476 第28話15:Ambush Trap Breaker




「長老様?」


 ここでリンが長老の様子が些かおかしいのに気づき、一言かけた。すると彼女は一瞬だけ小さく身を震わせてから、己を取り戻したようである。


「あっ、ああ、申し訳もございません。……失礼ですが、あなた様は亜人の方でございますか?」


 ハークに顔を向けての質問であった。

 ただ、その質問の答え、ハークがエルフであるということは既にリンが伝えている。恐らくは後ろに控える虎丸の威容に気圧されて、耳には届いても意識にまでは浸透しなかったのだろう。


「ええ。その通りです」


「後ろのお方様はあなた様の従魔とお聞きしたのですが、真でしょうか?」


 そっちは聞こえていたのか、とも思うが余計な発言はせず、ハークは首を縦に振ることで答えとする。


「おお……なんと……、それほどの……」


「長老様? いかがなされました?」


 リンは訝しがり再度声をかける。直前のごく小さな呟きはハークの耳にこそ届いていたが、リンには聞こえていない。

 長老は姿勢を正した。ただ、依然としてハークたちの方を向いたままである。


「一族の長老、タケと申します。以後、どうか我ら一同をよろしくお願い申し上げます」


 次いで、恭しくも深々と丁寧に頭を下げた。

 その光景に驚いて何がしか発しようとしたリンの気勢を制するように、タケと名乗った老婆は素早く半身を起こすと今度はリンの方へと身体ごと向き直る。


「ご当主様。我らはこの方、もしくはこのお方の属する陣営へと拠り所を変えるのですね?」


 この言葉にはリンも面食らったであろう。何故ならばハークでさえも内心では驚きを隠せなかったからだ。ある意味、話が早すぎた。


「は、はい。正しくは、隣国のモーデル王国辺境領ワレンシュタインに、ですが……」


「良い判断です」


「え?」


「すぐにでも村の者たちを集めましょう」


 腰を上げようとするタケを、リンが慌てつつも声を抑えながら制する。


「待ってください、長老様。我らは帝国を離れるばかりか、故郷を捨てることになるのですよ?」


「ええ。良い判断だと申し上げております」


「し、しかし……」


 話の展開についていけていないのか言葉に詰まるリン。まだ事情も何も話していないのだから当然の反応だなとは思いつつ、ハークが口を挟んだ。


「長老殿、その判断の早さには感服いたしたが、その原因は村を取り囲むキカイヘイどもでござろうか?」


 タケは再びとハークに向き直る。


「外のキカイヘイどもにお気づきか……。それも至極当然。あなた様の予測通りにございます。あ奴らは先日突然に、帝都から一直線の南側ルートを食い破って表れ、皇帝の命にて貴様らを守りに来た、などと言い、我らが耕した土地を勝手に掘り始めました。そして、その穴の中に身を沈めたのです。……ふんっ、守るなどと、詭弁も甚だしい」


