482 第28話21:6 Blades③
「ぐぎゃああ!?」
悲鳴を上げて大きく仰け反るそれの姿を見て、ハークは敵新型の元となった人物が、戦いの経験こそある程度は備えていても、殺し殺される本物の実戦の場で戦った回数は決して多くない、下手をすると皆無であったのかもと想像する。
それがこれまでのまるで高貴な者であるかのような物言いと相俟って、前世での剣術家を目指す公家の若者か、関ケ原以後に元服を迎えた武家の息子たちをハークに思い起こさせた。
〈……ぬ? 高貴な身分の者、か……〉
少しながらも気になってしまったハークは、既に死に体そのものである相手にトドメをくれてやることを躊躇する。
「奥義・『大日輪』!」
もう一度ハークの大太刀が新円を描き、今度は敵新型キカイヘイの左腕群をまとめて斬り裂く。上からの斬り下ろしであった。
「うげぁあああ!?」
無様な悲鳴が上がる。
これが島津か佐賀鍋島藩の強兵であれば蹴りが飛んでくるか、首を狙った噛みつきを仕掛けてくるかといったところだが、そんな素振りは微塵も無い。遠慮なく次の攻撃に移れるというものだった。
「せいっ」
スキルではなく、魔力は籠めたとはいえ只の胴薙ぎをハークは放つ。『天青の太刀』の刃は胴の関節部を半ばまで斬り裂き、残りを吹き飛ばした。
元々両断するつもりは無い。ただし、人型という構造上、これで真面に動くことができなくなる筈である。それは普通に考えれば、抵抗する手段を完全に奪うと同義だった。
ハークが即座の討滅を躊躇った理由の一つに、相手の構造がまだ良く解っていないから、というのもある。
キカイヘイは自動回復能力を所持していることから、ただ単に掻っ捌いてやっただけでは決定打とならない。魔物のように、動力の中枢を司る魔晶石を奪うか砕いてやる必要があった。他のキカイヘイの構造から鑑みれば胸元の装甲の中心付近に配置されているのであろうが、特に確証も無い。
決定打となるスキルを放って、逆に余計な危険を被る可能性や、無駄な魔法力の浪費を避けた形だった。勝負を急ぐ理由も無いハークとしては、当然の選択である。
「うぐぉわ!」
切断された箇所から例の土気色の液体を吐き出しながら、新型キカイヘイは仰向けに大地へと転がった。
最早抵抗どころか動くことも適わぬ鉄の塊と化した姿に、ハークは勝利者としての言葉を投げかける。
「さて、止めを刺す前に名前くらいは聞かせてくれんかね?」
「う、ぁああ……! な、名前だと……!?」
「うむ。木石にあらねば名くらいあろう?」
「お、おのれ……、おのれェエエエエ……! 貴様、亜人の分際でまたしても余を愚弄するかァアアアアアア!」
口を滑らすことを狙ったハークの挑発は、思わぬ効果を生んだ。
ハークに切断された両肩部計6つの斬り口より、無数の管が飛び出し、伸び始めたのである。
「むうっ!?」
伸びゆく無数のそれらは蛇のようにしゅるしゅると大地を進む。一方で斬り飛ばした腕の斬り口からも同様の管が伸び、途上で交わると融合した。そして胴体側の管の数々が引っ張ると、6つの腕が元の鞘に収まるかのよう次々とくっついていく。
同時にガバリと敵新型は起き上がった。
凄まじい再生速度である。半分ほどまで斬り裂いた胴までも元通りとなっているようだった。
〈まるであの時の
強敵となる素養を所持する相手、ということである。
しかし、あの時のような焦燥感は無い。理由は幾つも思い当たった。
「死ィイイねェエアアアアアアアアア!」
激昂する相手が右腕3本をまとめて振り被る。そして、全てが同時に、雪崩のように振り下ろされた。
「そりゃあっ!」
しかしハークは動じない。真っ正面から受け返した。
3本束ねようとも体重がさほど乗っていないのならば威力も3倍とはいかないものだ。先の攻撃の方がまだ怖さがあった。
