477 第28話16:Ambush Trap Breaker②




 西の森の一角より、突如、鬨の声が上がった。直後、地を揺らす複数の足音が伝わってくる。

 念入りに全てを埋められたそれ・・には見ることも今は適わないが、感じることはできた。それ・・には他のよりも感覚機能が鋭敏に造られているからだ。

 視界は確保できなかろうとも、上の・・状況が解る。


(時間通りだな)


 いよいよだ。戦いが始まろうとしている。


 湧き起こるわずかな高揚感は、それ・・に残された唯一の残滓を示しているかのようであった。




 キカイヘイに、恐怖という感情は無い。これは痛覚を完全に失って久しい躯であるということに、決して無関係ではなかった。

 ただし、全く慌てることもない、という訳でもない。潜伏中の同種の1体が「『剛撃』!」の声と共に、脳天に巨大ハンマーの一撃をもらい、同時に内部から一瞬炎のようなものが噴出し、たったそれだけで機能を停止させられた光景を視界に収めたキカイヘイは確実に動揺をしていた。


 更に、すぐ隣に潜むもう1体の脳天にも、亜人の男の両拳が押しつけられる。


「『龍覇拳ドラゴン・インパクト』ォオオオァアッチャアアーーー!」


 凄まじい音と共に強い衝撃が大地から伝わってきていた。受けたキカイヘイの外殻部分は拳大程度のへこみができたくらいで、それ以外の大きな損傷は見られなかったが、こちらも機能を停止させられていることが解る。ピクリとも動かず、眼の光も失っていたからだ。


 同種2体の沈黙により、残りキカイヘイらの動揺は驚愕へと変化する。


 事前の予想では、潜伏を何らかの事情で看破され、先制攻撃を受ける可能性がある、というところまでは考えられていた。

 元々キカイヘイは物理攻撃力、物理防御力特化として制作された背景がある。そこから耐熱、耐冷、耐水、耐衝撃、更には外装の裏に絶縁処理までも施して、あらゆる魔法攻撃にさえも耐えられる形となったのが今の姿であった。


 要するに、防御に関しては完璧であると教えられていたのだ。ともすれば先制攻撃を受けるであろうことも考慮に入れてはいたが、まさか一撃でやられてしまうなどとは予測の完全なる外だったのである。


 これは、ハークたちを含めたワレンシュタイン軍が、対キカイヘイとの全ての戦闘において結果的にとはいえ一度たりとも討ちもらしを出さなかったことが、強く影響していた。

 撤退命令を出すような存在が同行していなかったこと、あるいは恐怖心を完全に除去されていたことも直接の原因となっていたが、それらを彼らの製作者たちが知る機会などある筈もない。

 生きて情報を持ち帰ることも立派な仕事なのだ。帝国にはそのような考え方を理解する下地どころか、土壌すら欠いていたのである。


 慌てて自ら身を沈めていた穴の中より脱出を図ろうとする全てのキカイヘイに対し、無慈悲なヴィラデルの魔法が襲う。


「『氷の墓標アイス・トゥーム』っ!!」


 残り45体のキカイヘイが、それぞれ上半身を引き抜こうとしたり、その前段階である両腕をまず突き出そうとした姿勢のまま、突如出現した氷の中に次々閉じ込められていき、動きを強制的に停止させられていく。

 ヌルの森の村、その外周を囲むように、上から観れば円を描く巨大な氷のリングが出現していた。


 ワレンシュタイン領内での初戦、ヴィラデルが同様の魔法を仕掛けた際には、わずか3秒で氷に致命的な亀裂を生じさせられてしまったが、あの頃より大きく実力を伸ばし、レベルも上がり、半年程度という短い期間で上位クラスまで取得した彼女の魔法が、不利な体勢のキカイヘイどもをそう簡単に逃がす道理などない。


 自身の魔法が未だ碌な身動みじろぎさえ許さぬ状況を確認し、ヴィラデルはすぐ隣のマクガイヤに指示を飛ばした。


「今よっ!」


「了解! 第1陣、俺に続けぇっ!」


 号令をかけるマクガイヤと共に、吼える前列の10人が突撃を開始する。彼らは動くことのないキカイヘイの真っ正面から、その腕部、特に人で言えば肩や肘などの関節部を狙って、各々の利き腕に携えたやや大振りなランスを「『剛撃』!」の一声とあらん限りの膂力と共に突き入れた。