「そう思われる根拠は何です?」


「我らを守るつもり、がもし本当にあるとすれば、穴など掘らずに立っていればよろしい」


 それはそうだ。ハークは首を縦に振り認める。物々しいとはいえ、その方が敵に対する牽制にもなる筈だ。その通りなのである。先程の嫌な予感が鎌首を持ち上げてきた。


こちら側村の方向を向いておりますしな」


「お気づきでございましたか、それも当然……。あれでは敵の発見も遅れるというものです。つまり奴らは、我々の『安全』を守る気などさらさら無いのですよ」


 ハークの頭の中で、何か形の無いものが帰結していく。胃の腑の辺りに、何か気持ちの悪い塊が急に生まれてきたような気もする。所謂、胸糞というものが。


「まさか奴らは……」


「もうお解りでしょう。あ奴らにとって、この村と人々などどうでもいい。ただ、あなた方がために罠を張っておるだけなのですよ」


 この言葉で全てが繋がっていた。


〈そうだ、罠だ。しかし……〉


 その先は、声に出た。


「馬鹿な。奴ら、味方ごと殲滅するつもりか……?」


「ええ。最小の犠牲で最大の効果を得る。戦争では当然のことではございませぬか」


 そうだ、戦争だ。確かに戦争には度々とそういった負の面がつきまとうものである。それは確かに避けようが無い。

 とはいえ、だ。


「それでもやって良いことと悪いことがある。400人の村人と共に我らを灼くつもりか? 子供もいよう」


「我らの内、180人程度はまだ年端もいかぬ子供でございます。しかし、あ奴らにとって、いいえ、皇帝にとって我らは等しく非戦闘民です。価値など無いのでしょう」


「……えっと、どういうことなのでしょうか?」


 ここで1人、思考に取り残されたリンが思わずと発言する。だが、ハークは彼女の理解が遅いなどとは思わない。

 できれば到達したくない、むしろ到達しない方が良い方向の思考なのだから。

 同じような思いなのだろう。タケが落ち着いた口調でリンに返答する。


「ご当主様。村を囲むキカイヘイどもは我らと共に敵を、つまりはハーキュリース様らを胸の放熱線発射装置で灼き尽くす算段だったのですよ」


「えっ!?」


 思わずと少し大きな声を出してしまったリンは自らの口を押さえた。

 彼女が落ち着くのを待って、ハークが説明の続きを行う。


「あのキカイヘイ軍団を指揮する者が狙っておるのは、奴らの想定する襲撃者が地に埋まったキカイヘイどもに気づかずに素通りし、そのままこの村に襲いかかったところで穴から出て出現。そして間髪入れずにあの『ブレストブレイズ』を展開、照射するつもりなのだ」


 口を押さえたままのリンの顔色が変わった。

 だが、ハークの内心とてリンとそれほどの変わりはない。今回の作戦にもしハークたち、もっと言えば虎丸の参加がなかったら、相手側の思惑通りに事が進んでいてもおかしくはなかったと言えよう。さすがのフーゲインであっても、そのような死地に追い込まれてしまっては逆転も難しいに違いなかった。

 ただ、ハークは早くも落ち着きを取り戻しつつある。そのことで気づくこともあった。


「長老殿、あなたはキカイヘイに対する情報をお持ちか?」


 ワレンシュタイン領にてランバートに恭順を示したリンたちは、その時点でキカイヘイへの詳細な情報を得ていなかった筈である。従って、眼の前の老婆は、約半年前のリン、一族の当主よりも情報を所持していると考えても良かった。

 対して彼女は首肯する。


「はい。ご当主様含めた実行部隊と、我らが定期連絡すら取れぬようになって半年。我らも我らで生き残る道を探っておりました。と、申しましても、未だ動ける人員を最低限度動かして、ひたすら情報を集める程度ですが」


〈成程な。腐っても鯛、もとい沈丁花じんちょうげは枯れてもかんばし、と言ったところか〉


 どうやら無為に過ごすのは彼らにとっても好みではなかったようだ。下手に動き過ぎれば、正に毛を吹いてきずを求める結果ともなっていただろうが、やり過ぎぬ程度に抑えたということなのだろう。


「今でも?」


「いいえ。大漁であっても、この地では力が無くてはあまり意味がありませんので。1つ大きなものを手に入れたところで全員帰還させております。ご必要とあれば提供いたしますよ?」


「有り難いお申し出だが、それは貴殿らを残らず無事に帝国から脱出させた後で結構だ。よし。リンと長老殿は、なるべくこの館内と周辺に村人全員を集めてくれ。なるべく静穏に、かつ迅速に、な」


「了解しました」


「お任せください」


「儂は屋根の上に虎丸と移動し、仲間たちに状況を伝えてくる。リン、準備が整い次第、報せてくれ」


「はい」


「ではな」


 そう言ったハークが虎丸の肩に手をかけると同時に、1人と1体の姿がかき消える。

 後に舞うほんのわずかな塵に、残された2人が眼を見開くのも一瞬であった。




 屋根の上部に移動したハークと虎丸は、身を隠すべく茅葺きの間に半身を沈めつつも顔を出して仲間たちが潜む森の方向に眼を向けていた。正確には、同族であるヴィラデルの方向である。彼女だけがハークや虎丸と同じように、完全な『念話』同士での会話を遂行することができるからだった。


 虎丸に触れている限り、ハークにも隠匿のSKILLである『野生の狩人ワイルドアサシン』の効果がある。未だ土の中に身を沈めたままのキカイヘイたちに動きは見られない。


『帝国は命ってものの価値を、あまりにも低く見積もっているようね』


 ハークたちが予測した向こう側キカイヘイらの作戦を伝え終わると、表向きはどうあれ中身は常に冷徹だったヴィラデルの声にも少なくない怒りが滲む。


『これが帝国上層部にいる何者かの影響であるとしても、皇帝自身が諸悪の根源、その一部であることは間違いない。奴にとっては他者など自身にとって役に立つ駒か否かなのだろうな』


『これ以上、こんな真似は許してはおけないわね、ハーク』


『うむ、全員救うぞ。フーゲインは隣にいるな?』


『モチロンよ』


『よし。彼に作戦を伝えてくれ。あと、モログとシアにも伝言を頼む』


『オーケー。何て伝えるの?』


『派手にやろう。今回は加減の必要は無い、とな』


 念話の向こうでクスッ、という小さな笑いが聞こえた気がした。




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