472 第28話11:Let’s Go Out②




「どうにかならぬのか? 専門家として見解を聞かせてくれ」


「あのね、ハーク。アタシは魔法を使う専門家であって、教える専門家ではないのよ?」


「分かっているさ。魔導を極めた専門家として教えてくれ」


「ホントに分かってンのかしらね?」


 ヴィラデルは疑いの眼差しを向けてくるが、当たりである。ハークは行使する方と教える方、両方の専門家であると彼女を見ていた。


「お主以上の使い手など知らぬよ。いいから頼む」


 ヴィラデルはほんの少しだけ確かめるようにハークを見つめたが、やがて仕方がないなとでも言うふうに溜息を一つ吐いてから話し始めた。


「……まず、習得する魔法を限定することね。そうすることで習得にかける期間を少しでも短縮させることができるわ」


 ここで気がついたのだが、ヴィラデルはいつもハークと喋る時の猫撫で声のようなものを、今回は一切発していない。このことから、彼女も真剣であると伝わってくる。


「成程な。特化させる訳か」


「そうよ。選ぶ属性は火か雷、できればその両方が良いでしょうね。その2属性があれば、火力面では問題無いもの」


 火は威力に優れ、雷は速度に優れる。確かに双方を使い分けできるのであれば、戦闘で起こり得るどのような場面にも対応が可能であろう。

 ただ、ヴィラデルの説明はここで終わりではなかった。


「とは言っても、この2属性を得意としている者の習得スピードと比べると、何倍も劣ることは確実よ。理想とするこの2種を得意属性としている者は案外少ないけれど、それだけね」


「無いもの強請ねだりしていても始まらん。せめて選択の自由が彼女自身にあることを、喜ばしいと思わせんとな」


「そうね。イイコト言うじゃない。ただ……、解ってる? その2種を中級まで使用できるところまでいったとしても、1属性の『極者マスター』スキルを持った者には結局敵わないのよ?」


「むう……。所詮は気休めの言葉に過ぎぬか」


「気休めでも無いよりかはマシよ。一応は他にも考えたんだけど、聞く?」


 そう言われてみれば、彼女は最初に『まず』と言っていた。ただ、いつも自信満々なヴィラデルには珍しく、不安げというか些かに迷っている感じが視てとれた。


「勿論だ。是非聞かせてくれ」


「あんまりこっちはお奨めできないんだけど……、手段の1つとして聞いてね。あのね、攻撃魔法の習得は今のところ諦めるのよ」


「何? 攻撃魔法を?」


 ハークはこの時点で意味が分からなかった。それは魔法使いとしての大成を諦めると同義ではないのか。


「無論、基礎的な初級魔法は別よ。けれど、それ以上は無理に憶えさせず、回復魔法の習得に力を注がせるの」


「ほう。回復専門の魔導士として、あの子を確立させようと言うのか」


 ヴィラデルは首を縦に振る。


「そうよ。ハークも知っていると思うけど、強力な攻撃魔法は使い方も含めて習得に時間がかかるわ」


「ああ、身をもって知っているよ」


 中級の火魔法を憶えようとして初級がすんなりいったのにもかかわらず、かなり時間と手間を取られたのを思い出す。上級は更にその10倍はかかった感覚もあった。


「回復魔法の習得も同じくらいの難易度なんだけど、段階を踏んで次を憶えていかなきゃあいけない各属性の攻撃魔法と違って、回復魔法はそれだけを憶えてしまえば良いから」


「ほう」


「モチロン、回復魔法を習得した後で、他の攻撃魔法も習得を目指した方が良いけど……」


 ヴィラデルは言い訳か何かのように続けるが、ハークは頭の中で彼女第2の案を評価していた。


「やっぱり自分の身も守れないんじゃあ、良いプランじゃあないわよね。じゃあ最初のを……」


「いや、良いのではないか、ヴィラデル」


「え、本当?」


 ヴィラデルは疑る、というよりも驚いた表情でハークを見返す。しかし、ハークには予感があった。


「ああ。身を守れぬ、と言ったが、ウルスラにはレトがいる。あの2人はもはや姉弟かのようだ。それに、レトは既にウルスラを守ると決めておる。2人が分かたれることはあるまい」


