484 第28話23:血を流す者、血で贖う者




 燃え盛る灼熱がチカッと光り、右の脇下から左の脇下までを真っ直ぐに両断されたとの情報が脳内に送り込まれた直後、斬り落とされた腹部に迫る亜人のチビ剣士の姿をモニターが捉えた時、彼、バアル=レオンハルト=ガルサーク=ガルニシュルカ=ウラブペリド=ラル=バアル、通称バアル4世は自身の死が再び避けようもなく訪れることを悟った。


 すると不思議なもので、今まで栓を施されたかのように全く思い出すことのできなかった自身の記憶が、取り留めも無く次々と浮かび上がってきたのであった。

 これが、ヒトが死する前に垣間見る走馬灯という現象であることに、彼が気づくことはない。




 バアル4世は、現在のバアル帝国、帝都ラルから少し東の位置に存在していたガルニシュルカ王国の8男として産まれる。

 8男と聞けばいかに子沢山であっても末弟かそれに近いと想像するだろうが、実は上から数えた方が早く、兄弟姉妹は合計で23人もいた。

 しかも歳が近く、全員が4歳差以内に収まっていた。無論、多くが腹違いで、彼の同腹は妹が一人きりである。


 これには理由があった。

 バアル4世の遺伝子学上の父親であるバアル3世は自らの子供たちを相争わせ、より強く優秀な跡継ぎを生み出そうとしたのである。

 その様は、毒持つ生物を同じ空間に集めて、互いに共食いを誘発、最終的に勝ち残ったものを祀ってその毒を使用するという、蟲毒に酷似していた。


 結論から言うと、バアル4世はこの生存競争に勝った。兄弟姉妹は実の妹以外全て殺して、である。

 ついでに言うと父親も殺した。思いっ切り苦しめてからくびり殺している。

 遺伝子学上の母親もであった。彼女はバアルの王座が確定するまでは熱心な協力者の1人だったが、確定した後は彼を疎んじるような行動を見せるようになった。所詮は権力を得るがための、呼び水としての傀儡と考えていたのだろう。


 ただ、母の部下たちには利用価値があったので、彼女は秘密裏に葬った。

 事故を装って魔物に喰わせたのだ。疑念は残るが表立って反抗する者は現れなかった。


 こうして15歳の頃には自身の王位を盤石としたバアルだったが、彼の苦難はまだそこで終わることはなかった。彼が王座を受け継いだ当時、周辺は小国が乱立し対立し合う戦乱の状態であり、しかも、ガルニシュルカ王国はそこまで強力な国家ではなかったのである。どう贔屓目に見ても中の下、それがバアルから見た当時の自国の評価であった。


 彼は必死に戦った。生き残るために。

 持てる力と頭脳の全てを使って戦乱の世を駆け抜けたバアルは、ある1つの事実に辿り着く。

 それは、国家の多くは大抵、頭が羊で体が狼である、ということだった。


 国家における頭脳、首脳部が無能という意味ではない。そんな国家は敵ではない。そういうことではなく、ただ単純に国家を運営する立場の人間が、付き従う配下の者よりも弱いのだ。


 だとすれば、手強い割に戦闘の帰趨に影響の少ない下の者たちなどと、いちいち戦う意味は無い。

 こちらの使えぬ者たちを囮に時間稼ぎと足止めを行い、その隙に頭を落とせば良いのだ。上手くすれば、その後に体が丸ごと手に入ることもある。主の仇だとぬかして最後まで戦い続ける、などという者は滅多にいなかった。


 この時期に、偶然にも『鑑定』の法器が手に入ったのは、後から考えればバアル最大の幸運であった。通りがかりの行商人から献上されたのだ。これのおかげでバアル率いるガルニシュルカ王国軍はどこから狙い、攻め落とし、また時には退かねばならぬのかを正確に、そして素早く判断することが可能となった。


