474 第28話13:Ambush Trap②




 滝に到着すると、少しだけヴィラデルの出番である。


「結構な高さの滝だねぇ」


 シアが感心して声を出す。一方で子供たちははしゃいでいた。


「うわぁ! 滝は初めて見ます! キレイ!」


「ホントだな! スッゲエ水!」


 確かに水量も落差も相当であった。30メートルほどはあるだろう。日ノ本であれば名瀑の1つに数えられたかも知れないほどだった。

 周囲の森と相俟って、荒地のど真ん中にあるのを忘れるくらいの風景とも言える。この辺りだけ、特別水が豊富であるようだった。


 地理学に精通する者であれば、ここ周辺の地下の浅い地点で地層の変化があり、広範囲に渡って周辺地域から自然と水が集まる構造となっていて、それらが湧き水となって地表へと溢れ出しているに違いないと想像するのかも知れないが、ハークにそこまでの知識は無い。


「これを登り切るのは中々に骨であろうな」


「はい、仰る通りです」


 リンがその時のことを思い出したのか、少しゲンナリとした表情を見せる。道中一番の難所という訳だ。


「ではヴィラデル、頼む。片側の水の流れを止めてくれ」


「ハイハイ~、任せて。『氷壁アイスウォール』」


 ヴィラデルが軽く手を振りつつ唱えると、ハークたちから見て向かって右側の水の流れが止まった。逆に残る左側の落水量は倍となる。

 見上げれば、滝の頂点、落ち口の右側半分が凍りついていた。それが壁となって一時的に水の流れをせき止めている。相変わらず見事なものであった。


「それじゃあ皆、行ってくるワね。ウルスラ、レト、ちょっとだけ虎丸ちゃんから降りてもらえるかしら」


「は、はいっ、頑張ってください! ヴィラデルさん!」


「うん! 魔法ってスゲーんだな!」


「アリガト、2人共。虎丸ちゃん、頼むワね」


「ガウ」


 子供ら2人はヴィラデルに言われた通り、素直に虎丸の背から降りる。ウルスラの方がやや強いが、2人とも眼を輝かせながらであった。

 そして虎丸も了承の意の吼え声を上げる。直後にヴィラデルは柔らかな動作で虎丸の背にふわりと跨った。

 視ようによっては、優雅にすら感じられるだろう。


 背にヴィラデルを乗せた虎丸が、自らの主と定めた人物に一度だけ視線を向けた。それに反応して彼が肯くと、虎丸は即座に動き出し始める。と思った次の瞬間には、ヴィラデルと虎丸は滝の上、上部の川、落ち口をせき止めた氷の壁の上に立っていた。

 一行の内、ほぼ全ての人々が驚きに満ちた表情へと変わる。


 彼らの眼には一様に、一足飛びで現在の地点にまで虎丸が到達したと映ったようであるが、さすがに強靭な大地の上ではなく、日毬の強力な魔力で強化されたとはいえ水の上では、いかに虎丸でも30メートルを超えるような跳躍は不可能であった。

 途中2度、虎丸は水の落下が無くなり垂直の崖となった壁面の突き出た部分を足場としている。速すぎて見えていないのだ。例外はハークを含めて数名、といったところであろう。


 そして、ヴィラデルは虎丸の背より降りると川岸にまで氷の壁を伝って歩き、最も手近な木の幹に触れて、別の魔法を発動させた。


「『大地の庭師アース・ガーデナー』」


 すると、シュルシュルシュルと伸びた枝の1本が急成長し、やがて垂れ下がり、水の止まった滝の崖に沿って、やや蛇行しながら下へ下へと降りていく。魔法の力とは時に奇妙で常に摩訶不思議なものだ。肥大化し、引き延ばされた枝はもう、その木の主軸を超えた倍以上の長さにまで達して、ハークたちが立つ水面の数十センチ手前で止まった。


