480 第28話19:6 Blades




 倒れたキカイヘイの少し後方に、腕を伸ばしてこちらに握り拳を向けた別のキカイヘイの姿を視認した瞬間、マクガイヤはただ一瞬の高揚感すらも得る前に自身の失策を悟った。


(マズッたか……!)


 倒した敵がブラインドになっていて背後の敵が見えていなかったという不運もあった。が、予測して然るべきであった。

 大体からしてキカイヘイは飛ぶ拳や放射熱など、その見た目とは裏腹に遠距離攻撃をメイン武器としている。状態として突出してはいても、あまり当てにして良いモノではなかった。


 全ては、絶好の機会に思わず飛びついてしまった自身の未熟さゆえである。

 ロケットブースト・パンチの音声が実にゆっくりと聞こえる中、もはや覚悟を決めるしかなかった。


(いい人生だったなァ)


 間違いなくそう思える。良き師で主に仕え、上司に恵まれ、素晴らしい仲間たちと出会った。これを良き生と言わずに何とするか。


 自らの脳裏に走馬灯が次々浮かび、次いで眼の前が暗くなって、彼は自分の死を確信する。


 だが、あまり真っ暗になっていないこと、直後に巨大な衝突音が聞こえたりして、死んだにしてはおかしいことに気がついた。

 そういえば、視界が急に暗くなる寸前、涼やかな女性の声も聞いたような気がする。


「ほらシャキッとして、マッキー! ぼーっとしてる暇ないわヨ!」


 同じように涼やかで美しい女性の声が耳に届いてマクガイヤはハッとする。振り返ると、後方に本当に美しい長身のエルフの女性の姿が眼に入った。


「ま、まっきー……?」


「アラ、マッキーじゃあ不満? それじゃあマック」


「マ、マック? そ、それもちょっと……」


 下らない応酬をしながら、マクガイヤはようやく事態をつかめてきていた。

 何のことはない、後方支援を担当してくれていたヴィラデルがその本分を果たしてくれたのだ。


 戦場を広く見渡していた彼女は、マクガイヤの危機に際して『岩塊の盾ロックシールド』を展開してくれたのだ。


 防御用の魔法は、他に風の『風の大断層エア・シールド』と氷の『氷壁アイスウォール』がある。

 しかし、岩塊を突き上げて物理的に強固な壁とする『岩塊の盾ロックシールド』は他2つに比べ、より防御能力が高い。その分、上記2つに比べて制約があり、発動スピードも最も遅いのだが、魔導の申し子であるエルフ族、特に上位クラス専用SKILL持ちで超級の魔法使いであるヴィラデルには問題無いのだろう。それがキカイヘイのロケットブースト・パンチからマクガイヤの身を守ったのである。


 更に、これは守られた側であるマクガイヤの方からは見える訳もないが、彼の反対側、キカイヘイ側の岩壁は大地に対し垂直ではなく、若干に山なりとなっていた。横から見れば、斜めとなっているので、受け切って撥ね返すのではなく受け切れずとも別方向に弾き飛ばすこととなる。盾としての信頼性を更に高める効果があった。


 加えて、『岩塊の盾ロックシールド』は土の中級・・魔法であり、オランストレイシア遠征戦時ではまだ上位クラス専用スキル『戦魔導士の知恵ザ・ヴィズダム・オブ・ティアマトー』も取得していなかったので、ヴィラデルも使用することはできなかった。

