473 第28話12:Ambush Trap




 近くにいたヴィラデルが聞こえていたのか、話に加わってくる。


「アラ、本当? あの子、ずっと帝国の研究施設に囚われていた子なのよ」


「ずっと? 私は一度見た顔は二度と忘れぬよう訓練を受けています」


「え、それは凄いわネ」


 ヴィラデルが、そんな訓練があるのかとばかりに驚いているが、ハークも同感だった。

 同時に、諜報活動に従事するならば確かに必要な技能であると感心もする。

 こうして考えると、リンの一族は元々、暗殺者集団というよりも諜報活動の方に重きを置いた集団なのかも知れない。


「しかし私は、その研究施設とやらには行ったことがありません。亡くなった父ならばあるいは、とも思いますが……。そうなると私が見覚えがあるのは彼女自身ではなく、彼女と良く似た別人、肉親の方だったのかも知れません」


 リンの発言に対し、この瞬間、ハークとヴィラデルは俄然興味を持った。


何処いずこで見たか、憶えはあるか?」


「帝都だったのは確かです。場所はたぶん皇城だったかと……」


「名前は憶えてない? あの子、両親を知らないらしいのよ」


 ヴィラデルの質問にリンは、表情は変えないまでも眉をひそめた。


「両親を? そんな幼い頃から……。確かにそれは気の毒ですね。……ただ、申し訳ありません。本人であるのならともかく、さすがに別の方のお名前であると……」


「記憶に合致できんか」


 それもそうだろう。断片的な情報しかない状態で描かれた人相書にんそうがきを使って、人探しを行うようなものだ。もしくは、この子に似ている人物を知りませんかと尋ね回って、迷子の親を探し出そうとするようなものか。

 ヴィラデルは残念そうに溜息を吐きつつ言う。


「しょうがないワね。何か思い出したら、ワレンシュタインの大将サン経由ででも報せてくれないかしら」


「了解しました」


 リンはそう言うと、フーゲインやマクガイヤのいる場所へと戻っていった。この後の打ち合わせだろう。その背を見ながら、ヴィラデルがぼそりと呟くように言葉を発する。


「皇城で、か。何か、どうしても嫌な想像をしちゃうわね」


「……そうだな」


 皇城で会ったということは、相手は相応に身分も高いのだと考えられる。少なくとも、部族を率いるべき次代の跡取り娘であったリンと同等か、それ以上は確実に違いない。

 となると、捨て子である線はかなり薄れる。捨て子の理由はほとんどが口減らし。経済的な困窮など、様々な理由で育てきれないと判断された場合が多いのだ。


 しかし、貴族かそれに準ずるのであれば、これはあり得ない。

 考えれば考えるほど、ヴィラデルが今言ったように嫌な想像へと繋がってしまう。

 例えば任務失敗の責任を取らされて処刑、あるいは皇帝に逆らっての粛清などがまず頭に浮かぶ。

 いずれにしても、ウルスラの両親はレトと同じく既に死亡していると推理できた。そう考えると親をくびり殺した後、まだ赤子であった筈のウルスラを実験用の道具へと堕としたということになる。

 非道もここに極まれりだ。ハークの感覚からすれば鬼畜にも劣る所業であった。


「伝えた方が良いのかしら? ウルスラに」


「せめて……お主は捨てられたのではない、と教えたいが……、どう考えても難しいな」


「ええ。その場合、彼女の両親が既に亡くなっている公算が大きいってことを、言わずに済ますってのはほぼムリよね」


「ああ。捨てられたのでなければ、何故……という話の流れになるのは当然だからな」


 ご両親もまたどこかで生きているかも知れない、という無責任な慰めなど悪手でしかない。もう少しウルスラが幼ければそんな下手な誤魔化しも通じたかも知れないが、通じたところで将来的に更なる絶望を与えることになる。


 ハークは思わずそんなウルスラの方へと視線を移してしまった。

 つられて、ヴィラデルの方も彼女を見てしまい、双方からの視線を感じたウルスラが気づいて、レトと共に虎丸の背に乗ったままの状態からハークたちに向かって小さく手を振っていた。

