486 第28話25:血を流す者、血で贖う者③




「これが、皇帝の首……ねぇ……」


 既に殻のごとき鎧は全て排除し終わっている生首状態のそれを、覗き込むヴィラデルの声が訝しくとも納得だった。


「耳は落とされ、頭髪は全部剃り落とされている上に一部皮まで剥がされてやがる。更に顔は全て皮を剥がされて、その下も切り刻まれて傷だらけかよ。ヒデエなこりゃ」


 いつも元気なフーゲインが溜息まじりに言い放った通りだった。人相を絶対に判らなくさせているのだ。


 無事であった村長の家の一室で主要人物、ハークと従魔たち、ヴィラデルにシア、モログ、フーゲイン、マクガイヤ、スケリー、そしてリンとタケまで参加させて首実検の様相を呈しているが、ここで重要なのは暗殺者集団を束ねていたリンのみである。彼女だけが1度のみ生前の皇帝と面識があるという。父親の死で頭領の座を正式に受け継いだことを報告した際だ。


 謁見した時間は短くとも、リンには他者の顔を瞬時に記憶する特殊能力がある。

 だが、何事にも限度はつきものだった。


「残念ですが、この状態では……」


 リンは申し訳なさそうに首を横に振った。


「ふむ。スケリーはどうだ?」


 一縷の望みをかけてハークは質問を振る。スケリーも一度だけだが皇帝の姿を見たことがあると言っていたからだ。とはいえ、彼にはリンのような特殊技能は無いし、条件もきつかった。やはりその首を横に振る。


「俺も遠目から見たっきりですからねェ。しかもこの有り様じゃあ尚の事無理ですよ」


 他の面々もこの言葉には納得せざるを得ない。ヴィラデルも溜息を我慢しつつ言った。


「仕方ないわネ。とはいえ唯一の重要な証拠だから、とりあえず氷漬けにしておくワ。それで腐敗することは抑えられる筈ヨ。厚めの氷で包んでおくから、表面が少し溶けてきたら氷魔法をかけ直してネ。頼むわよ、マック」


「了解です。氷魔法使いは3人連れてきています。2週間程度なら何とかなるでしょう」


「凍土国は、初夏程度じゃあ気温はそれほど高くならないしな」


「オッケー。あとは何でもいいから断熱材になるようなものがあれば、楽になるのだけれど」


「それでしたら氷室のワラをお使いください」


 この村を最も把握しているであろうタケが、そう提案をする。


「アラ、いいの?」


「ええ、勿論でございます。いくらでも持って行ってくださいませ。どうせ、もうここには戻ることはありませんから」


「ありがとうございます。では、後ほど案内を」


「承りました」


 礼を述べて頭を下げるマクガイヤと呼応して、タケも頭を下げていた。


「それじゃあいくワよ。『氷の墓標アイス・トゥーム』」


 ヴィラデルの魔力が対象を包むと同時に氷へと変化する。最小出力で放ったのであろう。小さな小さな氷の棺が出現していた。

 厚みはあっても、身体の大きな成人男性であれば充分小脇に抱えられそうな大きさだ。フーゲインには少し難しそうだが、マクガイヤには余裕といった感じである。この場合、フーゲインが決して小さいのではなく、マクガイヤがヒト族としては随分と大柄であることを示している。


 透明で美しい氷壁は内部のものを観察する障害とは成り得ていない。実によく見える。


「これで良し、ネ。次は何をする? ハーク」


「ぬ?」


 ヴィラデルが何故かハークを指名する。それに伴い全員の眼が彼に集まった。

 元々、この場は皇帝を名乗った者の首実検の場ではない。今後のことの打ちあわせのために集まったのだ。

 と、なると、ハークからすればこの場を牽引すべきなのは己でないように感じられるのだが、誰も彼も異存は無いらしい。明らかな最強実力者であるモログも黙したままであった。


 今回、最も大きい手柄首を上げたのが自分だからであろうか。ただ単に面倒な役を押しつけられただけのような気もする。


「ふむ、そうだな……」


 モーデル王国ワレンシュタイン領への道程は、非戦闘民を率いるべき責任者であるタケ長老にも、既に先程ひと通りを話し終えたところだ。となれば、ハークからすると、もうこの場で話し合うことはこれ以上無い気もする。