 この魔法は、まだテルセウスと名乗っていたアルティナが、ハークたちと出会った頃より唯一身につけていた土の中級魔法で、その時点の彼女の得意魔法であったものだ。

 効果は魔法力が続く限り草木を自在に急速成長させ、操作、そして熟成、時に枯れさせる。

 ヴィラデルほどの高い魔力の持ち主であれば、30メートル以上もの垂直の壁を登るための手がかり足がかりを、ごく短時間で作成してしまえるのだった。


「さっ、準備完了ヨ。強度はそれなりに、と仕上げたつもりだけど、根の方が持たないかも知れないから……、そうね、10人くらいずつに分かれて上がってきて!」


 軽い一仕事を終えた感じのヴィラデルが上からそう指示を飛ばす。

 対して、受け手である下の連中のほとんどはまだ、彼女たちの鮮やかな手並みの前にすぐには反応できない。子供たちなど、あんぐりと口を大きく開いた状態で固まっていた。


「おーーし、それじゃあ、リンたち10名がまず順番に枝を使って登ってくれ。マクガイヤ、お前は今のうちに隊を10名ずつに分けておいてくれ。リンたちが登り切ったらこっちもスタートだ」


「は、はいっ」


「わ、分かった」


 すっかり慣れてしまって特に動揺も示さない者たちの1人であるフーゲインが再起動を促すと、人員たちがそれぞれに有機的に動き始める。

 一方で、いつものように音もなく虎丸が行く道と全く同じ道順、崖の突き出た部分2箇所を足場として使い下へと一瞬で戻ってきていた。主とその肩にある妹分、更に子供ら2人を上部へ運ぶためである。


 今更だが、日毬はハークの左肩に、今はとまっている。

 彼女の場合、飛ばずにいる時は常に今の場所か虎丸の上かにひっついていることが半々であるのだが、今日は虎丸の方にという訳にはいかなかった。子供たちがいるからである。

 子供たちと一緒だと、日毬はどうも遊んでしまう。中身幼いのだからそれはそれで良いのだが、魔法行使中はマズイ。制御が乱れてしまうことがあるからだ。いきなり40人以上が突然水の中に全員でドボン、とかは避けたかった。


 とはいえ、短時間程度ならば問題も無い。ハークは慣れ切った動作で虎丸に跨ると、ウルスラとレトを呼ぶ。


「さっ、2人共。儂らと共に登ってしまおう」


 しかし、彼らは首を横に激しく振った。


「え~~~!? ヤダよ、ハークの兄ちゃん。俺もあの枝を伝って登りたいぜ!」


「私もです!」


「ぬ?」


 ハークは首を傾げる破目になったが、結局、ウルスラとレトの2人は誰の手も借りずに滝を登り切った。

 子供とはいえレベル20を共に超えているため、終始笑顔でキャッキャと楽しんでいたようである。

 ヴィラデルが「まるでアトラクション感覚ねぇ」などと言ってクスクス笑っていたが、とにかく子供たちにとっても良い思い出となったのはハークにも解った。


 その後は特に難所も無く、一行の足取りは実に順調に進む。ただし、残りが10キロメートルとなった時点で、半ば予測していた問題が起こった。


『ご主人、『キカイヘイ』の匂いを感じたッス。しかも複数ッス』


 虎丸が敵勢力の匂いを感知したのである。

 本来、キカイヘイは生物とは違い、個々特有の匂いを宿さない。ただし、鉄や土くれ、泥や石ころにも匂いがあるように、個々の特定はできなくともキカイヘイである匂いは存在するらしい。虎丸は幾度かのキカイヘイとの邂逅で、これを他の自然物、無機物等から分けて感じ取ることができるようになっていた。


『ほう。何体いるのだ?』


『それが……、今は20体ほどをなんッスけど……、近づく度にどんどんと感じ取れる数が増えていっている感じッス』


『矢張り一筋縄ではいかんか』


『そのようッス』


『虎丸。そのままキカイヘイが何体潜んでいるのか、できる限り確認を頼む』


『了解ッス!』


 しかし、ハークたち一行が村から数百メートルの地点に立った時には、虎丸が感知したキカイヘイの数は、当初の倍以上と達していた。


 見上げれば、2時間ほど前に頭上で輝いていた太陽が、わずかに傾いている。

 時刻にして午後2時はもうすぐであった。




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