 『氷壁アイスウォール』では彼女の匠さをもってしてもキカイヘイの飛拳に対しては強度的に怪しく、この点もマクガイヤの強運を表している。


 兎にも角にも無事であったマクガイヤは、ようやくと落ち着きを取り戻し、後方のヴィラデルに向かって叫ぶように言った。


「ありがとう、助かったよヴィラデル様! こりゃあ今後一生、俺はエルフ族の人たちに頭が上がらなくなっちまうな!」


 これを聞いたヴィラデルは、あまりにも大げさだと笑った。


 この戦いの後、マクガイヤは准将となる。上級大将であるフーゲインやエヴァンジェリンとはまだまだ差があるが、同じ将官の地位にまで上りつめたのだった。


 更に後年のこととなるが、平和な時代が訪れ戦の機運が高まることすら稀となった頃、マクガイヤは志願してモーデルとエルフ族との交流を促進させる親アルトリーリア担当執政官の任につき、活躍することになる。

 良く知る2人のエルフと、他のエルフは精神面から行動など様々な面で異なることに戸惑いつつ、彼は王国と森都アルトリーリアとの融合を着実に進めることとなるのだが、それはまた別のお話。




   ◇ ◇ ◇




 一方、ほぼ同じ頃、ハークは怪異と対峙していた。

 前方の土の中からぬるりと出現したことから、相手は呼吸の必要のないキカイヘイ、あるいはそれに似た存在であるとは解る。

 しかし、その体躯は他のキカイヘイのように球体型の胴、極太で長い両腕と逆に不釣り合いなほどに短い両足とは全く違い、一般的な人間種の形そのままに大きさだけを変えたかのようだった。


 まるで、ワレンシュタイン領にも数は多くないがある程度いた巨人族が、西洋的な、この世界では一般的な鎧を全身に隈なく着込んだ感じにも見える。ただし、その全高はこちらの単位で8メートルほど。ハークが見たことのある巨人族よりひと回りもふた回りも巨大であった。


「小僧。貴様亜人だな。モーデルと事前に手を組んでいたのか。帝国を裏切るとは、実に愚かだな」


 発せられた声もキカイヘイとは違う。無機質な、やや聞き取りづらいものではなかった。


「何者だ? キカイヘイなのか?」


 何とはなしにハークが発した言葉であったが、果たして激烈な答えが返ってくる。


「無礼者め。亜人ふぜいが」


 いきなり踏み込み、背に負う大剣を抜きざま斬りつけてきた。見た目の巨体に比べて動きは速い。


「むうっ!」


 ハークは斬撃に対してそのまま受けるのではなく、弾き返しを狙って『天青の太刀』を振り上げる。後ろには守るべき非戦闘民がいるのだ。不用意に躱す訳にはいかない。


 ガッギィイイイン!!


 重いが、刀の負荷を考えなくても良いのは本当に有り難いことだ。思いっ切りの全力で『天青の太刀』を咄嗟に振り切ったハークは、一歩たりとも後ろには下がっていない。

 逆に、最初に仕掛けた方の巨体は勢いを完全に殺されて、わずかに後方へとたたらを踏んだ。

 次いでそれはハークの前でゆっくりと体勢を整え直す。その仕草は、ようやく眼の前の存在を強敵と認識したかのようであった。


「ほう。強者か。成程。イローウエルが言った通りに食いでがありそうだ」


 謎の巨体の言葉が終わると同時にガシャガシャガシャと耳障りな音を立て、新たな一対の腕が出現した。4本腕の異形なる姿を見て、ハークの記憶が呼び起こされる。


「む。まさかランバートから聞いた新型か!」


「……フン。型落ち品と一緒にするな」


「何?」


 ガシャガシャと再度の音が響く。

 すると更にもう一対の腕が巨躯の背後より現れた。


「6本腕だと!?」


 新たに増えた計6本が背に負う大剣をそれぞれに握っていく。1本1本がハークの背丈を超える刃を携え異形が、その腕を扇のように開いて構えていった。


 剣術家であれば1度は頭にのぼるであろう、腕がもう1本あればいい、と。それが全部で6本。ハークですらかつて夢想した存在を眼にして、彼の胸は期せずして高鳴った。


 面白い、と。


 彼の表情は、表向きには全く変化はなかったが、隣に立つ虎丸にはまるで舌なめずりしているように見えた。




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