 ここで、ハークの頭の中にウルスラとレト、2人の姿が思い浮かんだ。


「タケ殿。道中、あなた方と、特に子供らと共に、2人ほどお連れいただきたい者たちがおります」


「そのお口ぶりですと、相手も子供ということですか?」


「その通り。2人共特殊な事情があって、レベルは高いのだが、マクガイヤ殿たちやフーゲインがいるのだ。戦力に加わる必要もあるまい」


 マクガイヤとフーゲインがしっかりと、そしてどっしりと頷いた。


「勿論です! 安全面は我々が!」


「おうよ。安心してくれ」


 2人に対して頷きを返し、ハークは再度、タケの方へと向き直った。


「どうだろうか?」


「お任せを。……と言いたいのはやまやまですが、1度、直接見てみないことには……」


 当然だろう。会ってみなければ預かりきれるかなど判断がつく筈がない。安請け合いしないという意味で、ハークの彼女に対する信頼感は増した。


「そうですな。ここに呼んできましょう」


「あ、では私が」


 リンがそう言って立ち上がりかける。確かにこの場で彼女が聞くべきこと言うべきことはもうないかも知れないし、見た目は兎も角、最も年少者であった。自分が行くべきと判断したのであろう。

 しかし、彼女よりも良い人選があった。

 ハークはまず、リンに対し平手を突き出す形で制す。


「いや、いいんだ。日毬、頼めるか? ウルスラとレトをここに連れてきてくれ」


「きゅ? きゅーーん」


 ハークからお使いを頼まれた日毬は嬉しそうに一言鳴くだけでなく、こくこくと何度も頷いてから飛び去っていった。

 その様子を視て、笑いをこらえるようにヴィラデルが言う。


「相当、退屈だったみたいネ」


「まぁな。仕方ない」


 日毬の精神は子供と変わらない。長い話し合いが続くと飽きがきてしまうのだ。加えて日毬と2人の子供たちの仲、は精神が似た者同士なのか非常に良好である。適任と言えた。


「おう。そんでよ、ハーク」


「ん? どうした、フーゲイン?」


「お前は、まだ帰らねえのか? この首が本当に皇帝のモノだとしたら、もうお前の目的は達成されたことになるんじゃあねえか?」


 確かにフーゲインの言う通りであった。ハークは元々、皇帝個人に用があってはるばる帝国まで足を運んできたのである。

 多くの若者を惑わし、その人生と運命を狂わせた罪を償わせんがため。場合によっては本気で一刀のもとに斬り捨ててやるつもりであった。


それが・・・もし本物の、であるのならばでしょう?」


「ま、そうなんだけどよォ」


 代わりに答えたヴィラデルの言葉に、フーゲインは少し残念そうだ。その様子に気分を和まされながらもハークが捕捉をする。


「フーゲイン、帰ったらそいつをクシャナルとロルフォンに見せてやってくれ。元帝国13将であった彼らならば、皇帝とは何度も顔を合わせている。もしかすると、真偽が判明するやも知れんからな」


「おうよ」


「だが、真であっても儂はもう少しこちらにいるつもりだ」


「皇帝なき帝国が、この後どうなるのか見極めるため、か?」


「うむ。あともう1つ。皇帝を弑逆した者がどんな考えでこれを実行したのか、これからどうするつもりなのかを探りたい。場合によってはそいつも斬る」


「ヘッ。おーおー物騒だねェ。決意は固いみてーだな。んで、他の3人はどうするんだ?」


 問われた3人、モログ、シア、ヴィラデルの内、モログ以外の2人が顔を見合わせた。そのため、彼が最も早く答えを返す。


「俺もハークと共にこちらに残るッ。ただの勘だが、未だ動乱の気配を感じるのでなッ」


「アンタの勘は当たりそうだなァ」


 続いて、シアから口を開いた。


「ハークが残るなら、あたしも残るよ。決めたことだからね」


 自信を持って言い放っていた。


「アタシもだね。一応、お目付け役を頼まれた身だもの」


 ヴィラデルにも迷いが無い。半ばハークにとっては予測済みであったが有り難い話だった。


「そうか」


「ハーク様」


 これでもう、この場で話すことは全てで、後はウルスラとレトの2人を待つだけかなと思っていると、タケが話しかけてきた。


「どうかなされたか、タケ殿?」


「よろしければ、我々待機組が手に入れた情報を、今ここでご提供させていただければと思うのですが、いかがでしょうか?」


 そういえば、1つ大きなものを手に入れたと先程言っていたな、とハークは思い出した。




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