 そんな彼女に対して、ハークとヴィラデルは揃って笑みで返すことに苦労してしまう。2人の眼には、ウルスラの姿が健気でいじらしく見えてしまったからであった。


「どうしたんだよ、2人共?」


 いつの間にやらフーゲインが戻ってきていた。咄嗟に2人は場を繕う。


「む? あ、ああ、何でもないよ」


「そうよ、フーちゃん。えっとね、結局最後までウルスラに回復魔法を習得させられてあげられなかったネッ、て話していたのよ」


「あ~、そうだったな。ケド、そんなに残念がる必要は無えよ。ワレンシュタイン軍でも育成は行えるし、ウチの大将は子供の教育にはかなりこだわる方だからな。モチロン俺も、あの2人に関してはせめてお前たちが戻ってくるまででも責任を持つつもりさ。だから心配すンなって」


「うむ、そうだったな。よろしく頼む」


 何食わぬ顔で言えたが、一応は取り繕えたことにハークは内心で胸を撫で下ろしていた。今回ばかりはヴィラデルの口の上手さに感謝する思いだ。


「おっし、それじゃあよ、いっちょ皆にハークから最終的な説明を頼むぜ。こっからは、お前さんら・・・・・がキモになるんだからよ」


「承知した」


「行きましょ」


 3人は連れ立って場の中心へと向かった。



 10分後、フーゲインとマクガイヤが率いる一個小隊、並びにリンたち10名は、ハークらに率いられる形でヌルの森を進んでいた。

 何故、故郷に帰ってきて勝手知ったる森の中をリンたちではなく、ハークらが先導しているのかというと、彼ら一行の進む道が大地の上ではなく川、つまりは水の上だったからである。


「森の中は我らが故郷の始まりの代から幾重にも積み重ねた罠の数々が仕掛けられております。その数は千を超えた辺りから記録するのを辞めたため、現在では不明なほどです。無数の刃を底に備えた落とし穴という古典的なものから、同じく無数の刃を突き出させた巨大な丸太が頭上から落ちてきたり、まるで地滑りのごとくに数えきれないほどの岩々が斜面を転がり落ちてくる罠など、実に様々なものが用意されてございます」


 事前の一行総員に対するリンの説明第一声がコレであった。

 無論、精強なるワレンシュタイン軍が誇る精鋭たる面々が、罠程度に致命傷を負うようなことは無いだろう。全員がレベル30を突破しているのである。罠など1つ1つ正面から打ち破って進むことすら可能かも知れない。


 しかし、無傷とはいかずに、どうしてもダメージは溜まっていく。

 おまけに音も発生する。作戦目的であるヌルの森の人々に無用な警戒をさせることにもなるし、十中八九待ち構えているであろう帝国の手の者たちにわざわざ来訪を伝えることにもなる。


 大体からして、リンたち暗殺者集団は大半がレベル20半ばほどで、当たり所が悪ければ罠相手でも死亡する可能性があった。そしてその罠は、もはや数が多過ぎて彼ら自身でもどこに仕掛けたか分からないらしい。

 だとすれば、いったい彼らはどうやって村を出入りしているのか。


「川を使います。森の中心にある村のすぐ近くに存在する湖に通じております。かなりの急流で、ところどころヒトの背丈を優に超える水嵩みずかさも有しており、更には途上に滝もございます。しかしながら、これが一番、村への安全な通行路となっているため、我らは全員が水練の達者であることを求められます。実行部隊に選ばれるには必須の技能なのです」


 荒地のような乾燥地帯が大半という帝国内においては、水練を学ぶどころか泳ぐという行為を経験する機会すら少なく、非常にこれまでは有効であったらしい。


 が、今はその急流の上に張られた『超表面張力ハイパー・サーフィステンション』の効果により、40を超える一行が悠々と、村に続く川の上を歩んでいたのであった。


「水の魔法がここまで有用であるとは……、知りませんでした」


 リンが、彼女が意識的に顔へ張り付けている鉄面皮を崩してしまっていることにも気がつかずに言う。


「水魔法は使い方が命、ってね。けれどまァ、心配しなくてもいいワ。40を超える大所帯が上を歩いてもビクともしない、なんて普通なら絶対に無理だから。オマケに、通常なら川を横に渡るための魔法なんだけどね。縦に川を遡ろうなんて絶対に魔法力が尽きるワよ」


 ヴィラデルが何故か自慢げに解説してくれるが、水属性は彼女唯一の苦手属性であり、当然に習得していないので使えない。

 使用しているのは日毬であった。


「そ、そうなんですか……」


 リンの表情は増々崩れていく一方だった。




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