怒りとは、ハークにとっては戦いに不要とまでは断じないが、それで有利と働く場面は少なく、むしろ不利と作用する可能性の高い感情である。
怒りで普段よりも強い力が発揮できることは確かにある。
しかし冷静さを欠き、戦略性は失われ、攻めも守りも単調なものとなる。過剰な力みは、動きの鈍化を招いて速度を奪う。これだけの悪条件で有利と転じるには、互いの実力が拮抗するほど極度に同程度の場合に限られていた。
ハークと敵新型キカイヘイの能力値は、実はほぼ同レベル帯であることが示す通り、大差は無い。
ところが、その技術にはあまりにも、な差があった。依って、ハークにとっては更に与し易しの戦いとなっていたのである。
硬質な音を奏で、3本の大剣が大きくカチ上げられた。当然に上体は伸ばされ、過度の仰け反りを防止するためには数歩の後退を余儀なくされる。
「う、うう……、お、おのれぇええええええええああ!!」
癇癪を起こす敵は無理矢理に後退を止め、今度は左腕3本を振り被っていた。
過負荷を文字通り全て背負ったその腰が、メキメキバキと悲鳴を上げている。すぐに再生されるので、あまり問題は無いのかも知れない。
「むうぅおおおおォあああ!」
「無駄だ」
全身全霊とも言える攻撃も、最早敵機の能力をほぼ完全に見切ったハークには通用せず、容易に弾かれた。不利な体勢から無理に繰り出されたものでは威力も落ちるのだから仕方が無い。
「ぐ……。ぬうぅ……」
相手としては渾身の攻撃を2度も無造作に返されて、さすがに勢いを失う。
「お主では儂には敵わぬと思い知ったかね? さて、そろそろ名くらい聞かせもらえるとありがたいな」
「名……、名だと……?」
「そうだ。名だよ、お主の名だ」
「余、余は……、いや……、俺の名は……ファズマだ」
〈口調が変わった? それに、ファズマという名は……〉
憶えがあった。ランバートがオランストレイシア遠征戦の最後の最後に1人で対峙し、撃破した新型の、生前というかヒトであった頃の名であったものだ。そういえば、スケリーから聞いた帝国13将の中に『4枚刃のファズマ』というのもいた。眼の前の新型とやらは4枚刃というか6本の刃を持っているが、ランバートが戦った敵であれば数だけは合う。
「ファズマ? それは本当にお主の名なのか? もしや型式名とかではないのか?」
「う、うう、ううう……。お、俺の、いや、余は……」
頭を抱えて悩み始める敵の新型。
先程の慄く反応も含めて実に人間くさい。ランバートの報告にもあったが、新型キカイヘイは旧型に比べて人間としての部分も多く残しているのかも知れない。
叩けば情報という名の埃が出ると感じたハークは、それを促すべく更なる揺さぶりの言葉を綴った。
「ふうむ、よく思い出すと良い。名も無き敵として、儂の記憶にすらも留まることなく死にたくはあるまい? いや、既に一度は死んでおるのか?」
「一度? 一度は死んで……? う、うぬうおおおおおおおおおおおおオオオオ!?」
だが、死という言葉を耳にした敵機は、突然に様子が変わる。まるで引き金かのようだ。
奇声を発し、激しく頭を振るう。次いで、大剣を握ったままの手で、頭をガンガンと叩き始めた。
「な、なんだ?」
あまりにも強い力で連続に叩くものだから、頭部の装甲が徐々に歪みを帯びてきている。
自損と再生を繰り返しつつ、細かな破片が周囲に飛び散りだした頃、強烈なモノが入ってしまったのか、頭部がへこんだところで敵新型キカイヘイの動きがピタリと止まった。
「ウ、ウウウウウウウウウガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
そして、絶叫と共に大暴れを開始した。6本腕も含めた全ての手足をそれぞれバラバラに四方八方へと振り回す、支離滅裂な動きである。突然の発狂だった。
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