けばお主ら帝国は王国に負けた後でも近隣の国に戦争を仕掛けておったらしいではないか」


 この前、ハークたちが300ものキカイヘイ軍団を打ち破って救った凍土国オランストレイシアもそうであるし、シンの元々の故郷もそうであった。


「……それが……どうした……?」


「解らぬのは何故に大切な者を戦いで失ったお主が、自分と同じ思いを経験するであろう人物を沢山増やす戦火を無理矢理に広げたのか、ということだ。正直に言わせてもらえば、相当に愚かな行為と儂は思うぞ」


「……く……」


「その反応からすると、自身の味わった思いを世界中の他の人間達にも味あわせてやりたい、とかではなさそうだな。単純にここまでの考えに思い至らなかっただけか」


「…………」


 人は時に巨大な目標を見つけるとそこに向かって突き進むのみで、その行動の意味や影響を考えぬことがある。陥りやすい罠のようなものであった。


「まぁ、よいわ。今更の話であるからな。さて、そろそろ終わりが近いのではないか? 最後に言い残したいことがあるならば、聞いてやろう」


「……だ……誰……が、敵……などに……」


「敵か。それを言うならばお主に一度目の死を与えた者こそが敵ではないのか? それは誰だ?」


「…………」


 鎧に包まれた首からはまだ生気を感じる。だが、待っていても答えは返ってこなさそうだった。そもそも待っていられる時間も無い。


「モーデルから来た儂には言えんか。それともその記憶だけには言えぬよう細工でもされておるのかの? いずれにしても、我らにとっては同じことだな。では、そろそろあの世とやらに行くがいい。お主の愛する君とやらが、待っているかも知れないぞ」


「…………!」


 息をのんだ気配を感じた。またも、今の今まで考えることも無かったことを突きつけられて愕然としたような雰囲気がある。


「復讐に忙しくて、そんなことを考える暇も無かった、か? あの世で彼と仲良く過ごすといい」


「……だま……れ……、……亜人……め……」


 それっきり、首から声は聞こえなくなった。ハークは皇帝の旅立ちを確信すると、周囲に視線を巡らす。

 既に気配で察知していたが、この場での戦闘は全て終わりを迎えていた。




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