481 第28話20:6 Blades②




 虎丸はもう、主が次にどう動くのかが想像ついてしまったが、一応のため念話の糸を送り、ハークに直接の御伺いを立てる。


『ご主人、いかがするッスか?』


『ふうむ、そうだな。奴の相手は儂に任せてくれ。虎丸たちは後ろの人々の事を頼む』


『了解ッス』


 虎丸が頭に思い描いた通りの受け答えが現実で行われた後、主はゆっくりと前方へと進み、敵との間合いを詰める。これも想定通りだった。守るべき人々への流れ弾を防ぐ意味と、自らの戦う空間を確保するためだろう。


 その背中に虎丸は、何故か彼の獰猛な笑みを想起する。実戦の場では滅多に表情を変えることのない主であるため、きっと無表情のままであろうが、その心は些かに湧きたちつつあるに違いない。


 彼は人型で歯応えのある相手、とりわけまだ自身がまみえたことのない、彼にとっては珍しい戦法の相手との戦いを望む傾向がある。

 古くはゲンバ=カールサワー、実戦ではないがフーゲインやモログとの戦いもそうであった。

 直近では帝国13将の一員であったというクシャナルも同じである。だが、そのクシャナルとの場合には主は全くと満足できていなかった。今回もそうならないかと少し心配である。


 一方で、主自身の身体が傷付くことに関しては、虎丸は全く心配していなかった。


 相手はレベル41。かなりの高レベルだが、今やハークもレベル40となっている。

 ほぼ同レベルと言って良いこの状況下で主が不覚を取る訳がない。これまでの経験から、虎丸にはそう確信できていた。


 先程の先制攻撃も、前に出た勢いは利用したものの、完全に手で振り下ろしただけの斬撃であった。

 主がよく言う手打ちというヤツだろう。

 斬撃の重さとか、精度とか斬れ味とかが色々落ちるらしい。それ以上のことは実際に刀を握ることのない虎丸には解らないことだが、主の修練に欠かすことなく付き従ってきた虎丸には、彼の斬撃、彼の刀の振り方の動きから離れれば離れるほどに威力が落ちると理解していた。


 これを基準に考えれば、先の新型キカイヘイが行った斬撃は最もヒドイ型だった。一応の刃がついた武器を装備しているようだが、鈍器、例えば鉄の棒であったとしてもそれほど変わらなく使うに違いない。


 敵の攻撃が再開される頃には虎丸も、頭の上に納まる日毬と揃って、主の戦いよりも命ぜられたヒト族の400人ほどに危険が及ばぬよう注意を傾けていた。

 ただ、ホンの少しだけ、主の身に対するものではないかも知れないが、妙な胸騒ぎも覚える。


(ご主人には敵わぬと知って、急に標的をこちらに……とかの類か?)


 どうもそれすら違うような気がするが、警戒を強めること自体は悪くはないと虎丸は更に気を引き締めた。




 自らに振り下ろされようとする鉄塊が迫ろうとも、ハークの心に焦りというさざなみが湧きたつことはない。

 それよりも彼は、第2第3と続けて振り下ろされる斬撃の行方を眼で追っていた。

 初撃が数瞬前までハークが立っていた場所を粉砕する。右肩の上についた腕による第2撃を、更に右へと動くことで躱す。


 一方で右脇から生えた腕の第3撃は見当違いの方向、初撃の左側の地面に突き刺さっていた。ハークの反対側だ。

 それを不思議に思い、注目しかけるが、既に視界の端で第4撃から第6撃までが振り被られているのが見える。

 横薙ぎの攻撃のようで、屈むか飛んで上下に避けるのは難しいだろう。左腕の第4撃に続いて第5と第6がその上下を狙ってくるからだ。言わば、腹狙いの攻撃の後に、時間差のほぼ無い頭と足を狙う攻撃が続いてくるようなものである。


 全速で間合いを詰めに詰めて攻撃の内側へ、懐を取ってしまうのも良い。が、となればハークも何かしらの手を出さねばおかしい。今はまだ、6腕という異形が、何ができて何ができないのか見極めたいところであった。