 破竹の勢いで連戦連勝、幾つもの小国を呑み込んで、そろそろ大国への足掛かりを考えねばならぬ頃、配下たちがこぞってこんなことを言い出した。

 世継ぎをつくってくれ、と。


 当然の話であった。そしてこれまた当然の話だが、世継ぎ、つまりは子供を得るためには女性とそう・・いうことをしなければならない。


 バアルは女性が苦手であった。いいや、苦手どころではない。

 嫌悪し、憎悪していた。


 原因はバアル自身も気づかぬことであったが、幼少期に多くの人間が受けるべき肉親からの愛情を、一度たりとも彼が受けていないことにあった。

 また、実の母や妹に利用だけされ続けたことにも起因している。母親は権力を得るためだけに息子を利用し、妹は安全を得るために兄を利用したのであった。その後、母は更なる権力を手に入れようと息子の敵に回ったが、妹の求める安全は兄が無事である方が都合が良い。ゆえに妹は兄と争うことが無かった。彼女が生きていたのはそれだけの違いに過ぎない。


 征服した小国の王族、その娘を使用して実践こそしてみたが、バアルには気持ちが悪いだけだった。

 女は自分のことしか考えない。自分に都合の良いようにしか解釈せず、根拠もなく己が正しいと思い込む。何でも自分が中心でなくては気が済まず、公平にものを見ることもできない。特に外見が整っている者は始末に負えぬほどに度し難い。


 女との交流は、バアルにとっては疲れるだけで、苦痛でしかなかった。

 耐えられたのは、バアルの心を癒し、支える存在がいたからだった。


 は最初、新兵の中でも特に見どころのある者として、近衛の1人にと推薦を受けた者であった。

 すらりと背が高く、肉体は引き締まっているせいか細身。更に近衛と推されるに足る美貌を持っていた。


 彼は実にバアルに対して献身的であった。戦いに関しては元のレベルが低く、天性の才能にも恵まれなかったためかレベルアップの成長速度も普通で、実戦面での役に立ってくれたことはない。それでも、よく気がつき、バアルを公私に渡って支えてくれた。


 バアルとて情はある。使える者に対しては特にだ。

 実戦では役に立たなくとも他で有用であるならば、新しい位をつくりそこで活躍させれば良い。そう思って打診したところ、本人から断られた。断りの際の台詞が以下であった。


「新設する位をいただくということは、近衛隊を辞めて別の部署に行くということですよね? ではお断りします。陛下のお傍から離れる気はございません」


 彼とそう・・いう関係にまで発展したのは、この直後であったとバアルはハッキリと記憶している。


 バアルとしては一生の伴侶を得た感覚であった。

 同時に、なぜ他の連中は実際に生涯の共を女性とするのか、増々意味が解らなくなった。

 男と女は、実際には同種族であるにもかかわらず、別の種かとも思えるほどに考え方の根本からが違う。体の構造が違うからだ。

 それでなぜ、本当の意味で通じ合うことができるというのか。もちろん、できる訳などない。できると思っているのなら、そんなものは幻想だ。愛し合っているなど片腹痛い。

 男を真に理解するのは男のみなのだ。理解なくしてどうして支え合うなどできようか。


 最高の理解者を得たバアル、及びガルニシュルカ王国はそこからも快進撃を続けた。

 次々と領土を拡大し、軍も巨大としていく中で真に優秀な者たち、特別な能力を持つ者も手に入れた。


 このタイミングでバアルは自らの国を帝国と改め、そこに自身の名を冠し、自らを並ぶ者のいない王の中の王として皇帝と称している。


 その1つ1つの階段を上がるごとに、同僚からねたまれぬ程度の功績を自らの伴侶へも与えていく。覇道を歩む皇帝の横に並ぶ者として、いつかは恥ずかしくない地位にも就けねばならない。


 だが、幸せとは長く続かぬものであるのか。

 周囲からも間違いなく大国と呼ばれ始めてしばらくの後、西の大国、モーデル王国との戦争が始まったのだ。




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