478 第28話17:Break Out!!




「『サイクローーーン・クローズライン』ッ!!」


 腕を伸ばしたまま拳を握り、モログが回転を始めると突如として嵐が、竜巻が発生する。


 付近のキカイヘイは瞬時に天まで伸びたそれに巻き込まれる。

 その数、5~6体。吸い込まれた内部より千切れた手足が無数に飛び、たちまち四方に散っていた。

 風壁の内部でバキベキという粉砕音が聞こえてくる。中のキカイヘイは確実に機能を停止していることだろう。


 次いで、いきなり竜巻がフッと消え、中から炎を纏った拳を振り被ったモログが現れた。


「『バァーーーーーニングッ・ナッコーーーーーーーーー』ッ!!」


 轟音を轟かせ、炎拳が2体のキカイヘイの腹部を貫き、そのままの勢いで2つに引き裂いていた。


 隣のレトが声を張り上げる。声援というよりも、ただ単に興奮して自然と叫んでしまっているようだった。

 確かに彼の技の数々は豪快で派手だ。男の子なら興奮を抑えられないのも解る。


 周りの大人たちが、敵に気づかれこちらに襲いかかられたりしやしないかとハラハラしているが、有り得ない。


 キカイヘイ達は今や、モログとワレンシュタイン軍に完全な挟み撃ちを受けている状態だ。

 あちら側の当初の計画、キカイヘイ側が挟み撃ちにするどころか、囲い込みにて村の非戦闘民の人々諸共一瞬で殲滅するつもりが、完全に裏を取られて防戦一方。特に、モログが全力全開の大暴れでその力を思う存分に振るっている真っ最中の東側では、もはや一方的としか表現できない状況にある。

 そんな状態で、自ら戦力を分散する愚を選択する暇など無いに違いない。


 今も、蛮勇かの如く突っ込んできたキカイヘイ1体の拳をひらりと躱し、背後にまわったモログがその胴体部をガッシリと掴んだ。

 普段あまり見せないが、モログは身のこなしも抜群なのだ。そもそもが速度能力のステータス数値からして圧倒的に高い。本気を出せばキカイヘイが彼に追いつける道理は無いほどだ。ということは、逃げおおせる術も無いことになる。


 掴まれれば尚の事。

 へそを意識するようなブリッジで、モログはキカイヘイを自身の裏にぶん投げる。

 彼が以前、ウルスラとレトに『バックドロップ』だと教えてくれた技だ。

 強烈にキカイヘイの脳天を大地に打ちつけつつも、勢いを全く殺すことなくモログも回転、しかもその間両腕のホールドを解いてはおらずに再度一瞬にてキカイヘイの背後を取り直すと、今度は遥か上空に向かって放り投げた。


「ファイナル・アトミックゥッ!!」


 その言葉と共に、モログは投げ飛ばした相手に向かって跳び上がり、瞬時に追いつく。

 そして、再度キカイヘイを背中から抱え上げる体勢で捉えた。


「ステェエエーーーークッ・バッスタァアアアアアアアアーーーーーー!」


 そして更なる回転を加えて、噴石の如くに先とは数十倍の威力で大地に叩き落とした。

 落下先の地面に立っていた4~5体ほどのキカイヘイも巻き込み、空気も大地も震わせ、聞いたことも無い大きさの衝撃音が響き、見たことも無い土煙が粉塵と上る。


 かつてレトが受けた投げ技とは威力が段違いだ。あの時は充分にとんでもない威力と思えたが、聞いていた通りに加減していたことが良く解る。巻き込まれた存在は絶対に無事には済んではいないだろう。