「ああ、そうね。つまり、あの2人の間で分業させるってコトかしら」


「うむ。何でもできる方が得だ。それが当然だし理想だが、現実はそうは問屋が卸さない。だからこそ協力し合い、補い合うという発想が産まれる」


「……ああ、確かにそうよね」


 ヴィラデルは少し寂しげな表情を見せた。

 彼女は1人で生き、何でも己で行おうとした女性だ。ハークの先の台詞とは真逆の道をこれまで歩んできていた。

 ただ、それもここ最近までの話である。


「言っておくが、お主のことを批判する意図は無いぞ。お主は理想は理想としつつも、現実をきちんと受け止めておる。その心がけは、儂も見習うべきものと思うとる」


「アラ、ハークにしては上手いお世辞ね」


「世辞ではないわ。大体からして、お主とて今はそういう存在がおろう。シアとの武器共同製作はその典型ではないか」


「ああ、そう言われてみれば、そっか」


 ヴィラデルは視線だけを上げて、斜め上の空を見るように考える。この分だと戦闘面でもお互いを補足でき得る存在であると気づいているのか気づいていないのか、微妙なところだとハークは思った。


「話を戻すが、もう1つ理由がある。ウルスラ、あの子は優しい子だ。あまり強力な攻撃魔法を憶えても、使用を躊躇する可能性がある」


 痛みを与えられた者は、痛みを良く知る者となる。これに生来の穏やかな気質が合わされば、そういうことも無きにしも非ずであろう。


「あ~、あり得そうねェ、ソレ。アタシにはそういうの良く分からないけど。強い魔法憶えたら、使える相手にはとりあえずブッ放してみたいワ」


 段々とヴィラデルの口調がいつもの調子に戻ってきている。結論は近かった。


「ふん。一応、同感としておこうか」


「一応とは何よ、一応とは。それじゃあ、育成案としては後の方でオッケー? モチロン、ウルスラ自身にも選ばせるけど」


「そうだな。彼女自身にも選択させた方が良いだろう。その上で、迷うならば奨めてみれば良い」


「わかったわ。言っとくけど、あの子が第2案を選んだら、アナタにも今以上に育成へ参加してもらわないと困るわよ? アタシは回復魔導士ではないのだから」


「む、そうか。そうだな、その通りだ。承知したよ」


 こうして、ハークはより一層、ウルスラの魔法習得に関わることとなる。結局、彼女はヴィラデルの第2案を選んだからだ。

 元々、表面上の年齢が近いせいか、ウルスラは当初からハークに良く懐いていた。ヴィラデルやシアの評によると1番とのことである。


〈本当にこの身体となって、得となることは多いな〉


 前世では小さな子が自分に懐くことは実に珍しいことであった。実感は薄いが、見た目で得をするとはこのことかとさえ思える。

 ウルスラが懐きすぎて、時折レトに横合いから「そんなにくっつくな!」と叫ばれたことも何度かあった。青き春は微笑ましいものよ、などと心の中で思っていたら、何故そんなに笑顔なのかと尚一層怒られてしまった。



 結局、短い期間では基本的な魔法力は伸ばせても、回復魔法習得までは達成させられなかった。

 作戦目的地に向かう途上でも時間を見つけて指導を行ったが、間に合わぬままに決行当日の朝を迎えることとなる。


 フーゲインが待ち合わせの場所まで案内する予定であったが、合流地点を先に特定したのは虎丸の方が早かった。

 これは仕方が無いところだろう。虎丸の嗅覚であれば、当然というか、自明の理なのかも知れない。おまけに帝国内は詳細な地図が存在しないので、正確な合流地点が事前に示されていた訳でもなかった。


 フーゲインを始め、ハークたちが姿を見せれば別動隊の全員が安心した表情を見せる。顔をほころばせる者たちもいた。モログもいるのだから当然でもあろう。

 そんな事をハークが考えていると、隊をここまで率いてきたであろうマクガイヤがハークに向かって1歩踏み出してきていた。


「ハーク殿! 今回もあなたと共に戦えることを光栄に思います! よろしくお願いいたします!」


「う、うむ。こちらこそ、よろしくお願いし申す」


 やや大仰だとも思えたが、せっかく高揚している戦闘指揮官の心を挫くこともあるまい、と余計な発言は控えた。

 そこに黒髪の、ハークとよく似た髪型の小柄な女性が近寄ってくる。相変わらずの軽装備に直剣2本を腰に備えていた。


「此度は……、よろしくお願いします」


 リン=カールサワーである。彼女の父親はハークが殺している。わだかまりはあれど、抑えは効くようになった、そんなところであろうか。


「うむ、全力尽くす所存だ。道中の案内はお頼みする」


「お任せください。……ところで、見慣れぬ方というか、子供がいらっしゃるようですが……」


「そうなのだ。少し特殊な事情でな。これから救うというお主の村にも子供たちがおるということだし、一緒にワレンシュタインへと連れて行ってもらえないかと思うてな」


「問題ありません。……ただ、あの少女の顔、どこかで見覚えが……」


「ぬ?」




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