 そして、マクガイヤが麾下の部下たちに次なる指示を飛ばす。


「よぉしっ、点火だァア!」


「「「「「おぉ応っ!!」」」」


 柄先の装置が一斉に押しこまれた。同時に、ボボボボボボォン! と連続した爆発音が轟く。その数は突撃と同じ11。キカイヘイに突き立てられた彼らのランスの先端から、爆発の火焔が噴き出していた。


 これは、シアとヴィラデルが共同で開発した『法器合成武器』を、ワレンシュタイン軍の武器開発部門がその威信を懸け、総力を挙げて製作した『法器合成武器・正式量産型』改め、『バーストランス』であった。

 ランバートのブレードランス式『法器合成武器』を参考に、一般量産型とはいえ精鋭部隊用の武器として完成したもので、シアやランバートのものと違って武器としての本身の部分を使用後に交換する機能を排し、完全な使い捨てタイプとして製作されている。


 法器の爆発力も、本家に決して劣るものではない。

 マクガイヤ以下ワレンシュタイン軍兵らの攻撃力とSKILLでは、キカイヘイの強固な外装を打ち貫くどころか傷をつけることも難しいが、装甲の比較的薄い関節部であれば、しかも動きが止まっている状況であれば表面を大きく傷つけることも可能であろうし、追加で発生させた爆炎によって、ごく微小であろうとも穴をあけることに成功していた。


 そのままであれば、自己修復能力を備えた外装によってほんのわずかな関節部の穴など、すぐに修復されてしまうであろう。更に、ヴィラデルが魔法で作り出した巨大な氷の檻も、そこかしこで亀裂の音を発生させて始めていた。


「総員、全速で下がれ!」


 マクガイヤの再度の命令が発せられ、彼自身を含め突出した11名は一斉に踵を返して走る。

 仕留めきれぬと判断しての後退か。いな、ここで彼らの攻勢が終わる訳ではなかった。


「ヴィラデル殿!」


 部下たちと共に走りながら、マクガイヤがそう叫んだ頃には、彼女のなる魔法構築は既に完了していた。


「いくわよ、最大! 『雷落としライトニング・ストライク』!!」


 いつの間にやら上空に召喚されていた雷雲から、極太の雷がキカイヘイ、マクガイヤ達の突撃を受けた11体めがけて正確に落ちた。

 強烈な雷は高熱も発生させる。氷は溶け、大地と受けたキカイヘイの装甲表面から煙が上がっていたが、重要なのはそこではない。


 小さな穴であっても穴は穴。絶縁処理が施されていても、雷はわずかな隙間さえあれば内部へと浸透するものだ。

 重要器官の多くがショートし、特に最も弱い躰の各指令を司る箇所が破壊され、キカイヘイ11体は先の2体に続き沈黙する。


 この時、攻めるワレンシュタイン側はこの森出身のリン以下10名を、キカイヘイに対しレベル10以上の差があることから戦闘には参加させておらず、30と数名であった。対してキカイヘイ側は緒戦でいきなり13体を失ってはいるものの、数としてはほぼ同数で、戦いの帰趨がこの時点で決まった訳はない。


 決めたのは、自分たちを拘束していた氷をようやくと砕き、ヌルの村を挟んで反対側のキカイヘイ軍団が一斉に遠距離への物理攻撃『ロケットブースト・パンチ』を発射しようとする瞬間、巨大な砲弾かのごとく彼らの元へ飛び込んだ者であった。


 地響きを立て、土煙を巻き上げ、彼は着地と同時に1体の敵を踏み潰していた。

 いや、踏み割っていた。

 あまりにも強烈な彼の着地は、対象を潰すのではなく、強固なその躯を胸の辺りで上下に分断していたのだ。


 着地時の、やや屈んだ体勢から姿勢を整えつつ、彼、モログは胸を張り、両腕を翼の如く広げ、言い放った。


「このオレ様がいる限りッ、もはや貴様らに無体な真似などさせんッ!」





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