 そのレトが更なる興奮の度合いを増して、諸手を突き上げて有らん限りの声を上げていた。もう絶叫に近い。

 これは、かつて研究所なる場所で性能評価との名目でキカイヘイと戦わされた末に、レト自身が何度も手酷い敗北を受けていたことと全くの無関係ではないのだろう。


 ウルスラ自身も胸のすく思いだ。


 しかし、そうであっても彼女の視線は全くの自然に、本人が気がつかぬ内に、エルフの少年剣士の方角へ向かっていた。


 彼は、ヌルの森の村と呼ばれるこの集落の、中心に位置する最も大きな館を前に集った人々の前に、彼の従魔たちと共に立っている。

 その手には、既に抜き身となった青く澄んだ太刀が握られていた。


 ワレンシュタイン軍と、更には圧倒的な力を持つモログによる時間差を設けた奇襲によって、流れは完全にこちら側である。

 それでも流れ弾や、村の人々がこちら側に呼応していることにこの土壇場で気づかれでもして、無下に彼らの命を奪われることなどないよう守っているのだ。


 勇気づけようとしているのか、背後の人々、特に年若い者とその関係者、保護者に向けて何事か話している。

 表情は柔和だ。

 ウルスラは彼が握る剣の刀身が、太陽を跳ね返してなのか光を纏っているように見えた。

 暖かで、柔らかい。本当に春の陽光そのままに感じられた。


 レトにとってモログがそうであるように、ウルスラに生きる術を授けようと指導を重ねてくれるからなのか、はたまた過酷な研究所の日々から外へと連れ出してくれた決定的な一撃を放ってくれたからなのか。

 ウルスラはハークを見ると最近、不思議な思いに捉われることがある。今もそうだった。


(あの人の剣は光。暗闇を斬り裂いて、未来を創るの)


 自分の声なのに、何故か頭の中でリフレインする。

 聞き慣れた声は続けて言う。


(かつての愛弟子をあの人は『守るために剣を取った者』として、『敵を殺すための剣を求めた』自分とは違うって卑下をしたけれど、今はあの人自身が『守るため』に剣を取っている)


 確かにそうだ、その通りだ。

 そもそも、これまでも既にあの人は『誰かを守るための剣』を何度も振っている。だというのに、あの人自身はそれに気づいてもいない。

 愛弟子とやらの人物も、『守るための剣』を振った過去も、ハーク自身はもちろん、シアやヴィラデル、その他の誰にも聞いた記憶はない。なのに、今の彼女にはそれが解った。

 今のURSULAには。


(あの人は、未だに自分を『薄情で残虐な人斬り』のままだと思っている。そんな事はないのに……。前世で身近な人間にも厳しく、突き放した接し方を貫いていたのは、世の中があの人以上に厳しかったから。少しでも甘い育て方のままに世に送り出して、他者に喰われるだけの存在にはしたくなかったから。けれど、今世では違う)


 あの人の世とは変わり、人心も世界と同じくらいまで美しくなったのだ。そして、きっとあの人はその頃の時代から、ずっと変わらず優しいままなのである。

 前世だとか今世だとか意味が解るようで、解らないのだけれども。


(あの人は、いかに自分の生き方が、剣が後の多くの人々に影響を与え、いかに憧れられているかを知らない。でも、知っても変わることなんてないんだろうな……。……え? って、アレ? わ、私、何考えてたんだろ……。後の世のことなんて、分かりっこないのに……)


 眼を瞬くと、顔を数度横に振ると、自分の変な声は消えて無くなる。あの、不可思議な感覚も雲散霧消していた。

 そんな彼女の視界の先で、ハークの剣は炎を纏い、先程の幻視と同じ光を放つ。




   ◇ ◇ ◇




 戦場からはある程度の距離を取っていても、こういう混乱が支配する場というものはどうしても不測の事態が起こりやすい。

 早くもあぶれた内の1体が、村の住人達が一カ所に集まっていることに気がつく。


「キサマラ、固マッテ何ヲシヨウトシテイル!? マサカ……!?」


 キカイヘイの行動は早い。慈悲という感情が根こそぎ奪われているからだ。前世でも自分以上に酷薄な人間はいたが、皆無だと感じた者は少ない。

 右の剛腕が拳を握りながらこちらに向けられつつある。当然、これ以上自由に動かす気は無い。


「むんっ!」


 ハークが気合を入れると同時に『天青の太刀』の刀身から炎が噴き出した。


「キサマ、亜人の……!」


 当然、これ以上に言葉を紡がせる気も無い。


「秘剣・『火炎車』!!」


 蒼き炎を放つ刃がキカイヘイの丸い腹部を捉え、分断する。たった一撃によって相手を完全に沈黙させるために。




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