 ハークは左腕の斬撃を後ろに下がることで躱す。

 僅かな時間差で迫る左肩の上についた腕と左脇下から生えた腕の攻撃は、標的であるハークを追いかけるように伸びるかとも思われたが、実際にはそんなことはなかった。


「ウロチョロと。すばしっこいだけの羽虫めが」


 新型を名乗るキカイヘイが、今度は狙いを定めて右腕群を振り被った。

 体勢から考えて、斜めに斬り下ろしてくる気だろう。袈裟斬りというヤツだ。

 それを見て、ハークは一つ試してやろうと思いつく。

 回避から迎撃へと体勢を変えたことに気づく様子もなく、敵の右腕群が振り下ろされた。


「ぬぅん!」


 ハークはその初撃である元々の右腕の一撃を、相手とは全く逆の動作、向かって右下から左上へと振るう逆袈裟の一撃で迎え撃った。


「むぅおっ!?」


 凄まじい鋼鉄同士が正面衝突する音が響き、火花が散る。

 打ち勝ったのは一方的に、蒼き大太刀をやや本気で振り切ったハークであった。大きく弾き返されて、攻撃の起点よりも戻された大剣に引っ張られる形で敵新型キカイヘイの右腕、真ん中の1本が躯の外側に向かって大きく伸びていた。


 すると、不思議なことが起きた。

 連動して狙ってくる筈の右肩上の腕、右脇下の腕の攻撃ともに大きく軌道を外れ、攻撃を仕掛けた新型キカイヘイの足先を2カ所えぐったのである。当然に全くと短く、ハークまでは届きようもない。


〈なぁんだ。只の見掛け倒しだな〉


 ハークはこの時、内心ガッカリしていた。

 というのもここまでの攻防で、6腕という異形の利点とそうでもない点、言わばできることとできないことに粗方気づいてしまったからである。


 まず、一撃返すと続く2連撃までもどうして軌道が無茶苦茶になってしまうのかというと、結局は腕のつけ根が全て右肩付近の同位置にあるからだ、ということに起因していた。

 躯全体どころか、相手の上半身だけでも強い力でもって動かしてしまえば、そこにつながる全ての部位も影響を受けざるを得ないというのは当然の話である。

 つまり肩の位置がハークに対して遠くなれば、残りの2腕が急に伸びたりしない限り、初撃と同じ標的を斬ることは適わくなる。斬撃は短いものとなって、従って目標に到達する筈もない。


 また更に、これは決めつけるにはまだ早計だが、どうやら本来の腕以外の4本はあまり自由自在に動かすことは難しいらしい。ついてる場所が場所であるし、無理に動かせば同じ腕同士で絡み合い、時に傷つけあってもしまうことだろう。

 元々、人間には1対、2本の腕しか生まれつき備わっていない。それを急に増やしたからといって、自在に使いこなすという訳にもいかないのだ。あれを製作した者たちには、その辺が解っていない。


 恐らくは、位置的にも中心の腕に連動して動く、補助腕のような感じではないだろうか。

 攻撃範囲は広がるが、それだけだ。扇形の特殊な武器であると思えば良い。そんな武器が存在したことはないし、それはそれで強力かもしれないが、ハークにとって脅威とは成り得なかった。


「つまらないな。もう見切ってしまったぞ」


「何だと?」


 他のキカイヘイのように単眼ではなく、2つに分かれた赤い瞳がギラリと光った。

 本来ならば威圧感たっぷりといったところなのであろう。が、ハークが今更動じることはない。


「余を愚弄するか!!」


 怒りの感情を発露した右腕群の斬撃が再び振り下ろされる。

 ハークとしては、何か今までと別のことをしなくてはこのまま決まってしまうぞ、という意味を籠めたあえての発言であったが、全く変わりばえの無い攻撃にハークは内心で溜息を吐く思いであった。


 瞬時に前方へと全速で足を走らせた彼は、相手の攻撃が完全に振り下ろされる前にその懐に到達する。


「何っ!?」


「奥義・『大日輪』!」


 身体を捻っての下から縦に繰り出した1回転攻撃がいつもの新円の軌跡を描き、右側3腕をまとめて簡単に薙ぎ払った。




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